第6話 

 演習とも違う、本物そっくりなシミュレーション訓練とも違う。空気だろうか。それとも、人の意識だろうか。俺達はシャッターを開けた目的も忘れて、しばらくその光景に見入った。

 そしてやっと我に返って、シャッターに叩きつけられたハニービーに注意を向けた。

「大丈夫ですか。もしもーし」

 返事は無い。

「このまま別の入り口に引っ張って行こう。真理、そのライフルで警戒してくれ」

『わかったぁ』

「明彦は俺と一緒に、これを運ぶ役な」

『任せろ!』

 俺達はそのひしゃげたハニービーを両側から掴み、真理を警戒役にして、そろそろと進んで行った。邪魔になり難そうな場所にあるハッチを目指す。

 レーダーには敵も味方もいっぱいで、範囲内にいる、いないの問題ではない。こちらを見ている敵がいるかどうか、だ。

 ルナリアンはノリブの対G遺伝子を入れて3世代目とか言うだけあって、機体の動きが急だ。それに比べると、やはり地球人の軌道は、どこかのんびりして見える。それでも、連携などで奮闘はしていた。

 大体昔から、自衛隊員の技量は陸、海、空、先進国中でもトップクラスと言われていたのだ。

 と、嫌な感じがした。

 右前方のヤツと目が合ったような気がする。

「真理、右前方のヤツ、注意してくれ。来るようなら撃て」

『あ、あれだね。わかった』

「まだ構えるなよ。さりげなく左側に移動してからーー来た!」

 言っているそばから、ライフルを構えてそいつが突っ込んで来た。

 真理が迎撃するが、ヤツの回避の動きが早くて追い付かない。

『研究室のシミュレーターより遅かったんだねえ、そう言えばハニービーって』

 真理が流石に、少し焦っている。

「真理、狙っておいてくれ。明彦は、接近された時には頼むぞ」

『おう!』

 返事を待たず、リミッターを解除する。そして、ナイフ片手に飛び出した。

 仕留められるとは考えていない。俺の役目は、こいつを真理の射線上に数瞬でも長く留める事だ。

 とにかく攻撃を躱しに躱し、懐に飛び込む。後は、目まぐるしく攻守を入れ替え、場所を入れ替え、真理からの

『来た』

で離れる。

 狙いたがわず、真理の狙撃でそいつは落ちた。

『おお、やったぞ!』

『今のうちに移動しようよぉ』

 俺達はまた、移動に戻った。

 荷物搬入口から入ると、連絡をしておいたので、整備班と医療班のスタッフが待機していた。

 ひしゃげたハニービーのパイロットは意識が無かったようだが、手早くカプセルに入れて固定され、医務室へ運ばれて行った。

 そして俺達は、隊長から、緊急閉鎖時の手順ミスに対する大目玉を食らい、その後の判断と戦果、パイロットの救助に対しては褒められ、無事でいる事を心から喜んでもらえた。

 胃に穴の開く思いだったに違いない。

 ルナリアンも撤退して行ったので、戦闘は終了した。

 そうすると、報告を受けた間教官から、大目玉からの繰り返しを受けた。その上、補習付きだった。

 次に戦闘データを手に入れて嬉々としてやって来たのは研究室の氷川さんと雨宮さんで、笑顔でシミュレーターに押し込まれた。

 もう、嫌だ。休みたい。


 基地内が、補修等でザワザワしている。ルナリアンがここを襲った目的も気になるところだろうし、警戒網を突破された事も一大事だ。

「ステルス機能のせいで侵入されたらしいぜ」

「まあ、そんなところだろうねえ」

「侵入目的はなんだ」

「さあ。捕虜の尋問中だって言ってたぞ」

 朝食を食べながら、俺達はそんな話をしていた。まあ、学兵には関係ない。パトロールの強化と授業と中間テストが差し当っての任務だな。

 食べ終えると、パイロットスーツに着替えてから警務隊詰め所に寄ってパトロールに出る旨を報告し、パトロールに出かける。

「結構やられてるな」

『決定的でないやられ方で良かったよねぇ』

『今日、明日中には直せそうだって言ってたぜ』

「早いしきれいし、大したもんだな、自衛軍は。予算が厳しいのが玉に瑕だけどな」

 言い合いながら、規定ルートを進む。

 と、小型の艦が入港ルートに乗っているのが見えた。

『新型艦だな!』

『小型なんだねえ。何の艦だろうねえ』

「綺麗な艦だな」

 まだ一般的に公開されていない艦らしく、照会しても日本に所属する艦船としかわからない。俺達はしばしそれに見とれてから、巡回に戻った。


 昼からは地学と物理の授業で、その後は研究室に行く。

