第21話 ロシアの新型機パイロット

 あすかは担当区域を目指して航行していた。ルナリアンがワープゲートを狙って来るので、各国が分担してワープゲートを守っているのだ。あすかに割り振られたのは比較的地球に近い木星付近のゲートだ。

 ワープアウトしてみると、写真で見た通りの惑星が目前にあった。

「本当に縞々だな」

「でかいなあ」

「写真撮っておこうぜ、木星をバックに」

 俺達は窓際に並んで木星をバックに記念写真を撮り、各々、データを保管した。

 ゲートに組み込まれている基地に近付くと、先にここへ来て駐留していた自衛軍の隊員があすかを誘導する。

 護衛艦が2隻いた。あさかぜとひえいだ。

「新型イージス艦のあさかぜだ!カッコいいなあ」

「ボクはひえいが好きだなあ。ひえいの飛行隊のエンブレム、好きなんだよぉ。パッチ、欲しいなあ」

「向こうの売店で買えるんじゃないか」

「そうだ。あさかぜのカレーはシーフードらしいぞ」

「ひえいはコンビーフだよ」

「あすかはチキンだな」

 金曜日はカレーという、曜日を間違えないようにするための海上自衛隊の伝統は宇宙の統合自衛隊でも踏襲されており、艦毎に色んなカレーが作られている。

「食べ比べしてみたいな」

「どうだろう。食事は各艦毎かな」

「後で聞いておこうかあ」

 あすかのカレーに文句などない。でも、試してみたいじゃないか。

 カレーの食べ比べに期待を寄せる俺達だったが、そのカレーの煩悩を吹き飛ばすかのように、ゲートに新たな艦が接近してきた。

「あ、ロシア軍だぜ。ロシアと言えばピロシキだな!」

 まあ、ピロシキは嫌いではない。

 大きな空母型の戦艦が、ゲートから出て来る。

 いくらゲートがあるからといっても、距離に限度があるらしく、外宇宙へ一気に跳ぶわけにも行かないらしい。ロシア艦はここへ「息継ぎ」に出て、ここからまた、よそへ跳ぶのだろう。

「そう言えば、ロシア軍も新型を導入したな、確か」

 そんな事を聞いた覚えがある。

「ルナリアンの機体を参考にしたんだったよな」

「ルナリアンの・・・ああ、あれ?ボク達がカリパクしたやつ」

「ああ。どこも壊れてない完全体だったからな。日本が国連に提出したらしいぞ。にしても、早いな。ベースはできてたんだろうな。やるな!」

「問題は機体じゃなくて、パイロットだろう?」

「そうだねえ。ダイレクトリンクについては、完全に秘匿技術だもんねえ。無人かなあ」

「どこかで、誰かが似たような事を思いつくもんだろ、発明なんて。同じものかも知れないぞ」

 真理と明彦は考え込んで、「まあな」とか言った。

 その時、非常ベルが鳴り出した。

『ルナリアンが接近中。戦闘配置に就け』

 俺達もそれを聞きながら、既に足は更衣室へ向かっている。

 着替えて乗機に飛び込んで起動させると、ヒデに準備ができた事を報告する。

『ロシア軍は次のワープまでクールタイムがいる。だからこのまま戦闘に参加したいそうだ』

『ほお。噂の新型が見られるんかいな』

 ヒデの言葉に、タカが面白そうな声音で食いつく。

『多分な。ロシアの存在感を示しておきたいのかもな』

 面倒臭いな。

『こちらも一応出るが、バードはゲート付近で、近付いて来るやつだけをやれ。キャットはロシア機が洩らしたやつを叩く』

 ヒデの命令に従って、外へ出たら、ゲート近くに陣取る。見学の構えだ。

『あれかあ』

 先に新型を見付けたのは、真理だった。スコープで見たらしい。

 ルナリアンは従来型で、数は12機。ロシア機は8機で、ずんぐりとしたようなこれまでのものが2機と、幾分スマートな感じのが6機。これが新型らしい。機体自体はスマートだが、背負う推進器は大きく、一見、武器が見当たらない。

『ああ。手首に銃口とナイフみたいなのがひっついてるよぉ』

『腕と一体になってるのか』

 そのまま、観察を続ける。

 従来型の2機はあまり動かず、専ら新型の6機が動くようだ。新型機の機動性はルナリアン並みで、両手を向けて、攻めて行く。あの動きは、かなりの負荷になる筈だ。攻撃自体は、普通にこれまで通りだった。

 そしてルナリアン2機を落とすと、残るルナリアンは撤退して行った。


 基地に戻ると、ロシア軍艦も基地に入って来る。そして、新型機の手に掴まれた捕虜にしたルナリアンと、艦からはロシア軍人が下りて来た。若いパイロットスーツの男女4人も新型機から下りて、捕虜を拘束する。

 ロシア側の偉い人と隊長とが、握手し、話をするのを、俺達は離れた所から見ていた。

 捕虜は大人しくしていたが、いきなりイライラとした様子のパイロットがその捕虜の背中を蹴り付け、倒れ込んだところに銃口を向ける。

「エエーッ」

 驚いたのは俺達だけでなく、全員だった。

 慌てて捕虜をかばう位置に隊長が入り、ロシア軍人も、パイロットの持つ銃を取り上げる。

「済まない。実践の後で気が高ぶっているんだろう」

 そんな事をロシアの偉いさんは言って、般若のような顔をしていたパイロットを見る。

 と、彼らは一転して、落ち込んだような顔で

「申し訳ありません」

と謝った。

 が、急にガタガタと震え出したり、イライラと爪を噛んだり、ブツブツと呟いたりし始める。

 一体なんだ?

