Op.11 コロッポロッポ

 建物の二階は、部屋の間仕切りが取り除かれた大広間となっており、その中央を精緻なジオラマが載せられた四畳ほどの台が占領していた。

「コロッポロッポか……」

 シタンの呟きに頷いた店主は、自分とコロッポロッポの試合を三回行い、一回でも勝利することができれば、ジルの首飾りを差し上げましょうと提案してきた。

「随分と気前の良いことだな」

「そうでもありませんよ。自信があるからこその提案です。まがりなりにも、私はコロッポロッポ競技会の優勝者ですから」

「……こちらが負けた場合は?」

「そちらのお嬢さんの新たな就職先を斡旋させていただきます」

 ミコトに視線を飛ばしながらの店主の回答は、アルテシア王国において禁止されている人身売買をほのめかすものだった。しかし、シタンは意外にも、それをあっさりと承諾してしまう。

「大丈夫なんですか?」

 ミコトはシタンを問い質した。

「案ずるな。コロッポロッポはアルテシア王国の国技でな。国王主催の競技会が、各国の有力な選手を招いて毎年開催されている。そして何を隠そう、私は昨年の競技会において三位入賞を果たした実力者なのだ」

「三位? なんだか微妙な順位ですね……しかも昨年の成績ですし」

「今年の競技会には参加していない。鋼殻竜パンツァーの襲撃に対応するため、王都を離れていたからな。国内の有力選手の多くも軍属だから、私と似たような理由で不参加だったはずだ」

「ああ……なんとなく、シタンさんの自信の根拠が分かったような気がします」

 ミコトの言葉にシタンが頷く。

「例年、競技会の上位入賞者は、アルテシア王国の選手で占められている」

「つまり、国内の選手と他国の選手では実力に大きな差がある。そういうことですね?」

「御明察だ」

 ミコトの問いに、シタンは胸を張った。


          ◆


 半刻後。

 自信に反して、シタンは呆気なく二回の敗北を喫してしまった。

「シュタールの選手が、この一年で、以前とは比べものにならないほどに腕を上げていることを、御存知なかったようですな」

 顔面を蒼白に塗り替えたシタンを前に、店主が得意気に語った。

 コロッポロッポは、コロッポと呼ばれる小さな精霊を擬似的に戦わせる一対一の卓上ゲームである。

 プレイヤーは、召喚した五十体のコロッポを自由に部隊編成し、対戦に臨む。コロッポへの命令は、キーボードに似た楽器で行う。プレイヤーごと、部隊ごと、行動ごとに音が割り振られており、その和音で伝達したい命令を指定する仕組みとなっている。

 コロッポを召喚するには歌晶ラピセルと呼ばれる鉱物を用いる。歌晶ラピセルは稀少なことから高価であり、おいそれと練習を積めないのがコロッポロッポを嗜む上での難点となっていた。

「昨年、シュタールでは人工の歌晶ラピセルが出回り始めましてな。輸出できるほどの生産量ではありませんが、それでも天然のものより、はるかに安く手に入れることができるのですよ」

「なんだと!? それは卑怯ではないのか!?」

「御冗談を、勝負そのものに不正はありませんよ。実力の差です。まあ、経験に勝るものはないということですな」

「あの、僕も参加させてもらって構いませんか?」

 それまでコロッポロッポの対戦の様子を観察していたミコトは、唐突に口を挿んだ。

「……私は構いませんよ」

「う……む……しかし……」

 シタンがミコトに耳打ちする。

「コロッポロッポの競技経験はあるのか?」

「全くありません」

「だろうな……わかっていたことだが……」

 シタンの顔色が、さらに悪化していく。

「けれど、もしかしたら、なんとかなるかもしれません」

 疑わしげなシタンを尻目に、ミコトはジオラマ――コロッポロッポの競技卓の前へと進み出た。


          ◆


 半刻後。

「そんな……バカな……」

 コロッポロッポの競技卓に突っ伏しながら、店主は信じられないといった面持ちで呻いた。


          ◆


「魔法でも使ったのか?」

 貿易商の建物からの帰り道、シタンは隣を歩くミコトを驚愕の目で見やった。

「そんなもの使えませんよ。ただ、まあ、経験に勝るものはないということでしょう」

 答えるミコトの手には、ジルの首飾りが握られていた。

 ミコトは店主に勝利した。しかも、その試合内容は圧倒的なものだった。コロッポロッポは、ミコトが日頃プレイしていたリアルタイムストラテジーRTSにどことなく似ていたのだ。数千という試合をこなしてきているミコトにとって、数百程度の試合経験しかない店主は、敵になり得なかった。

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