第34話 イチゴ味噌汁抹茶味
ヒデが、咳払いをして、平静を装った。
「失礼しました」
そして、何事もなかったかのように澄ましかえる。
「いえいえ」
ラドさんが柔和な笑みを浮かべた。
「先程はこのドエルが失礼しました」
「聞いていましたから。部屋中」
ラドさんとノルドさんは笑い、ドエルはフンとそっぽを向いた。
「ああ。誤魔化せませんでしたか。すみません。少し話し合いをすれば、大事にせずに収まるかと思ったので」
軽く頭を下げておく。
「ドエルは両親共々一般人なのですが、横暴な貴種に両親が殺されましてね。相手は悪いとは少しも思っていなくて、それで貴種を憎んでいるんですよ」
ノルドさんはドエルを見ながら言った。
「人を部品みたいに使い潰して平気なんだ、あいつらはーー!」
ドエルはそこにその相手がいるかのように、虚空を睨みつけて吐き捨てる。
「ここにはそういう人間も多いのですよ」
成程。あまり自由に出歩くのも、摩擦の元か。
「ついでにお聞きしてもいいですか。さっき、『キシュどころかキシュ』と言われたんですが、どういう意味ですか。日本語にない言葉だと、ニュアンスが分かり難くて」
概念にない言葉を、翻訳するのは困難だ。元々『貴種』というものも地球にはない概念だったのだ。
「そうですね。私もよくわかりませんでした」
隊長とヒデも頷く。
ラドさんとノルドさんは少し考えながら、説明し始めた。
「そうですねえ。我々の言葉で直に言う方がいいのか・・・ううん・・・」
「一般人にない、珍しい3種類の能力があって、そのうちの1種類を使えるのが、貴種。それはいいですね?昔はもっと、この貴種に当たる人間もいたようです。
王族は、昔は2種類、人によっては3種類共使える人間がいましたが、今ではもう、いません。2種類使えたのは、7代前の王が最後です。それで、2種類以上使えるのは稀種となりました」
「ああ。稀、珍しい、ですか」
隊長が言い、ラドさん達が、伝わってホッとしたような顔をした。
貴種と稀種。漢字が自然と当てはまった。どちらも、キシュだ。
「いよいよ、珍品野菜か何かみたいだなあ」
思わずボソリと呟く。
「わかってないな、お前」
「ええ?何が?」
ドエルは何か、怒っている。
「お前が、その珍品なんだよ!お前3種類だろ!?」
「ああ、そう・・・なのか?よくわからないな。そんなのなくても、ヒデとか先輩達は強いからな。後ろに目があるのかと本気で思うし。重要か?特に、遺伝子に逆らうんなら、いらないだろ?その区別」
ラドさん達は驚いたように目を見開いて固まった。
そんな変な事は言ってないだろう?
「何だかんだ、遺伝子に囚われているのは、我々も同じか」
沈黙の果てにそう言ったのは、ラドさんだった。
「遺伝子に呪われていますから。フレイラは」
「貴種とかそういう言葉が無くなる時が、我々の真の勝利だな」
ラドさんとノルドさんは、感慨深げに言って、唸る。
こだわるのもわかるが、俺達のこだわらないのもわかって欲しい。
ああ。このイチゴ味噌抹茶が美味しい。
俺は、プルプルと震えるドエルに、今後どう付き合うか考えた。
カリドと街に行って子供達と遊びまくってきた明彦は、幸せそうだった。
威力が変わったせいでライフルの反動が変わった真理は、慣れるために色々と考えているらしい。
そして俺は、端末のモニターの中でクルクル回る螺旋構造の遺伝子モデルを眺めて考えていた。
「皆、聴いてる?」
生物の授業をしてくれている春原先生は、困ったように眉を下げた。
「遺伝子を超える事はできないんですか。逆に、遺伝子に刻まれていればその通りに絶対になる?」
春原先生は俺の質問に、どう答えるか考えるようにして口を開いた。
「表現形質がどうのとか、そういう話を聞きたいのではないんだよね。
そうだねえ。例えば、水泳金メダリストの夫婦の子供が絶対に水泳金メダリストになれるとは限らないし、反対に、カエルの子はカエルということわざもある。どういうことだろう?」
「・・・後天的な環境、訓練に左右される?」
「そうだね」
「でも先生。同じ訓練をした、金メダリストの子とそうでない子ではどうなんだ?」
明彦が訊く。
「どうだろうね。どう思う?」
俺達は、考え込んだ。
「わからないなあ。難しすぎるよねえ」
「そう、わからない。遺伝子が全てではないし、かと言って無視もできない。ヒトがいくら努力しても、例えばエラ呼吸できないようにね」
俺達はますます、迷路にはまり込んだ。
「でも、これは言える。
イチゴな味噌汁に見える抹茶でも、飲まなければ気持ち悪いけど、飲んだら意外と美味しかったりする。話し合う前に理解する事を放棄するのは勿体ない」
真理と明彦と春原先生は、少し黙って考え、口々に言った。
「イチゴで味噌汁で抹茶かい?」
「それ、何?例え?」
「砌、ユニークなものを考え出したねえ」
フッ。お前達も、その内驚くがいい。
俺はそれを想像して、ニヤリと笑ったのだった。
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