Op.28 憎しみの炎
ある夜、ミコトは避難民の男たちに捕らえられ、焚き火が燃え盛るキャンプの中央に引きずり出された。
男の一人――ボーダ・グレイスマンが、ミコトを蹴り倒し「女神であるにも関わらず務めを果たさなかった。それが原因で避難のための時間を確保することができず、多くの死傷者が出た」と喧伝した。
ボーダの声に何ごとかと集まってくる避難民たち。その中から発せられた「住民を置き去りにして、先に避難するのを目撃した樹士がいる」という一言が油を注ぎ、避難民たちはミコトへの激しい罵倒を始める。
最中、異常を察したノーチェとデイジーが駆けつけた。
ノーチェは焚き火のために積まれた薪の一本を掴むと、その薪でミコトを踏みつけているボーダの臑を殴打した。
ボーダは体勢を崩して尻餅をつく。
「どうして、こんな酷いことをするんだよ!?」
ミコトをかばうように、ノーチェは両手を広げてボーダの前に立ちふさがった。
「女神が責務を果たさなかったからだ!」
「何もしなかった、何もできなかったのは、みんな同じだろう! 一人に責任を被せて恥ずかしくないのかい!」
ボーダの言葉に、デイジーが怒鳴るように反論した。その反論に、避難民たちの罵声は下火となった。
しかし、ボーダだけは、なおも食い下がる。
「……それがどうした……俺の妻は、娘は……助けを求めながら、悲鳴を上げながら死んでいった……納得など、認めることなど、絶対にできるものか!」
薪を拾い上げて立ち上がり、ボーダは眼前のノーチェを殴りつけようとした。デイジーがノーチェに覆い被さる中、しかし振り上げられた薪は、ノーチェとデイジーに届く前に二つに断ち切られた。
唖然とするボーダの横合いから、軍刀を手に持ったシタンが進み出る。
「貴公は、女神が許せないのか?」
「当然だ!」
ボーダの答えを聞いて、シタンはミコトに軍刀の切っ先を突きつけた。
「よかろう、女神は私が斬り捨てる。ただし、その前に確認させてもらう。ベリンダの時のように、
シタンの問いに、ボーダは口を閉じてうなだれた。その様子に小さく嘆息し、シタンは納刀してミコトに声をかける。
「いつまでそうしているつもりだ?」
「……ごめんなさい……」
「貴公は生きている。できることがあるはずだ。なのに、そのまま何もしないでいるつもりか?」
「……ごめんなさい……」
「ミコト! 貴公はっ……!」
ミコトの肩を激しく揺さぶるシタンの傍らで、突然、デイジーが破水した。
「母ちゃん……!? 母ちゃん!」
「ぁ……あ……」
ノーチェの「母ちゃん」という叫びに、ミコトの中に眠っていたイノリの記憶がフラッシュバックした。ミコトは取り乱し、シタンにすがりつく。
「助けて……! シタンさん……お願いします……助けてください! デイジーさんを助けてください!」
「助けてください、か……」
シタンは片膝をつき、ミコトの肩に手を置いた。
「言われるまでもない。助ける」
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