第7話 男の証明

「どぅわああああーーー!!」




すわ敵襲か、変事か。突然聞こえた雄叫びに、信長はすぐさま反応し立ち上がった。小姓が流れるように得物を渡し、それが愛用の刀であることをちらと確かめてから、発声源に駆け付けた。


すでに部屋のまわりには人垣ができており、信長が近づくことで自然と人波が割れていく。信長は少し警戒しつつも部屋に立ち入った。


そこには、着物をくつろげ下帯を外し、褌から男性の証をはみ出させた状態でひっくり返っている一人の男の姿があった。


柴田権六勝家、その人である。




「あ、お殿様!」


勝家の世話をしていただろう侍女が信長に気づいた。


「何があった?」


「それが……、柴田様が部屋に入られて後湯も用意でき、体を清めようと着物を脱ごうとされておりました。最初は何やらまごついておいでのようでしたがその内特に問題もなく袴もお外しになりました。しかし、着物をくつろげご自身のお体に目を向けるやいなや、何やら妙な顔つきで腹回りなどをしきりにおさわりになり、褌の横から中を覗き、その、……引っ張り出されました。その途端、恐ろしい形相でお叫びになり、糸が切れたようにその場にお倒れに……」


「…………で、あるか」




信長は宴会場からついてきた小姓に刀を押し付けるように渡すと、目頭を強く揉んだ。




「あの、どうしましょうか?」


侍女が怖々と聞く。信長は酢でも呷ったような表情で答えた。


「どうでもよいわ!そのままほおっておけ!」


「はっ」




(わしもさんざん乱行を繰り返し『うつけ』と言われたが、こうやって本物の『うつけ』を見るとなんと間抜けなものよ。さらに意味の分からぬ恐ろしさもある。わしを「うつけ」と呼んだ者達は、わしを見てこのような思いを抱いておったのか……これからの行動には気をつけねば)




希美は知らず知らずのうちに、信長に『自身のうつけぶりを反省させる』という偉業を成し遂げていたのだった。






***********




一方希美は別室に通された後、改めて自身の格好を見て驚いた。




(時代劇設定の夢だから当然といえば当然か)


着物を着ているのである。しかも袴を穿いている。


(男物かよ!!まあ、私らしいといえば、私らしいのか)




物心つく前から祖父の隣で時代劇に親しんできた希美である。


小学生の時の夢が武士であり、なぜ男に産まれなかったのか、なぜこの世に武士という職業が存在しないのかと、悔しがったものだった。


成人式の時の着物より、大学卒業式の時の袴着用の方がより嬉しかった。


そんな希美であるため、時代劇設定の夢の中で武士っぽい恰好をしているのに、特に不思議はなかった。




さて湯や手ぬぐいの準備も整い、いざ脱ごうとして戸惑った。


(何から手をつけていいのやら?)


脱ぎ方である。


(とりあえず、袴の紐からかな?)




紐に手をかけると、まるで体が覚えているかのようにするすると脱げた。脱いだ肩衣や袴を湯などを用意してくれた侍女が手慣れた手付きで回収していく。


その手並みに感心しながら、いよいよ下着をくつろげた希美は激しい違和感を覚えた。




あるはずのものが、ないのである。




そう、浮き輪の如き腹回りの脂肪、である。




(え?何これ?超引き締まってるんだけど!ライ〇ップ!?ねえ、これ完全にコミットしたよね?!)


希美の頭の中では、ブーッブブーッ♪がエンドレスで鳴り響いていた。


長年の宿敵が取り去られていた衝撃に、もはや訝しいのか喜ばしいのか笑いたいのか分からない。


(こんな時、どんな顔したらいいのかわからないの……)


まさにこの状態である。ずっと望んでいた事態が訪れたはずなのに、単純に笑顔になれないのは、引き締まった腹回りに女子らしいくびれがないからだ。


(どっちかというと、細マッチョよりのマッチョ??みたいな?)




腹回りをペタペタとさわって確認しながら、希美はふと自分が小汚い褌を締めていることに気づいた。




(時代劇……細マッチョ……褌……)


傍に侍女がいるので褌全はずしの御開帳はできないが、そっと横から中を覗いた。




(うん、何かある)




片手で褌をずらして押さえながら、引っ張り出した。


少し痛みを覚える。感覚がつながっている。自分の付属品ということを主張しているようだ。




なかなかにご立派な、男の証だ。




これが自分の体の一部。希美は思わず叫び、気を失った。

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