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僕はメッセージのやりとりを、かれこれ三十分は続けていた。これで何通目だろう。
相手は春昭だ。あの後少しだけその続きを話していたけど、今は本題から離れて、雑談がだらだらと流れている。ちょうど今やっているテレビの感想が途切れた辺りで、一枚写真が送られてきた。
『なんか妹が送るなら、これ送れって言ってるw』
という一言と共に送付されていたのは、今流行っているアイドルをもう少し派手にしたような女の子の画像だった。ボリュームのある茶髪のツインテールに大きなリボン。洋服は衣装としか思えない派手さで、一応和服風だけどフリルが何段もついている。思わず『春昭の妹ってアイドルなの?』と聞いてしまっていた。
『いやー。まぁでも似たようなことやってるかな。……碧の周りにいなかったタイプかもしれないけど、中身は普通だからさ』
これが今時の普通? 知らない世界を見たような気がして目がチカチカした。でもメイクが濃いとはいえ、結構可愛いと思う。メイクでかなり変わる人もいるらしいけど。
『ま、とりあえず雪乃に会ってみる?』
『えっいきなり……?』
『その方が手っ取り早いだろ。でも碧……小学生のときに会ってると思うけど』
そもそも春昭と遊んだ記憶も薄いのに、妹まで覚えているわけがない。それに小学生と高校生では、風貌も大きく変わっているだろう。
『本当に……?』
『まじ(`ω´)!』
『うーん。じゃあ妹さんも予定が合うなら……』
『あいつはいつでも暇だからw じゃあ今度家呼ぶよ』
家か……僕が行った記憶はないし、僕の家に来たこともないだろう。春昭って誰と仲が良かったんだっけ?
『暇な日教えて』
『僕も大体は暇だから大丈夫だよ。次の休みじゃ早い?』
『へーき。了解!』
携帯を置いて、寝転んでいた体を起こす。そろそろ風呂に入らなきゃと、なんとなく窓の方を向いた。
「……あれ?」
開けっ放しだった。冷たい風を感じて鍵を閉める。チラリと見えた月は半月と言い難いぐらいの、微妙な形だった。
《風波家》
ベッドの上で目を閉じる。気を抜くとにやけてしまいそうになる頬を押さえて、耳からイヤホンを抜いた。そのタイミングで丁度、部屋のドアが叩かれる。
「お兄ちゃぁーん、いるー?」
少し待ってから控えめに開けられた。その隙間から雪乃が顔を覗かせる。相変わらずパステル色のパジャマや、それに合わせた小物ばかり持っているようだ。
「いやさー、あれ……無くしちゃって」
「……」
「貸してくれませんかねーお兄様」
雪乃が欲しがっているのは、恐らく充電器だろう。わざわざあちこちに持って行くから無くすんだと小言を言う前に、部屋にずかずかと入ってきた。
「もしかして無くしたんじゃなくて、壊したのか?」
「い、いや? 気づいたらいなくなってたぁー……みたいな?」
「……ほら」
「おっ! やったーありがとー」
「……お前、忘れてないよな?」
すでに帰ろうとしていた体を引き止める。くるりと回った顔には、悪巧みをする子供の笑顔が張り付いていた。
「はいはーい、心配しないでってば。お兄ちゃんの言うことなら大丈夫なんでしょ?」
「……ああ」
「じゃあ、おやすみゆきのーんっ」
「……なんだそれ」
バタンとしまったドアの前で呟く。
まぁいいか。今度は椅子に座って、計画を再度頭に浮かべた。また頰が緩む。ああ……どうなるんだろう。楽しみだなぁ……。
ここまで待って、やっと巡ってきた機会だ。こうなるのも仕方ない。
人はただ生きていても意味がない。だから希望も絶望も、それは自分で作らねばならないのだ……なんて恥ずかしいことが浮かんだ。
軽く甲に口付ける。
――おはよう眠り姫、そろそろ起きる時間だよ。
「くっ……ぷははっ……」
今日はこのネタでも投稿しようかとサイトを開く。
なんとなく裏アカウントのまま適当に眺めていると、碧の呟きがあった。さっきまで自分と話していた碧がどんな発言をしてるか気になったけど、期待したようなものではなかった。
