Op.29 命の産声

 近場の診療所に運び込まれたデイジーは、シタンや居合わせた助産師の協力もあり、無事に女児を出産した。

「ミコト姉ちゃん。母ちゃんが呼んでるよ」

 出産のドタバタが落ち着いた頃、ノーチェに声をかけられたミコトは、デイジーが赤子と共に横たわるベッドへと赴いた。

「せっかくだしね。あんたにも赤ちゃんを見てもらおうと思ってさ」

 デイジーが、ミコトに声をかけた。

「…………」

「迷惑かけちまったね」

「……迷惑をかけたのは、僕です……」

「恐かったんだろ?」

「……?」

「人間なんだ。怖じ気づいちまう時はある。なんたって、数え切れないほどの鋼殻竜パンツァーが押し寄せてきたんだ。誰だって逃げ出すさ。だから、あんたが責任を感じることはない」

「でも……僕は……できたかもしれないんです。ベリンダの人たちを、助けられたかもしれないんです」

「そりゃあ、可能性はあったかもしれないさ。けれど、そいつを、いつも都合良くすくい取れるわけじゃない。なんでもできなければならないなんて思うのは、傲慢だよ」

「違うんです! 僕は、いつも……構って欲しいから背を向けて……傷つくのが嫌だから逃げ出して……僕は、自分のことしか考えられない……そんな、臆病で……弱い人間なんです」

「臆病で、弱い人間か……そうかもしれないね」

「…………」

「でも、間違ってるよ」

「……?」

「逃げてないから、背を向けてないから、そんな風にボロボロになっちまってるんだろ」

「……!」

「あんたは臆病かもしれない。弱いかもしれない。でも、決して諦めてない。どうしようもないと思ってる自分自身と、正面切って必死で闘い続けてるんだ」

「僕は……そんな……」

「変わりたいと思ってるんだろ?」

「…………」

「強くなりたいと思ってるんだろ?」

「……はぃ……」

「ほら、はっきりと言いな!」

「はい……っ!」

 嗚咽のような叫びと共に、ミコトの両目から大量の涙が溢れた。

 そんなミコトの頭を、デイジーは慈しむように撫でる。

「強くなれるさ……あんたは、これからなんだ」

 暫くしてから、デイジーは思い出したように告げる。

「そうだ。この子に名前をつけてやってくれないかい?」

「え……?」

「夫に頼んでいたんだけどね。そいつを聞く前にあの人……死んじまったから」

「…………」

 ミコトは少し考え込むが、ほどなく一つの名前が自然と口を突いて出る。

「……イノリ」

「イノリ……うん、良い名前だね。とても優しい響きがする」

 デイジーの言葉を耳にして、ミコトの中の何かが弾けた。

「……はい……優しい人でした……暖かな人でした……嫌いなんかじゃない……大好きでした……愛してました……なのに、僕は……っ……母さん……母さん……っ!」

「また急にどうしたんだい?」

 ミコトの唐突な感情の変化に戸惑うデイジー。

 その腕の中で、赤児が「あ……あう……」と声を上げながら、ミコトの方へと手を伸ばした。

「ほら、この子も、あんたのことを心配してるよ」

「…………」

 無意識にミコトが差し出した指先を、赤児がキュッと握った。

 想像もしていなかったほどの強い力に、ミコトは驚く。

 それは、命そのものの力だった。

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