Op.10 お姉様

 ミコトとシタンは王城に戻り、カムラにケテルのOSについて報告し、そしてその記録媒体の所在に心当たりがないかをたずねた。ミコトたちの問いかけに、しばらく腕を組みながら眉をひそめていたカムラは、顔を上げるとポンと掌を打つ。

「思い出した。ジルの首飾りだ。ペンダントのトップに、これと良く似た形のものが使われていた」

「所在は宝物庫ですか?」

 シタンが問うた。

「言ってなかったかい? 先月開催したコロッポロッポ競技会の副賞に充てたよ」

「兄上……ジルの首飾りと言えば国宝の一つではないですか。どうしてそんなものを簡単に手放されるのです?」

「我が国が財政難にあるのは知っているだろう。鋼殻竜パンツァーの襲撃による国防費と復興費の増大……例年より規模を抑えたコロッポロッポ競技会の開催すら、財務大臣は顔をしかめていたからな」

「競技会を中止にすれば良かったのです」

 シタンの憮然とした言葉に対し、カムラは片目を瞑って見せる。

「国難だからこそ、祭りは必要なのだよ」


          ◆


「全く……男とはどうしてこうも節操がないのか……」

 そんなことをブツブツと呟く怒り心頭のシタンに連れられ、ミコトは王都の商業区へと繰り出した。

 とある貿易商が支店を置く建物の前で立ち止まったシタンが、着用しているドレスのスカートを軽く持ち上げながら、同じくドレスに身を包んだミコトに念を押してくる。

「役柄は覚えているな」

「シタンさんの妹、ですよね」

「そうだ」

 コロッポロッポ競技会の優勝者が所属する貿易商は、シュタール連邦共和国に本店を置いていた。そのため身分や立場から妙な勘繰りをされないよう、ミコトとシタンは商家に身を置く姉妹を演じることにしたのだった。

「よし、ならば予行演習だ。私をお姉様と呼んでみろ」

 シタンに促され、ミコトは頬をほのかに染めながら俯き加減で呟く。

「……お、お姉様」

「はう……っ!」

「はう?」

 首を傾げるミコトの目の前で、シタンが自らの鼻を手で押さえている。

「あ、いや……損傷は軽微だ。作戦行動に支障はない」

 ミコトとシタンは各々の役割を十分に確認し合った後、貿易商の建物に足を踏み入れた。手近にいた店員だろうと思われる中年の女性を呼び止めたシタンが、店主に取り次いでもらうよう依頼する。

 店の奥で荷物を運搬する飛行船の手配を行っていた店主が、ほどなくして現れた。

「妹の誕生日プレゼントを見繕っているのだが……人伝に、店主がコロッポロッポの競技会で珍しい品を手に入れられたと聞いてな」

 シタンが店主に対して会話の口火を切った。

「ほう、これは耳ざといですな」

 にやりと笑みを湛えた店主が、店の奥から木箱を取り出して来た。

「この国の国宝に指定されていた、ジルの首飾りです。先月のコロッポロッポ競技会で優勝した際に、副賞として頂戴したのですが……これを売却すれば、私が今まで身を粉にして得た本業の稼ぎよりも、多くの金銭にありつくことができてしまうでしょうな。コロッポロッポは趣味で続けていたのですが、少しばかり複雑な気分です」

 言いながら、店主が木箱の蓋を慎重に開いた。

 中には、ペンダントのトップに三角形の薄いプレートがあしらわれた首飾りが納められていた。

 目当てのものを発見し、ミコトとシタンは互いに頷き合う。

「しかし、わざわざシタン様が訪ねて来られたということは、何やら訳ありの品のようですな」

 不敵に微笑む店主を顧みて、シタンが眉根を寄せた。

「この国に赴任して五年になります。国王の妹君であらせられるシタン様の御尊顔は、流石に存じておりますよ」

「変装をしているつもりだったのだがな……」

「遠目には案外わからないものかもしれませんがね。片眼鏡をかけて髪をアップにされた程度では、とても欺けるものではありませんよ。御自覚がないのかもしれませんが、シタン様の美貌は雨間の紫陽花のように人目を引きます」

「ふむ……城内では目を逸らされることが多いのだがな」

「厳しいお振る舞いのせいでしょう。そちらも色々とお噂を耳にします。ああ、それと御心配は無用ですよ。シタン様が来店されたことは、誰にも話しません。商売は信用第一ですからね。しかし……」

 と、店主がミコトを見やる。

「かように愛らしい妹君がおられたというのは、初耳ですな」

「ああ……その、身の回りの世話をしてもらっている者だ」

 ミコトの正体にまでは気づかれなかったことに胸をなで下ろしながら、シタンはジルの首飾りを譲ってもらえないだろうかと切り出した。構いませんよと応えた店主は、しかし莫大な金額の支払いを譲渡の条件として提示してくる。

「バカな! 樹械兵ドライアードが二樹は買える!」

「価格というのは、需要に応じて定められるものですよ。出自がアルテシア王国の国宝ということであれば、買い手は幾らでもいるでしょう。これでも破格だと思いますがね」

 告げながら、しかし店主は仕方ないと肩をすくめ、ミコトとシタンを建物の二階へと案内した。

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