第11話 勝家の表情筋
その日、清洲城に激震が走った。
あの柴田権六勝家が髭を剃り落としたのである。
しかもその顔はもうすぐ四十に届くとは思えないほど若々しく、まさに美丈夫であった。
希美は勝家の自宅に帰る前に、この城の主たる信長に挨拶しておこうと、広間で信長の出座を待っていた。
希美が自身を勝家として認識した後、転生ものの小説でよくあるように勝家の記憶を思い出すことができないか試してみた所、無事成功した。
昨日は誰がどのちょんまげかさっぱりわからなかった希美だったが、今では誰が誰なのか、宴会で何があったのか、ほぼ把握できていた。
そして、自分に水をぶっかけ、足蹴にしたちょんまげ兄さんが、あの織田信長であることも。
ドタドタと足音が聞こえる。
(来たな)
平伏して待った。思い出した作法通りである。
やがて目の前でドカッと座る音がした。
(近くね?)
希美は勝家の記憶を思い返したが、普通はやはりもっと離れた所に座るものだ。
(まあ、信長だしな)
希美はこれで片付けた。
「面を上げよ」
少しイラついたような声がする。
希美は顔を上げ、まっすぐ信長を見た。
やはり、昨日のちょんまげ兄さんが目の前にいた。
「権六か?」
「権六です」
なんだか間抜けな会話になったが、仕方ない。
そもそも当の信長はそんなことを気にする様子もない。なんせ、目を丸くし、口を開いてぽかんとこちらを見ている。
「なぜ、剃った?」
「ダサいからです(うっとおしくなったからです)」
「ダサい?」
(しまったーー!本音と建前を逆に口走ったー!)
「あ、いえ、うっとおしくなったから、です」
信長が何やらジト目でこちらを見ている。
「まあよい。昨日は自分の事もわしが事もわからぬ様子であったが、思い出したか?」
「はい、おおむね。しかし多少記憶が混乱しております故、少し以前とは違うような心持ちです」
柴田権六勝家本人がどうなったかはわからない。
勝家の魂が抜けた後に希美がこの身体を乗っ取ったのか、勝家の魂と融合したのか、勝家は休眠状態で今は希美が表に出ている状態なのか。希美には確かめる術はない。
しかし、何にしろ意識は完全に希美のものだ。絶対に以前の勝家との齟齬が出てくる。
そこを補うにあたり、希美は『頭を打った後、記憶が混乱中』で全て誤魔化すことにしたのだ。
(勝家の頭に膳をクリーンヒットさせたのは
あんたなんだから、勝家の変化については多少泥を被ってもらわなければ)
これである。希美はこちらに来てから信長に受けた仕打ちを、ちょっと根に持っていた。
信長は特に気にした風でもなく、勝家の頭に目をやった。
「月代は?」
「剃りませぬ」
段々興がのってきた希美は、武士っぽい言葉にチャレンジしてみた。違和感はなさそうだ。
「ダサいから、か?」
(早速私の言葉パクってきたー!)
「は、ダサいからです」
「ダサいとは、うっとおしいという意味か?」
「いえ、厳密には、不恰好であるという意味に御座る」
(やべー御座るとか初めて使ったーウケる)
「何をにやけておる」
目が鋭くなった信長に内心焦りながら、希美は否定した。
「何でもありませぬ」
(さすが信長、超鋭い)
「髭と月代がダサい、か。ならばわしもダサいか?」
「殿は整えられており、似合っておりますからな。わた……某とは違いまする」
「その方も整えればよい」
「いえ、某にとって某がする髭や月代はダサいので御座る。無理に整えても、この心は変わりませぬ故、できるならばこの意地通しとう御座りまする」
(やだ、武士言葉がめっちゃ捗ってるーてゆうか、ただの髪型の話にやたらシリアスぶってるんだが……何これ)
「ふん……ならば、許す」
(なんか、許されたーー!)
希美は目許がピクピクとなるのをこらえた。
(思い出せ!営業やってた頃の建前武装を!鉄壁の表情筋を総動員するんだ!)
「有り難き幸せ………」
「だから、何をにやけておる」
(見破られた!信長、すげーーー!!)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます