第6話 嵐の前夜

その後やってきた医者により、希美は頭を打ったことにより記憶が混乱しているのだろうということになった。記憶が戻ることもあれば戻らぬこともある。医者は謎の漢方薬を処方し、しばらく安静にして様子をみるように言い、帰っていった。


希美は、記憶喪失に漢方の飲み薬ってやぶじゃね?などと失礼なことを考えたが、時代劇設定の夢だったと思い直した。




ちょんまげ兄さん、もとい信長は、憮然とした表情を崩さぬまま、希美に屋敷に戻ってしばらく静養するよう告げた。記憶が戻れば出仕せよ、と。




そんな信長に希美は言った。




「屋敷がどこなのか、わからないんですけど……」




信長は残念なものを見るような顔で、「誰か案内をつける、はよう去れい」と手で追い払う仕草をする。


しかし希美はごねた。


こいつには、さっき水を浴びせかけられたのである。何の水か希美に知るよしもなかったが、少し生臭いような匂いもする。いくら夢とはいえ不快で仕方ない。こんなドロドロの状態でうろうろするのはごめんだった。




「すみませんが、体を洗いたいのでお風呂を貸してください。あと着替えもお借りしたいのですが……」




「風呂だと?」


信長は意外に思った。普段の勝家ならば、多少汚れようが構わない性質だったのだ。そもそも風呂など面倒臭がり、普段はたまの行水だけで済ますような男である。それが風呂と着替えとは、と思わず目を瞠ったのだが、その後の希美の言葉にさらに驚いた。




「あの、お湯に浸かるだけでもいいのですが、石鹸ってありますかね?使わせてもらうとありがたいんですが」




「湯に浸かる?石鹸、だと?!」




この時代、風呂といえば一般的に蒸し風呂を指す。つまりサウナ単体が風呂であり、湯船に湯を張って使うのは寺社などごく一部に限られていた。また石鹸自体も高価で信長自身も滅多に使うものではない。


記憶を失っているはずなのに、斜め上の知識をもって要求する勝家に信長は違和感を覚えていた。




「馬鹿めが!風呂は体を蒸すものであろう。湯に浸かるは、緩み切った坊主どもくらいよ。それに石鹸なぞ、権六如きにもったいないわ!」




「あー、そいやこの時代風呂ってまだ湯船は一般的じゃなかったんだった。やっぱり石鹸も貴重みたいだし、ダメかー。せめて温かいお湯をもらおう」


ぶつぶつ言いながらも、希美は体を清めるための湯と着替えの要求を通し、別室に向かった。




そしてそこで目にすることになる。




あるはずのないものが、ついてしまっていることに……

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