第5話 急襲

 荷物運びは中古の中古でやっていたが、パトロールはハニービーと呼ばれる新型機だった。これを隊で共有して使うのだ。

「おお、視界が広いよぉ!」

「スピードも出るぜ!」

「明彦、真理、落ち着け」

「ああ、ごめん。つい」

「へへへっ。砌は固いなあ」

「お前がフリーダムなんだよっ」

 ルートを説明するために初回なので僕達に付いて回ってくれている先輩が、笑っている声がする。

「まあ、たまに他国の機が偵察に近付く事もあるから、気を付けるように。ここは日本の領空で、機密事項がいっぱいなんだからね」

「はい」

「その場合の、警告と交戦規定は頭に入ってるね」

「はい」

 パトロールを行う。

 そして戻って来たら、日誌を付ける。面倒臭いが、明彦は絵日記の如くハニービーの絵を描き始めるし、真理は事細かく書き連ねて時間をかけた挙句に書き直したがるし、余計に面倒臭いので俺が書いた。

 見ていた先輩達が面白そうに見物しており、隊長は受け取る時に笑いをこらえて手が震えていた。先が思いやられる。

「次は射撃訓練と近接戦闘訓練だな。不審者を取り押さえたり排除したりする訓練だ」

「はい」

 これは一応これまでもやっていたから、どうってことはないと高をくくっていた。が、大間違いだった。飛行隊員によるシミュレーション訓練と反省会を思えば、当然予測できた筈だった。

「そんなにじっくり狙わせてはくれないぞ」

「軽い、軽い。攻撃が軽いんだよ」

「もうばてたのか?スタミナが足りなさすぎだぞ」

 さんざん翻弄され、転がされ、返事の声も出ないくらいにしごかれた。

「次は立てこもりに際しての室内制圧をやるぞ。手順を覚えろよ」

 優しい顔をした鬼ばかりだった・・・。

 そして研究室に行けばシミュレーターで無茶な機動に振り回されるし、授業となれば間教官は容赦なく各教科を詰め込んで来る。

「・・・これまでの生活が生ぬるく感じる・・・」

「そうだねえ。自由時間に、何もできないよぉ」

「天井の模様が、アルファベットと数字に見えるぜ・・・」

 言いながら大浴場で浸かっていて、何度溺れかけたか。


 そんな生活が1か月程過ぎた頃には、訓練にもついていけるようになり、僅かだが余裕も感じられるようになっていた。

 パトロールの日誌を書き終え、「お腹が痛い」と仮病を使おうとする明彦を両脇から連行するように抱え、数学の授業に向かう。

「中間テストは近いぞ」

 間教官が言って、明彦が死にそうな顔をする。

 異変はこの時起こった。

 緊急を告げるサイレンが鳴り響き、一斉放送が入る。

『ルナリアンの戦闘機が接近中。各員、マニュアルに従って行動して下さい』

 間教官は表情を引き締め、

「警務隊に合流して、警務隊の指揮下に入れ。質問は」

「ありません」

「では、駆け足!」

 急いで詰め所に走る。質問?ありまくりだ。

 部屋に飛び込むと、隊長が電話を置いたところで、他は誰もいなかった。

「隊長!何をやればいいですか!?」

 明彦がやる気を見せている。

 隊長は少し困った顔をチラリと見せてから、それを隠すように命令を下した。

「3人はハンガーの警備だ。侵入者が現れた場合、中に侵入を許すな」

「はい!」

「はい」

「はあい」

 三者三様の返事をして、俺達はハンガーに行った。

 隊長の気持ちは痛いほどわかる。部下と言っても学兵だ。俺達は万が一の事はあるとわかっているが、それでも地上の「良識派」とかいう平和な大人達は、「学兵は後方の危険の無い部署での勤務につく」というのを信じているらしい。俺達に万が一の事があったら、名指しで吊るし上げられて、ネットで名前も家族も何もかもがさらされかねないだろう。

