17

《眠り姫の永眠》

この世には王子様に起こしてもらえないお姫様もいる。それは違うか。王子様がいるからお姫様なんだ。じゃあ愛されない子は、ただの悲しい女の子。

イバラはキツく強く成長しすぎて、屋敷を覆い尽くしてしまった。王子様に見つけてもらえなくてもしょうがない。

毒リンゴを食べても、ガラスの靴を履いても、相手がいなきゃどうしようもない。

お姫様じゃなくても幸せに生きられた人はいるけど、私は一人じゃどうにもできないみたい。

魔女でも死神でも、悪魔でもいいから私を救って。

誰か私を愛して。



――このアカウントは既に削除されています。



12

公園に移動して、近くのドラッグストアで買ってきたもので急いで手当てをする。あまり深く切りつけられていなかったのが不幸中の幸いだ。

「これで一応大丈夫かな。明日になったら取り替えてね」

「ありがとな。にしても……あーちょっと色々ありすぎて何から言ったらいいか分かんないな」

「聖也くん……えっと、どうして高良さんと一緒にいたの? 商店街の方歩いてたよね」

「俺にもよく分かんないんだよな。あっちは待ち伏せてたのかもしれないけど、帰り道にばったり会ってさ。私服だったからサボりかって聞いたらそうだって言ってて。で、なんか一人じゃ入りにくいところがあるから、ちょっと付き合ってほしいって言われて……」

「お兄さんが来たの?」

「そう……いきなり蹴っ飛ばされて、そのまま縛られて足も切られた。すげぇ怖かったんだけど、逆撫でさせたらもっとヤバいかなと思って、大人しくついていったんだ」

「なんで高良さんは聖也くんを……」

「……あ、もしかして。アイツって親父と知り合いだったんだろ? その流れで俺を知ったのかもしれない。って言っても、こんなことされる覚えは全くないんだけどなぁ」

「……ごめん。僕がもっと早く気をつけてって伝えるべきだった」

「別に。お前は悪くねーよ」

ポケットからゴソゴソと何かを取り出すと、僕の手に乗せた。 ……400円?

「そこの自販機で適当に買ってきてもらってもいい? お前の分もな」

「うん、分かった。……でも僕財布あるよ?」

「出すの面倒だろ。あーやっぱ炭酸買ってきて」

炭酸という選択肢が増えたけど、なんでもいいと言われると迷う。一応違う味のを二つ買っておこうか。

「はい。他の……がよかった?」

「いや。じゃあそっちのもらっていい?」

「うん。あとこれお釣り……あ、そういえば聖也くんってお金直にポケットいれるの?」

「俺だって財布ぐらいあるよ。これはさっき買い物した残りをしまうのが面倒で……って変なとこ気にすんのな、お前」

「そうかなぁ……?」

少し笑って一息つくと、ぼうっとしてしまった。

そうか……もう終わったのか。これから先、高良さんや春昭達とも会わなくなるのかな。

なんだかんだ過ごした日々はそれなりに、いや今までで一番楽しかった。けれどそんな日はもう二度と来ないだろう。そう思うと急に悲しくて悔しくて、よく分からない感情が溢れてきた。

まるで駆け足のように去った夏休みだったけれど、一つ一つは濃い日々だった。

「利賀松……」

「ごめ……っ、ちゃんと今……話す……っ」

「そうじゃなくて、無理しなくていいって。俺以上に色々あったんだろ。落ち着くまで待ってる」

「……うん……っ」

僕は少しずつ起こったことを伝えていった。陽が沈むのは遅かったけど、辺りは暗くなっている。とっくに中身のないペットボトルを握りながら、嘘のような夢の中みたいな日々の話を終えた。

「……ごめんね。うまくまとめられてないんだけど、一応こんな感じ」

「……利賀松」

顔を上げると肩のところに手を置かれた。労わるようにぽんぽんと何回かさする。

「大変だったな、お前も……」

「うん。でもあんまり現実味がないっていうか、夢だったんじゃないかって思う。……それもただ現実逃避したいだけかな」

「俺だってそんなことされたら人間不信にもなる。ただの喧嘩ならよかったけど、こうなるとしばらく……いや、何年か経たないと無理そうだな。まぁそれは利賀松が決めることだけど」

