第2話 宙便屋さん

 作業用の中古のそのまた中古のモビルドールに乗り込み、コンテナボックスを受け取ると、配達業務に出る。常に班で行動。3機ひと塊だ。

「スピード出ねえなあ」

「中古の使いまわしを丁寧に整備してるんだ。作業用だからこれで十分、立派なもんだ」

「日本が一番上手らしいね。廃品利用」

「廃品はやめろ。悲しいだろ。リユースだ、リユース」

 わいわい言いながらラグランジュポイントを回って荷物を配達して周る。俺達学兵をバカにする正規兵もいることはいるが、概ね、皆親切だ。今日もコンテナを持って行ったら、

「宙便屋さん、ありがとうね。お疲れ様」

と笑顔で労われた。

「後は、司令本部のあるL1だね」

「さっさと終わらせて、戻ったらさっきの訓練の反省レポートだな」

「何が悪かったんだ?突っ込む角度か?気迫か?」

 俺は溜め息をつき、真理は苦笑した。

 そして、最後の荷物を持って基地の滑走路に降りた。

「5553班です。配達に来ました」

 管制官には言ってあるが、機体を降りて、再度、格納庫の人員に向けて言う。

 パイロットスーツの若い男が3人、無言で近くを通った。

 と、サイレンが鳴り響き、マイクで声が流れる。

『スパイが潜入した模様。本基地を封鎖する。誰1人、外へ出すな』

「え、スパイ?」

 周囲の浮足立った空気、緊張感を無視して、カッコいい、という顔と声で明彦が言う。

「明彦ォ・・・」

 頭が痛い。

 と、憲兵隊がなだれ込んで来るや、こちらに銃を向けた。

「動くな!」

「え!?」

 俺達に言ってるのかと驚いたが、その瞬間、背後から首に腕が巻き付いて、こめかみに固いものが押し当てられる。横目で見ると、真理と明彦も同じ目に遭っていた。

「え?」

「銃を置け!子供が死ぬぞ!」

 生憎ここは日本人が多い。これでも発砲するという選択肢は、彼らには無い。

 そうして俺達は人質というものになり、俺達のものよりも新型のモビルドールに一緒に引きずり込まれて乗せられて、基地を後にしたのだった。


 両手を後ろ手にプラスチックの拘束バンドで締め上げられて、シートの横に転がされる。そこから、俺は内部を観察していた。

 俺達のに比べて、視界が広い。そして、ディスプレイが見やすい。

「へえ。中古の中古とはやっぱり違うもんだなあ。

 あ、シートの材質まで違うぞ」

 腕で押してみて言うと、スパイは

「大人しくしてろ。大人しくしていれば何もしない」

と呆れたような目を向けて来たが、何もしないは通じない。人質にされているんだから。

「おい、そっちはーー」

 仲間に通信を送り、飛び込んで来た声に顔をしかめた。

「すっげえ!ディスプレイがきれい!見やすい!操縦してみてえ!」

「落ち着け、こら、動くな!座れ!」

 明彦・・・お前ってやつは・・・。

「うわあ、やっぱりいいねえ、こっちの方が。シートの角度調節が細かいんだ。いいなあ」

 真理も、マイペースでいるようだ。

 スパイは俺を見た。

「お前ら、おかしいぞ」

「ああ、何か、すみません」

 スパイは溜め息をついて、機を発進させた。


 しばらくした頃、輸送船に接続するとそちらに乗り込み、モビルドールはそのままそこに放置して、輸送船は宙域を離脱にかかった。

「勿体ない!」

「騒ぐなよ。どうせ、基地がレーダーで捕捉してる。回収されるだろ」

「そうだよう。心配ないよう、明彦」

 あくまでマイペースな俺達を、うんざりとした顔をしながら彼らは一室に閉じ込め、どこかに姿を消した。

「うおお!動き出したぞ!」

「どこに向かうのかなあ」

「お茶くらい出ないのか」 

 外も見えなければーー見えたところで、地球上と違って楽しめる景色も無いがーー本もテレビも無い。しかも両手は後ろ手にまとめられたままだ。暇な上に、くつろげない。

 それでもいつの間にか、俺は眠りに落ちていたらしい。

 気付くと、呆れたような顔でスパイに覗き込まれていた。

「あ?いや、寝てない。寝てないぞ」

「ふああぁぁ。良く寝たなあ」

 涎を垂らしながら明彦が言い、真理は欠伸をして涙を滲ませていた。

「お前ら、大物なのか緊張感が無いのかどっちだ・・・」

