Op.27 ノーチェとデイジー

 ミストルティンの外れには簡素なテントが建ち並び、ベリンダからの避難民の暫定的な生活の場となっていた。

 行き交う人々に快活な声をかけながら、まだ幼い少年――ノーチェ・ブライトは、一つのテントに駆け込んだ。

「ただいま!」

「お帰り。丁度、上着が繕い終わったよ。着ておきな」

 ノーチェの母親――デイジー・ブライトが椅子から立ち上がりると、上着を広げた。デイジーは腹部が大きく膨れており、身重であることが窺える。

「暑いからいらないよ」

「夕方は肌寒いだろ。風邪ひくから着ておきな」

 告げながら、デイジーはノーチェの頭から強引に上着を被せた。

「ミコト姉ちゃんは?」

 上着を着せられながら、ノーチェはデイジーに訊ねた。

「……相変わらずだね」

 デイジーの視線をたどると、棚の脇で膝を抱えてうずくまるミコトの姿が目に映った。 ミコトに歩み寄ったミコトは、努めて明るい声をかける。

「もう、またミコト姉ちゃんは隅っこでうずくまって。ダンゴムシになっちゃうよ」

「……ごめんなさい……」

「ほらほら、配給がもうすぐ始まるよ」

 虚ろな目で呟くミコトの手を取り、ノーチェはテントの外へと引っ張っていった。

「そういえば今日、少し離れてるけど、良さそうな空き地を見つけてさ。みんなで畑にしようって話をしてたんだ。配給だけじゃ足りないからね。ジャガイモをいっぱい育てるんだ」

 機関銃のように、ノーチェは言葉を連ねた。

 ノーチェはベリンダの崩落によって父親を亡くし、母親のデイジーと共にミストルティンまで避難してきていた。心を塞いでしまったミコトは、このノーチェとデイジーに世話を焼かれる形で生活を繋いでいた。

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