 きっと、何でよりによって自分のところに来たんだと言いたいだろうな。

 それでも、あからさまに安全な所に避難しておけとは言えない。今後のモチベーションにも関わる。なので苦肉の策が、「比較的何も無さそうな所を、万が一に備えて警備させておく」なのだろう。ハンガーまで侵入されるという事は、そこまでの何重もの防衛線を突破されるという事だからな。

 しかし明彦は、単純にやる気満々で、ハンガーを死守する気でいる。

 水を差すのも何なので、放っておこう。

「来るなら来い!返り討ちにしてやるぜ!」

 明彦は仁王立ちで、辺りを睥睨している。

 真理は機関銃を肩から下げて、のんびりと散歩でもするかのように立っていた。

「やっぱりあれかな。新兵器の秘密を奪いに来たとかかなあ。砌はどう思う?」

「そうだな。ここが飛行開発実験団だという事を考えればそうかな。

 でも、機体性能はあっちも相当だろ?だとすれば・・・この前借りて来た機体を取り返しに来たとか?」

 俺が雑談に応じると、

「借りパクしちゃったもんねえ」

と、真理は笑った。

 ハンガーと言っても、俺達の受け持ちのハンガーは修理待ちの機体があるところで、敵が重要視しそうなものは何も無い。来るとすれば、方向音痴のやつか、たまたまか。

「まあ、このまま、ここには来ないだろうな」

「だよねえ」

 俺と真理は、歩哨訓練のようにのんびりと構え、

「あんまり張り切ると、いざという時疲れるぞ」

と明彦を丸め込んで、しりとりをして暇を潰し始めた。

「めだか」

「かもめ」

「目」

 何周くらいしただろうか。そろそろ己の語彙不足に気付き始めた頃、いきなり、振動が来た。

「敵襲か!?」

 ハンガーのシャッターが内側にへこんでいる。

「方向音痴か?いや、たまたまか?」

「何、砌?」

「いや、何でもない」

 銃を向けて乱射しかねない明彦を

「味方かもしれないだろ」

と抑えて、カメラで確認する。

「あ、見えた。味方機だよ」

 攻撃を食らって突っ込んだらしい。

「外壁をやっちゃったんだね。空気が漏れてるよ」

 真理がのんびりと風の流れを感じて言う。

「隔壁閉鎖だな!」

 明彦が緊急時のマニュアルを思い出して、張り切って壁のボタンに手を伸ばす。

「あ、待て!まず俺達も向こうへ退避して向こう側からーー!」

 俺のセリフは、無情にも隔壁が緊急閉鎖する音に遮られた。

「あ・・・」

 間抜けな明彦の声が、響いた。

「あほか、お前はっ!」

「えへへ。失敗したぜ」

「他に誰もいなくて良かったよぉ」

「そうだな」

 まさか隊長も、こんな危機は想像していなかったに違いない。

 こんな時の為の待避所もあるが、あいにく、エアの流出で動いたのか、ドアが機材で塞がっている。

「そうだった。動きそうなものを固定するんだったな!」

 3人で手分けして、慌てて固定してまわる。

「そろそろ限界だよう」

「どうする!?」

「・・・幸いにも俺達はパイロットスーツだ。宇宙遊泳はするかも知れんが、何とかなるだろう」

「でも、外に吸い出されるかもだよ」

「それは困るな!」

「修理待ちのハニービーに入っていよう。その辺に掴まる事くらいはできそうだ」

「そうだねえ」

「どこが壊れているのか知らないがな」

 適当に、乗り込んでみる。

「俺のは左腕が上がらないらしい。四十肩だな。そっちはどうだ」

 真理は、

『足が動かないみたいだよ』

と返し、明彦は、

『照準システムと連動できないみたいだな』

と返して来た。

「まあ、そう悪いくじを引いたわけでも無さそうだな。

 外のやつ、引き込んだ方がいいのかな」

 俺達は相談して、シャッターを開けた。

「うわあ」

 距離はあったが、そこには戦場があった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る