『今日の月はあんまり綺麗じゃないなー』『犬飼いたい』
どちらも写真がつけられていて、月の方は自分で撮ったのだろう。犬の方は画像検索して一番上にあったようなものだった。特に誰からもコメントはないけど、大体いつもこんな感じだ。
小さく湧いた悪戯心が大きくなっていく。
俺は誰にも教えていないそのアカウントで、碧に話しかけた――
キラリと視界の端で何かが光った。
漫画を読むのを止めて、手を伸ばす。携帯の通知ライトだ。
恐らくそんなに重要な用でもないだろうと確認すると、僕の呟いた発言にコメントがついていた。
つい起き上がってサイトを開いた。ばくばくと心臓の音がする。どうせ変なアカウントからだろうけど。詐欺まがいの。
でもそんな相手だとしても、誰かに見られたと思うとなんか恥ずかしい。これは誰かに見せる為にやってるわけじゃないんだ。
さっきまで春昭と喋っていたページに戻ると、新着のお知らせがあった。そこを押すと、派手なアイコンの人が一件コメントを残していた。
『いきなりのコメント失礼します。たまたま貴方の呟きが目に入って、気になってしまいました。急で本当に失礼な話なのですが、よろしければお友達申請してもよろしいでしょうか?』
アイコンの割には丁寧な口調で、とりあえず怪しいと思った僕はその人のマイページまで飛んだ。
三日月が笑っているようなデザインのアイコンは、自分で描いたのだろうか。友達の数を見てみると、なかなか多かった。
単に数を増やしたいだけかなと思ったけど、やりとりを見ていると丁寧で人気があるのも納得できた。
時折混ざるジョークは嫌味な感じがせず、確かに面白い。というのが分かると、ますます僕のどうでもいい呟きなんかに興味が湧くかと疑問に思った。
それでも別に損はないと、返信をした。
『こんにちは。いきなり†moon†さんのような方に話しかけられて、驚いてしまいました。僕なんかのでよければどうぞ……』
「これで……いいかな?」
少しそわそわ待っていると、三分後辺りに返事が来た。
『ありがとうございます。突然でしたのにお相手して頂けて幸いです。実はオススメユーザーから見つけました。先に言うべきでしたね。言い忘れていてすみません。あまり言い過ぎるのも、粘着しているみたいで気持ち悪いと思われるかもしれませんが……蒼さんの空気感に惹かれてしまいました。貴方とお友達になって、ほっこりとした会話がしたいなぁ…なんて思いまして、気がついたらコメントを書いてしまっていました。数々の無礼を承知で言いますが、仲良くして頂ければ幸いです』
思ったより常識があって、普通の人かもしれない。それよりも問題は自分の名前だ。本名の碧と読み方は同じ。漢字を変えただけの適当なユーザーネーム。
友人と喋るための場所は他にもあって、この《くるり》というサイトの方は、ほとんど誰にも教えていない。今更になって、見る人が見たら分かるよなと苦笑いが浮かんだ。まぁ友人も知人もそれほど多くないから、そんな心配は無用か。
†moon†という名前は少々どうかとも思うけど、面白い人と友達になれて、気分は上がっていた。この人をフォローしている人は多いけど、moonさんからフォローしている人はそれに比べたら少ない。
彼? 彼女? のマイページにある小さい僕のアイコンは、他の人よりも目立たないはずなのに、なんだか目に入って仕方なかった。
かけていたタオルケットが暑苦しくて目が覚める。窓からむぁっと主張の激しい熱気が伝わってきた。
「……んー」
もう一度寝たいけど、この中じゃ眠れそうにない。仕方なくカーテンを開けて身体を起こす。大きな欠伸を一つしてから携帯に手を伸ばすと、またチカチカと光っていた。もしかしたら昨日の人かな……。
「……えっ」
コメントが二件あるのは珍しい、というか初めてか。一つはmoonさんだけど、もう一つ哀と名乗る人物からだった。
