第4話 戸惑いの連鎖
「おおっ権六、気付いたか!」
「よかった、権六。いっこうに目覚めぬで、おぬし、死んだかと思うたぞ」
「柴田殿、大事ありませぬか?」
まわりのちょんまげおやじ達が一斉に話しかけてくる。何やらちょっと匂う。加齢臭だろうか。希美はわけのわからなさと不快な匂いに思わず顔をしかめた。
「あの……」
一体何が起こっているのか聞こうとした時だった。
「ぐぉんろくぅぅーっ」バシャァッ!
とんでもない大音声と共に、桶一杯の水を浴びせられたのは。
(さ、最高に意味がわからないんだけど)
人間、理解の範疇を超える出来事があった時に、「目が点になる」などというが、今まさに自分はそんな表情をしているのだろう。希美はそんな事を考えながら、いっそ現実から逃避することにした。
(これは、夢に違いない)
つまり、寝直したのである。
**********
織田家の面々は戸惑っていた。
事の起こりは彼らの主君、信長の癇癪であった。
とはいえ、信長が癇癪をおこしたのにも理由がある。先の桶狭間における織田家の存亡をかけた戦に参戦できなかった柴田権六勝家が、酒の席でこともあろうに信長に「なぜ声をかけてくださらなんだのか」と言い出したのだ。
いかに一本気な猛将といえど、本来の勝家ならば主君にあからさまに不満を訴えることなどありはしない。しかしその日、勝家はちょと酒が過ぎたのである。
「くどいぞ権六、下がれ!」
主君にそう言われ、いったん引き下がった勝家だったが、気心の知れた友人にくどくどと愚痴を漏らしているのを不快に思った信長が、膳をひっつかみ勝家へとフルスイング。膳は勝家の側頭部にクリーンヒットし、無事昏倒と相成ったわけである。
倒れ伏した後、大きないびきをかいて寝始めた勝家に、周囲は安堵し笑っていたが、実際は死に至る危険な兆候であったことに誰も気付かなかった。
そのまま寝かせておけということになり、気付けば息がなかった。
皆大慌てになり、医師を呼べだのと騒然となっている時に、何事もなかったように勝家が起き上がったのである。
「お迎え」などと言いながら起き上がったあたり、本当にあの世からのお迎えが来て連れていかれかけたのやもしれぬと、何人かは心の内で思ったが、猛将柴田のことだ、お迎えを追い散らして自力で戻ったに違いないと納得したようだ。
しかし、腹立ちと心配とないまぜになった主君が、気つけにと裸足のまま池の水を汲みに走り、しれっと目覚めた勝家に鬼の形相で桶の水をぶちまけた途端、勝家は一瞬動きを止めた後、やれやれと言わんばかりに首をすくめ、横になって寝始めたのである。
これにはあの主君信長も、織田家家臣団も、戸惑いを覚えるのは仕方のないことだった。
まあ、当然将来の魔王たる信長は、すぐに戸惑いを怒りへと昇華させたのだが……
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