第4話 転属
基地に戻った俺達が解放されたのは、5日も後だった。
まず健康診断があり、いつもの定期健診ではやったことのないようなあれやこれやの検査があって、検査というものも疲れるものだと知った。
その後は、連れて行かれた後からノリブを殲滅して迎えの軍艦に保護されるまでの事を、3人別々の部屋で、同時に、根掘り葉掘りと訊かれた。まあ、スパイに感化されていないかどうか確認するためには必要だろう。精神的に、こちらも疲れたが、訊く方も、特に明彦を担当した士官がグッタリしていたのが目立った。お疲れ様と、心の中で労っておいた。
それから鹵獲した機体をシミュレーターにつないで何度かシミュレーションをやり、もう1度精密検査を受けさせられてから解放された。
そして正確には、それから担任教官に呼び出されて補習授業と小テストを受けさせられ、ようやく日常に戻されたのである。
面倒臭い。
俺達はベッドにグターッと寝そべっていた。
「疲れたねえ。ボク達人質だよ、被害者だよ」
「ルナリアンと接触したからな。疑われるのは、ある種仕方が無い」
「疲れた時は運動だぜ!ジムに行こうぜ!」
「行くか!」
「嫌だよぉ!」
今日は休みだったのがありがたい。今日は、メシ、ふろ、トイレ以外動かんぞ。そんな決意を固めていた俺だったが、担任教官からの呼び出しで、決意は早々に崩されてしまった。
「なんだろう、面倒臭いな」
「小テストの結果が悪かったから再補修かも知れないぜ」
それはない。俺は満点だったから。
「健康診断かなぁ」
「3人共か?飲食は向こうでしてないし、注射されたりもしてないぞ」
「空気で?まさかねえ。なんだろぅ」
「大変だったから、何かご褒美とかかも知れないぜ!」
「そんなに甘くはないだろうけどねぇ」
ぶつぶつと言いながら教官室へ出頭した俺達を待っていたのは、1枚の紙切れだった。
「日本国自衛軍特別兵第5553班は、飛行開発実験団への転属を命ず?」
3人で、食い入るようにそれを眺める。
「ここ、学兵はいなかった筈では?」
「お前ら3人だけになるな。
まあ、がんばれよ。向こうにも課題は届くからな」
「えええーっ」
明彦が嫌そうな声を上げる。
「数学と物理と化学と英語と古文と歴史と経済はやめて欲しいぜ」
「何が残るんだ・・・。何の授業だったらいいんだ?」
「体育!」
全員脱力した。
が、それで、場所が変わっても何とかなりそうな気がするから不思議だ。
「そういうわけだから、すぐに荷物をまとめて来い。3時間後に迎えの連絡艇が来るからな」
担任教官に急かされて、急いで部屋に戻って荷造りだ。
そう私物の無い俺はすぐに終わったが、やたらと変なものを持っている明彦の荷物をどうにか3人がかりでバッグに収め、集合場所に駆け込んだのは、ギリギリに近かった。
5分前行動をうるさいほど言われているが、今日ばかりは担任教官も多目に見てくれるらしい。敬礼を交わして連絡艇に乗り込み、俺達は転属先に向かった。
「なあなあ、ポテチ食う?何かお菓子交換しようぜ!」
「遠足じゃねえ。それからお菓子は持ってねえよ」
前の座席に座る自衛官の肩が、笑いに震えていた。
飛行開発実験団は、L5宙域にある。
ドッグに降り立った俺達を、自衛官が待っていた。防衛大学出たてという感じの若い三尉で、しばらくの間、担任教官として教科の面倒を見てくれるらしい。一見優しそうだが、目が厳しそうだ。
仕事としてはパトロールと研究室の技官のテストになるらしく、まず、警務隊に挨拶しに行った。
穏やかそうな人で、ローテーションに入るのは明後日からと言われた。
「明日の朝8時に格納庫横の警務隊控室に制服で集合ね」
「はい。よろしくお願いします」
次に研究室に向かう。ここで間教官は、チラと俺達の顔を見た。
「失礼します」
入ったら、技官たちにワッと囲まれた。
「へえ、君達がそうか」
「まだ高1だっけ。若いなあ」
「血管も十分柔らかいから安心よね、多少無理なことしても」
「血圧も正常だしねえ。フッフッフッ」
何だここ、怖い!何をやらせるつもりなんだ!?
俺達はすっかり腰が引けてしまっていた。
と、モーゼの如く人並みを割って、2人の技官が現れた。
「氷川和臣一尉だ。よろしくな」
クールなインテリ眼鏡が言った。
「雨宮優磨一尉だ。よろしく。俺達2人が、とりあえず君達専属と思ってくれていていいよ」
温和そうな方がそう言って笑う。
「僕らにも貸して下さいよう。ね、ね、お菓子あげるから」
「だめですって。ほら、仕事、仕事」
他の技官達は、ぶうぶう言いながら散って行った。
「ははは。ごめんな」
「いえ」
「データは見た。中々使えそうで面白いな、お前ら」
氷川さんは言って、俺をジロジロと眺めた。
「武尊国崇の弟だってな」
「はい」
「おい、氷川。
ごめん、ごめん。深い意味は無いんだよ。じゃあ、よろしくね」
雨宮さんに取りなすように言われて、外へ出る。
「驚いただろ。ここは、ちょっと他と雰囲気が違うから」
間教官が疲れたように言う。
「でも、皆いい人みたいでしたねぇ」
「そうだな!何するのかわからないけど、楽しみだな!」
「俺は不安だ」
「まあ、宿舎に案内しよう。その後で、更衣室や食堂、教室代わりの会議室なんかの施設を案内する」
間教官はそう言って、俺達を先導して歩いた。
宿舎は、基本的に前と同じだった。二段ベッドが2つ。1人分空いているが、先任曹長か誰かが入るかも知れないので、荷物置き場にしないようにと釘を刺される。お行儀よくしておかないと、お目付け役が来るという事なんだろう。
荷物整理もすぐに終わり、昼食の後は早速間教官のスパルタ式物理の授業と飛行隊員によるシミュレーション訓練を受け、反省会をこれまでにないくらいにみっちりとし、ようやく今日の自由時間を迎えた。
「オレ、やっていけるかな」
いつになく明彦が弱気だ。間教官の授業もだが、シミュレーション訓練と反省会が、厳しかった。
「大丈夫。また3人でがんばろうよぉ」
真理がにこにこと言って、自分に言い聞かせる。
「ま、なるようになるだろ」
俺は言って、箸を取った。
翌朝、警務隊の朝礼で皆に紹介され、パトロールに使う機体を確認し、数学の授業と格闘訓練の後昼食を挟んで研究室へ行った。体中に電極みたいなものをつけられ、ヘッドギアのようなものをかぶってのシミュレーションを行い、所々に入る簡単な計算問題や漢字問題などに答えるというものだ。
機体の反応は、鹵獲した例の機体に近い。やり易い。
しかし、シミュレーターから出てきたら、明彦が鼻血を流していた。
「わっ、明彦!」
負担が大きかったか、と思ったら、
「何でここで歴史の年号とかきかれるんだ?」
と、涙目で訴えられた・・・。
俺達の受難は、まだ始まってもいないと知るのは、この後だった。
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