第9話 ご対面
部屋に入ってきたその人は、眉を剃っていた。
真っ白な顔。本来の眉を失くし、より高い位置に丸く描いた眉墨。唇は、朱。ちらと覗く歯は黒い。
虫歯や着色汚れなどではない。鉄漿で染めているのだ。
夜、暗い部屋でこんな顔が明かりに照らされて浮かび上がったら、完全に腰が抜ける。
昔風の女性の化粧だとはわかっている希美だったが、朝とはいえこの顔と対面した時は思わずギョッとしてしまった。
(よく逆行転生でいろんな姫とハーレム築く話があるけど、こういうの男的に有りなの??)
希美が余計な心配をしていると、その女性はゆるりと笑み、自己紹介を始めた。
「私、この城にてお仕えしております八重と申します。柴田様、お加減はいかがでしょうか」
「だ、大丈夫です」
「それはよろしゅうございました。昨夜の事は覚えておられますでしょうか」
「ええ……と……」
(思い出した。この人、昨日お湯とか用意してくれた人だわ)
「昨日はお湯など用意してくださりありがとうございます。すみません、せっかく用意してくださったのに使わず意識を失ったようで……」
「お気になさらず。体を清めたいと聞いておりましたので、失礼かと思いましたがこちらで体をお拭きし、下着を新しいものにお替え致しました」
「そ、それはありがとうございます」
どこまで拭いてくれたのかわからないが、さっきちらっと見た褌が昨日と違ってまっさらだったことを考えると、わりと際どい所まで拭いてくれたのだろう。希美は、気まずいような恥ずかしいような居たたまれなさを覚えた。
「あの、ところで、実は記憶があやふやで。ここは一体どこなのでしょうか」
「ここは清洲の御城でございますよ」
「清洲……」
(清洲っていうと、織田信長の居城で有名よね。いや、清洲会議ってのを前に映画で見たことある
。清洲会議の時は織田信長死んでたよね)
希美は探りを入れることにした。
「その、織田信長様は……?」
「殿様ですか?殿様なら昨夜柴田様をそのままここで寝かせるようにと言われた後宴に戻られ、宴が終わった後は御自室にてお休みになられたと思います」
(いるんかい、織田信長ーー!)
(織田信長が清洲城にいる。そして私は柴田と呼ばれている。確か昨日、ごんろく呼ばわりされた……ということは)
希美は青ざめた。
「柴田権六勝家かい!」
(よりによって、脳筋オブ脳筋武将かい!)
「どうかなさいましたか?」
八重が首をかしげる。
「いえ、何でも……」
つい誤魔化しかけたが、希美は思いきって聞いてみることにした。
「私の名前は、柴田権六勝家、ですよね?」
「?そうでございますよ」
八重は不思議そうに答えた。
希美は観念するしかなかった。
「あの、鏡を見せてもらえますか?」
「少しお待ち下さいませ」
しばらく待って八重が鏡を持ってきた。
いわゆる古鏡と呼ばれる、神社の奥に飾られている丸いアレである。
現代の鏡に比べ映りはよくないものの、覗きこめば希美の今の姿をはっきり映し出してくれた。
そこにはまさにご想像通りの、顔半分髭に覆われたザ・脳筋武将が、希美を睨み返していたのである。
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