『いきなりすみません! あの……†moon†さんとのやりとりを見て、私も蒼さんと気が合うななんて勝手に思ってしまって……。普段はあまりお友達を増やすことはしないのですが、良かったら私とお話していただければ嬉しいです。突然失礼致しました』
どんな人か確認しようと、哀さんのページに飛ぶ。背景は澄んだ夜明けの空。アイコンは哀という名前のモチーフなのか、アーティスティックな少女が描かれている。
年齢はmoonさん同様非公開だけど、何故かそれを見て親近感と……まるで彼女みたいだと感じた。
僕の中の高良さんはもう少しクールだけど、砕けたらこんな感じになるのかもしれない。いや、それよりも画像から伝わる好みや、発言がどうしても僕の中の彼女像と繋がる。
震える手で返事を打った。何度か読み返し、自分も仲良くなりたい意を伝える。
「読み方はアイさんでいいのかな……?」
しばらく待ってみたけど返事が来ない。そういえば今は生活の中で一番慌ただしい時間じゃないか。相手が同じ学生や社会人……もしくは主婦だとしたら申し訳ないことをしてしまった。でもよく見ると、このコメントがついたのは昨日の深夜だったみたいだ。どっちもどっちだったと分かり、保留にしていたもう一件を読む。
『おはようございます蒼さん! 今日は暑いですねぇ汗。そろそろシャツの替えが必要かしら……あ、毎日こんな風に挨拶を送りつけたりしないので安心して下さいね! 笑。どうでもいい情報ですが目玉焼き占いが失敗したので、今日の運気は微妙です(°_°)ズーン』
送付されていたのは、黄身が飛び出てしまっている目玉焼きの画像。後ろにぎこちなく切られた食材も見えたので、そもそも料理が得意ではなさそうだ。シャツなどの話から、moonさんはサラリーマンでもしているお父さんではないかと人物像が浮かぶ。
小さい女の子に人気があるキャラクターのお弁当箱があるから、もしかしたら父子家庭か、奥さんが忙しい人なのかもしれない。
微笑ましい光景に口角が上がる。少しぐらいはこういう繋がりもアリかもな……。
穏やかな気持ちで制服に着替えて、外に出る。
「長袖もそろそろ暑くなってきたな……」
さすがに折っているけど、そろそろ半袖に変えた方がいいかな。それでもシャツの替えまで必要になったことはないんだけど……。
不意に思い出しフフっと笑ってしまうと、教室で話していた春昭が興味ありげに聞いてきた。
「何、なんかいいことでもあった?」
「え……まぁ、ね」
「なんだよー。俺に言えないこと?」
「別に、そんなことないよ」
慌てて答えると、それもまたからかっていたと言うように笑った。
春昭が教室に戻る際に、ドアの横の席が目に入る。
「……っ」
高良さんは携帯をいじっていた。割と早くボタンを動かしているみたいだけど、何を見ているんだろう? 後ろに回ったら見れるかもしれない。今度チャンスがあったらさりげなく覗いて……いや、もしかしたらこの先、連絡先までわざわざ盗み見するまでもなく、もらえるかもしれないんだ。それにこんなことで幻滅されてもイヤだしね……。
授業開始のハズなのに先生が遅れているのか、まだ来ない。手持ち無沙汰になった手はサイトを開いていた。
『深みに落ちた私。綺麗な薔薇の中で包まれた私。海の底は暗くて……でも暖かい。黒を黒で混ぜてみた。じっと見てると何か別の色が見えてきた気がする。でももう一度見ると、やっぱり真っ黒のまま』
哀さんの発言はほとんどが空や猫の写真についてだけど、時々こういうポエマーな一面もあるみたいだ。
どういう意味だろうと考えている内に先生が来てしまった。悲しいことがあったのか、そうでないのかよく分からない内容だ。実はそんなに深い意味なんてないのかもしれない。
試しにノートに黒いボールペンでぐるぐると丸を書いた。その上からまた丸を書く。
……やっぱり黒は黒のままだ。
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