 隊長も怪訝な顔で見ているが、ロシア側は慌て出した。小声で偉い感じの人が何か言うと、パイロット達は各々ポケットからピルケースを出し、震える手で薬を口に放り込んでガリガリと噛み砕いて飲み下した。

「あ、水!」

 隊長が言って、慌てて隊員が、ミネラルウォーターのペットボトルを持って来る。パイロット達は一転して愛想のいい笑顔で礼を言ってそれを受け取り、水を飲んだ。

「あれ、何?新型のパイロットって、皆精神が不安定なのか?」

 小声で、俺達は言い合う。

「皆って変じゃないかなあ?」

「あの薬って何だろうな」

 精神安定剤かな。

 さっきまでおかしかったパイロット達は、一見まともだが、どうにも胡散臭い。笑顔が嘘っぽいのだ。

「なあ。新型のあの動きに耐えられるように、薬を飲んでるとかってあるかな。その副作用が、情緒不安定」

「春原先生に訊いてみたいねえ」

「大丈夫なのか?あれで」

 他国の見知らぬパイロットながら、心配だ。錯乱して、その辺でいきなり暴れて友軍も全部攻撃しだしたら、困るどころではない。

 今はすっかり落ち着いたようだが、

「では、こちらでお預かりして、本部に送致しておきます。書類を作成しますのでこちらへ」

と、隊長とロシアの偉い人が歩き出し、捕虜のルナリアンが隊員に連れられて別方向に歩き出すと、それを物凄い憎悪の目で睨みつけている。

 それは、単に敵という以上の何かで、薄ら寒くなるような目つきだ。

「お前らは先に、戻っていろ」

 副官らしき軍人に言われ、敬礼して新型機に乗り込み、ロシア軍艦に戻る。

 が、正直、きちんと戻って見えなくなるまで、ヒヤヒヤする思いだった。

「何なんだ、あれは」

 俺達は、彼らが見えなくなってホッとしながら、呟いた。


 ロシア軍艦がワープゲートを潜って行き、俺達は全員、ホッとした。

「何か、ヤバいやつらだったな」

 明彦が、眉を寄せて言う。

「新型の性能自体は大したことは無さそうだったな。これまでより機動性が上がってるだけで。あれに乗る人間だけがおかしい」

 ユウが、考えながら言った。

「1人2人ならとんがったやつとでも言えるんやけど、4人共異常なまでの敵意やったな」

 タカも、辟易したように言う。

「隊長、出ましたよ」

 春原先生が浮かない顔で来た。

「あの薬は精神安定剤ですね。それ自体は、ごく普通に流通しているものです」

「薬なんていつ?」

 明彦が訊くのに、隊長が、

「慌てて飲もうとしてた時に落としたんだよ。拾っといた」

と、ニヤリと笑って見せる。

「やっぱりアレは、新型機パイロットの特有のもの?あれが、あの機動の条件の結果?」

 言いながら、それは嫌だと思う。

「多分ね」

 春原先生は頷いて、隊長に向かって怒ったように続けた。

「血管を強化する薬を使ってるのかもしれないですね。それ自体は昔からありましたが、もっと強い新薬か、それとも、使用頻度が高いのか。

 攻撃性が増すことからすると、ホルモン系かも知れませんね。アドレナリンを過剰投与するとか」

「ふうん。薬での適応性アップか」

「医者として、反対しますからね。あれじゃ、廃人まっしぐらだ」

 隊長は溜め息をついて、ロシア軍艦の去った方を見た。

「国によって、アプローチは色々って事だな」

 俺は、あのパイロット達の無事を祈ったが、共闘するのは不安だとも思う。

 あれ?何で俺達は無事なんだろう。根性?いや、そんなものは無い。今更ながら、疑問が湧いて来た。

「先生。俺達は?」

「ショックアブソーバーで衝撃を和らげているとかいうのと、若いから血管が柔らかくて丈夫なのと、自然に出るホルモンのせいとか、そういうところかな」

「自然?」

「例えば出産時に血管にかかる負担なんて、普通なら耐えられないよ。それを、自然とホルモンを出して耐えるのが人間だからね」

「ふうん」

「じゃあ、益々適応者は少なくなるねえ」

 俺達はしばらくやめられそうにない、そう俺は確信した。

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