「やあ、来たね」

 行くと、知らない士官が数人いた。

「こんにちは」

「今日は集団戦闘でのシミュレーションを試してみようか」

「はい」

 俺達はいつものように電極を付けてシミュレーターに入り、まず、役割分担を打ち合わせた。とは言え、パターンは同じだ。狙う、突っ込む、適当に、だ。

『有意義なデータが欲しいもんだな』

『はい、スタートするよ』

 氷川さんと雨宮さんの声がして、シミュレーションが始まる。

 舞台はデブリ帯の近くだった。敵機は今の所感知できていない。

 いやーー。

「下だ。ベクター・ゼロでデブリに突っ込め。その後真理は狙撃地点を確保、明彦は左周りで90度程回ったところで停止、好きに暴れろ」

『おう!』

『わかったぁ』

 言いながら、機をデブリに向けて突っ込んで行く。

 そこで3機は分かれる。

 真理はステルスモードで、中央の大きい岩陰に潜む。そして明彦は予定通りにすっ飛んで行く。明彦は防御が自動でかかるとでもいうのか、多少の攻撃はものともしない。

 それを、敵機が3機追撃して来、左、右、下へと散開する。各々、個別に当たる気らしい。

 明彦の方へ向かった敵機は、明彦に対してとにかく撃ちまくって猛追していく。その先で明彦は急制動をかけて止まり、オーバーシュートしていく敵機にぶつかって行くようにして電磁ナイフを振るう。

 俺を追って来たのは、デブリに邪魔をされてスピードも出なければ射線も取れない状況にある。

 そしてフリーのもう1機は、下から回って、真理が隠れていそうな質量の岩を目指している。

 ステルスというのは万能ではない。反射を少なくして、それを対象物ではないと誤認させるというものだ。となれば、乱暴なやり方で良ければ、こちらの機体に相当する質量の岩を、片っ端から砕けば済む。敵にしては幸い、それはそう多くない。

 そして近付けば、目視で見える。

 真理がそれを避けるように、岩の後ろから上へ移動する。

 それで丁度、俺を付け回していた敵機の正面に出る。そこで、俺のストーカーは撃沈。

 真理を狙う奴は、俺が真横近くに移動し終わっており、俺がライフルで片付ける。

『イエーイ!』

 明彦の声で、終了した。


 シミュレーターから出ると、氷川さんと雨宮さん、間教官、さっきの士官達が、モニターを見ていた。

「そこそこやるね」

 ワイルドな感じの士官がニヤリとした。

「へへへっ。まあな!」

「機体性能に助けられている感はあるがな。普通はあれだけ当たっていれば、こっちが落ちてるだろう」

 爽やかそうなのが言う。

「うっ、まあ、なあ」

 明彦が詰まる。

「相手がもっと多かったらどうした?または、スナイパーのあぶり出しを優先して来てたら」

 物静かな青年が訊く。

「その時は、こっちも近付いて引き剥がすか、ビットーー浮遊砲台みたいなもんですーーを出して狙いました」

 この機体に搭載されている新型のビーム発射器で、操縦しながら使うのは、あれ、楽でもないんだけどな。

「敵機の正面にいきなり出て、照準が間に合わない時は?下から撃たれるとか思わなかったのか?」

 物静かな青年が再び訊く。

「大丈夫ですよぉ。だって、砌がああいう風に引っ張って来たって事は、そういう事ですからねぇ」

 最後にもう1人いた筋肉質な男が、大口を開けて笑った。

「信頼関係はバッチリというわけやな!」

 氷川さんと雨宮さんは、彼らを見て、言った。

「どうです」

「ソフトはこれからアップグレードさせられますよ」

 ワイルドな男は笑みを深めて、間教官に言う。

「引き取らせてもらおう」

 間教官が軽く溜め息をついて、

「くれぐれもーー」

と言いかけるのを遮り、俺達に笑いかけた。

「わかっているとも。しっかり鍛えてやるさ。

 お前ら、喜べ。新品の船に乗せてやるぞ。それから、新品の専用機にもな」

「え、ホント!?」

「・・・明彦、落ち着け。悪い予感しかしないぞ」

「はっはっはっ。5553班、本日付けで試験艦あすかへの配置転換を命ずる」

 俺達は、揃って間教官を見た。

「授業はあすかで見て貰えるから。しっかりとな。

 隊長、頼みますよ。学兵なんですからね」

「心配するな」

 物凄く心配になって来た俺達だった・・・。



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