「僕も……ううん。二人が僕に会いたくないんじゃないかな。高良さんはもう絶対に無理だし……僕は元々二人に……あっ」

「どうした?」

思いだした。写真に見覚えがあるなんて、自分が映っているからに決まっているじゃないか。そうだ。僕も同じ写真を持っている。だとしたら……。

「高良さんも、僕と同じ小学校だった……?」

「え、マジそれ」

その人物が高良祥子なのかはハッキリしない。でもそれなら、年の違う雪乃と友人だったのも分かる。それに兄弟の他にもう一人。二人というよりは、三人組で記憶に残っている。

「あはは……じゃあ最近のことじゃなくて、もっと全然前から……僕は嫌われていたんだね」

「嫌われてた……か。……俺はそのとき判断を間違えた大人が一番悪いと思うよ。でもだからと言って、アイツらが全く悪くなかった訳じゃない。あれこれ言って、子供に悪い虫をつかせないようにする親の気持ちは分かる。だけどな、遊べば分かるんだよ。あの年の頃なら……親が言ってるほど悪い奴じゃないってな。アイツらは諦めただろ。確かに大変だったと思うよ。辛かったと思う……でも変えようとしなかった。自分達で固まってる連中って、外から見たら邪魔できない強い繋がりに見えるし。そんな奴等を救ってくれるヒーローなんて、漫画でしか出てきてくれない」

「……聖也くん」

そういえば彼の母親もいなかった。似た経験をしてきたのかもしれない。

「物事なんて大体みんなが悪かった、仕方なかったで手を打っちまうんだよな。でもそうするしかない。そうじゃなきゃ……進めないから。だから一回これでおあいこってことで。復讐にしてはなかなかキツイけどな」

「でも良いこともあったよね」

「え?」

「聖也くんとお父さんの仲が戻ったのは良かったよ。それに僕も……聖也くんのこと誤解してたし。もっと怖い人かと思ってた」

「別に親父とは元から仲良くなんてねーよ。……まぁ、俺もお前のことオタク系の奴かと思ってたし」

「えっ……」

「実はオタクなのは俺の方なんだけどな。みんなには言ってねーけど」

「もしかして……みみたん?」

「それは親父だ! どーせあの店で勧められたとかだろ。俺はもっと……そう! どちらかというと昔のやつだ。今じゃ手に入らない古い漫画とかな」

「へぇー面白そう。僕もちょっと気になるな」

「じゃあ今度家来るか? あのアパートボロっちいから隠してたんだけど、お前にはバレちゃったしな。それに……アイツも会いたがってるし」

「本当? あ、あの時はごめんね。でも別にボロくなかったよ?」

「そうか? 引っ越す前はもっと広かったし、一軒家だったんだけど。ろくに掃除もしてなかったから汚かったし……」

汚いというよりは、物が少ない方が目立ったなと記憶を辿ってみる。

「碧……」

「えっ?」

「あーそう呼んでもいいか? 利賀松って長いし。碧って名前珍しいだろ? そっちの印象のが強いんだよ」

「……うん。なんか新鮮だなぁ。同じクラスになった時は、話すことなんか無いと思ってたのに」

「俺への偏見強くねーか」

「あはは、そうだね勘違いしてた」

「……ま、許す。はは、じゃあそろそろ帰るか。もう歩けそうだし」

「あ、無理しないでね。血は結構出てたから」

「大丈夫だよ。手当サンキューな」

ベンチから立ち上がって伸びをする。蒸し暑い気温が過ぎて、秋を感じさせるような夜の風が吹いていた。

「ねぇ、聖也くん」

あ? と軽い調子で振り向いた。

「僕ってこれから彼女できると思う?」

「ばっ……知らねーよ。……あーでも、年上の人から好かれそう」

「えっ?」

「碧くん可愛いから、お野菜安くしてあげるーって」

「それおばちゃんじゃん!」

「はははっ。ま、お前なら大丈夫だろ……多分」

「曖昧だなぁ」

「恋人にするには色々抜けてんだよお前」

「ぬ、抜けてるって……」

「そういうのが良いって奴が現れるまで待った方がいいな」

「そういえば最近似たようなことを言われた気がする……」

「誰に?」

「聖也くんのお父さん」

「げっ! うわっ……ちょ、危ねえじゃねえか。変なこと言うな」

電信柱に衝突しそうになるなんて漫画みたいだ。ごめんと笑って謝ると、ぺしっと肩を軽く叩かれた。

ふと空を見上げると、今日の月は少し広がった三日月だった。

僕は0以外の数字、満月以外の月も、好きになれていたみたいだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る