「いやあ、俺に訊かれても・・・」

 俺だって悩む。

 船は停止しており、僕達は彼らに急き立てられて船から下りた。

 どこか、大きい艦の滑走路か何かにいるらしい。周りに人はたくさんおり、チラッとこちらを見る者はいても、あまり注視されてはいないようだ。

「捕虜か?」

「逃げ出す時に、やむを得ず人質に取ったらしいな」

「子供だろ、あれ」

「学兵というらしい。高校生に当たる。後方で、雑用をする係だ」

「ふうん」

 そんなヒソヒソ声が聞こえる。明彦と真理は物珍し気に辺りを見廻していたが、明彦は

「おおっ、あれなんだ」

と見た事のない機体を見かけては近寄って行きかけ、引き戻されている。

「大人しくしろよ、全く」

 明彦の係のスパイは、溜め息をついていた。

 先程の会話、見た事のない機体、彼らが逃げ込んだという状況。間違いなく、ここはルナリアンの艦だろう。

 そして僕達は、ベッドが4つとトイレがあるだけの鉄格子付きの牢に入れられた。手の拘束が解かれた事だけが救いだ。

「オレ達、どうなるんだろうな」

 しんみりと明彦が言った。

 情報を知っているわけでもなく、身代金を取れるわけでも無い。また、何が何でも軍が捜索して救助しようとするような兵士でもない。つまり、僕達はどちらにとってもお荷物、厄介者というわけだ。

「楽観的にはなれないな」

 言うと、明彦が溜め息をついた。

「そうか。やっぱりな。仕事未達成で怒られて、授業は補習かあ」

 そこかよ。俺も、溜め息をついた。

「なるようにしかならないよ」

 真理はおっとりと笑った。

「そうだな。また宿題よろしくな」

「いいけど、明彦、丸写しは絶対にばれてるよぉ」

「気にしたら負けだぜ」

 清々しいな、明彦。

 様子を見に、スパイだった人が上役のような人と来た時、俺達はリラックスしきって、バカ話をしていた。

「・・・楽しそうだな」

「あ、すいません。トランプ貸してもらえませんかぁ」

「ウノでもいいぜ!」

 捕虜に要求される内容として、どうなんだろうな。

「・・・これが、人質です」

 申し訳なさそうに、スパイだった人が言う。

「・・・そうか」

 上役は頷いて、真面目な顔をこちらに向けた。

「君達は、我々の捕虜となった。こちらとしては心苦しい状況だったようだが。

 まず、我々がルナリアンだというのは理解しているだろう」

 俺と真理が頷く横で、明彦が驚いていた。それに俺達は驚いていた。

「・・・ルナリアンなんだよ、君」

 気を取り直して、上役が喋り出す。

「地球のやり方を、正しいと思うかね。搾取し続けて、まるで奴隷だ。我々は当然の権利を主張しているに過ぎない。そう思わんかね」

「それを論じる時間は過ぎ去ったと思いますし、ましてや、俺達学兵に言われても」

 俺は肩を竦めてみせた。

「武尊 砌。日本国国家公安委員にして次期総理と言わしめる父親、天才科学者である母親と兄、カリスマ性のある姉。サラブレッドだな」

「サラブレッドの家系にも、落ちこぼれはいますからね」

「謙遜を」

 俺達のIDから身元照会をしたらしい。

「降谷真理。父親はエンジニアで母親は医師。

 古谷明彦。両親共に教師。

 バックに問題はない。我々の仲間にならんか」

「ええー。亡命ですかぁ。確かルナリアンって、遺伝子操作されてて、地球人と微妙に違うんでしょう?」

「厳しい宇宙環境や戦闘機動に耐えうる体を得ただけだ。君は原理主義者かな」

「いえ、一応葬式は仏教ですけど、無神論者ですよぉ。

 ボク達なんて落ちこぼれなのに、ルナリアンに混ざったらどこまで落ち込めばいいのか。床にめりこんで、貫通する勢いですよぉ。心配じゃないですかぁ」

「そうだな。オリンピック選手ばかりの大会に、運動神経の悪いやつが混ざるようなもんだな」

 明彦が真理に同意してうんうんと頷いた。

「砌はどう思う?」

「俺?とりあえず面倒臭いのは嫌だな、努力とか主義とか根性とか。

 それより切実に言われている事がある。弱みになるくらいなら死ねと」

 そう言って、俺は目をつぶって脱力してみせた。






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