スパイラルダンス
JUN
第1話 星の海の落ちこぼれ
深い、吸い込まれそうにも、自分が拡散してしまいそうにも思える宇宙空間。そこに、一辺8キロメートルの立方体がビームで描かれる。宇宙では上も下も無いが、便宜上、上の4つの角に当たるところには赤の、下の4つの角に当たるところには青のポッドが固定されていて、そこからフィールドラインが出ているのだ。
そして赤のポッドのひとつに赤い機体が3機、赤の対角線に当たる青のポッドに青い機体が3機おり、スタートを待つ。
ここから各機、赤は赤、青は青をグルリと一周して各ポッドにタッチし、し終えたら、相手を攻撃して落とすというのが、モビルコンバットだ。ペイント弾と実体の無いビームソードを使う他は完全に戦闘で、死なない戦闘として、各国の軍隊でも訓練に取り入れている。
フィールドラインを超えると減点で、急加速、急制動、急転換の腕が問われる。また、レーダーが無いので目視のみで相手を捉える事になり、いかに相手より早く見つけ、攻撃を躱すか。ここも見どころになる。
スタートの秒読みが開始される。5、4,3、2、1、0。
同時に全機がスタートを切る。
細かくスラスターを調整し、機体を制御する。プラスとマイナスのGが繰り返し内蔵を揺さぶり、血流を翻弄する。一周回り切る前には意識を拡散させて敵機を捉えており、首を捻ってそれを視界から外さないようにしながら、まずはライフルで相手のスナイパーを狙う。相手はこちらに機体側面を見せており、足にヒット。赤いインクがベッタリと付く。
腰を狙ったが、上手く躱された。
相手もこちらに向けて撃って来るが、移動をしていて、こちらはそこに既にいない。お互いに回り込むように、らせんを描くようにして近付いて行く。まるで、求愛のダンスだ。
8キロメートルなど、モビルドールにしてみれば一瞬で到達できる距離でしかない。お互いにライフルで狙い合うには近く、格闘戦に切り替える。
こちらの前衛担当も、既に嬉々として別の一機に突貫している。
相手はビームソードで、突くようにして突っ込んで来た。
それを正面から受ける気は無い。スイッと機体を下にスライドさせるようにして相手の背後に移動しながら、もう片方の足を斬る。続いて、背中を袈裟斬りにする。ビームエッジの当たった所は黄色のラインが付くので、満身創痍で持ち点0なのは明らかだった。
チームメンバーはと見ると、こちらのスナイパーは敵の一機ともつれ合うようにしてやりあい、どうにか仕留めたようだが、これ以上の戦闘は不可能。
前衛担当はというと、嬉々として突貫して行ったが空振り、また全力で戻って来たが、俺とスナイパーを巻き込んで場外にすっ飛んで行き、俺達は3人まとめて減点、そこで時間切れとなった。
実機の動きに合わせるように動き、体に巻いたエアクッションで圧力をかけるシミュレーターは、試合終了と共にエアが抜け、水平に戻る。
俺は軽く息をついて、外に出た。ずらりと並んだシミュレーターからも、続々とパイロットが出て来る。
今の訓練のコメントは後で教官から受けることになるが、解散を告げた教官は、俺の顔を見ると、何とも微妙な顔をした。
父、
そんな華麗なる武尊家の中で、唯一異色というか、落ちこぼれているのが、俺である。何をしてもそこそこはできるが、そこまで突き抜けてできるわけでも無い。地味なのだ。武尊家の中で、浮いている。家族写真が雑誌の取材で出る事があるが、いつからか、俺は加わらなくなったくらいだ。
教官はきっと、俺がエースパイロット並みの技量を見せつけるものと、期待していたのに違いない。
「ああ・・・まあ、いいか・・・はああ」
教官の溜め息を背中に、俺達は食堂へ移動した。
人口が増え、人類が月に移住したのは2世紀も前になる。そこで彼らは資源採掘をし、それを地球に送っていたのだが、100年ほど前に自分達の独立と資源の独占を通達してきたのだ。
そこで怒った地球側は、彼らをテロリストと位置付け、月から彼らを追い出し、新しい月移住区民を送り込んだのである。これより、追い出された彼らは自らをルナリアンと名乗り、長い戦争状態に突入したのだ。
日本も国連加盟国として自衛隊を送ったが、宇宙は広い。
その上、人類の天敵ともいえるノリブと呼称される謎の生物が確認されて兵力が足りず、各国が、徴兵制度を取り入れて兵士を出す事が決定したのが数年前。学兵は基本的に後方勤務で、モビルドールに適性のある者がラグランジュポイントの基地に配属されて、地球衛星軌道上から月の周囲で、物資の配送やパトロール業務に就いている。適性の無い者は、地上勤務か、地上での予備兵力としての訓練のみだ。
俺はモビルドールの適性があったという事で宇宙組に回され、同じくここに配属になった連中と五十音順の名前で決まった3人の班で組んでいるのだ。
「上手く行かねえなあ」
明彦がぼやく。
古谷明彦、前衛担当だ。小柄で明るく、単純な熱血漢。とにかく突っ込んでいくクセがあり、今回のように勝手に玉砕してしまう事もままある。
「明彦は突っ込み過ぎなんだよ」
ニコニコしながら言うのは
「前衛だからな!」
「いくら前衛でも、突っ込めばいいってもんじゃないよ。そうだよねえ、砌」
「そうだな。自爆で負けた事が何回あるか」
俺は言って、食事に箸を付けた。
五十音順で決まった班だ。前衛の明彦、狙撃の真理、オールラウンダーの俺とバラけたことはラッキーだったにせよ、突っ込み過ぎの明彦、おっとりした真理、オールラウンダーと言えば聞こえはいいがパッとしない俺、というのが本当のところだろう。あんまりラッキーとも言えないメンバーだ。
しかも、名前がフルヤとフルヤ、ややこしい。なので、早々に苗字呼びはやめた。まあ、中には3人共田中という班もある。
いいこともある。がつがつしていないので、やる気のない俺としては、楽だ。
「でもよう」
言い合う俺達の隣で食べていた別の班のやつらが、フンと鼻で嗤った。
「あの武尊の坊ちゃんというからどんなもんかと思ってたら。ハッ。とんだ不良品だな。戦国武将みたいな名前のくせに」
名前は自分でつけたわけじゃない。知るか。
「組んでる班のメンバーも悪いよな。頭の悪い突貫バカじゃ、どんな凄いやつでも苦労するだろ」
「違いない。のんびりした優等生はフォローにものんびりしてるしな」
言って、空になった食器を持って立ち上がる。
「おい、待てよ!」
いきり立つ明彦だったが、それを止める。
「やめとけ。休み時間が無くなるぞ。午後は配達当番に当たってるから、急がないとな」
「そうだよう、明彦。ケンカしても、いい事無いよ」
明彦は渋々座り直して食事を始めたが、彼らはそれを嗤いながら立ち去った。
同じ学兵同志といっても、色々だ。
まあ、これが俺達学兵、5553班だ。
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