Op.5 目覚めと出会いと

 白いベールに包まれた視界が、少しずつ鮮明なものへと変わっていく。

 夜空。

 星。

 それらが描かれたものであることを認識したところで、ミコトは覚醒した。

「ここは……」

 やわらかな感触が全身を優しく包み込んでいる。どうやらベッドの上に寝かされているようだった。

 ミコトは、仰向けのまま首を巡らせる。

 満天の星空が描かれた天蓋の四方を、曲線と直線が絡み合う優雅な柱が支え、細かな刺繍が施された薄手のカーテンが、その柱にたぐり寄せられている。いわゆる西欧のロココ調を連想させる豪奢なベッドだ。しかし、どことなく和の雰囲気も感じさせるのは、天蓋の絵画以外は塗装がされておらず、素材である樹木の木目を生かした造形となっているからだろうか。

 屋外に面した窓は全て開け放たれており、濃い緑の香りを放つそよ風が、小鳥のさえずりと共に部屋の中へと招き入れられている。

 虫が飛んで来た。

 カマキリに似た虫だった。

 天蓋付きベッドの柱に停まり、あたりを見回すその虫の二対の複眼を目にして、脳裏に怪物に襲われた昨夜の体験がフラッシュバックした。

 ミコトは、飛び上がるように上半身を起こした。

 すると、それを見計らったかのように部屋の扉が開かれ、前掛けを着用した女性がシーツのようなものを手に携えて入って来た。

 ふと目が合い、女性は驚いたような表情を浮かべた。それから軽く会釈し、あわてた様子で部屋を出て行く。

 ほどなくして再び扉が開かれ、今度は長身の女性が入って来た。

「…………」

 ミコトは無意識にその女性を凝視していた。

 トップモデルにも引けを取らない容姿と体躯。ブルーサファイアを彷彿とさせる瞳。深海の色を映したかのように、ほのかに青味を帯びたシルバーブロンドの長髪。加えて洗練された無駄のない所作は、怜悧で実直な人となりを感じさせる。

 ひと目見たら忘れることができないような、美しく印象的な女性だった。

「#※▽」

 長身の女性は、澄んでいながらいつまでも心に残響する声を発した。しかしながら、その言葉の意味は全く理解できない。ミコトは言語に精通しているわけではなかったが、少なくとも短い人生の中で耳にしたことのあるものとは、異質なものであるようだった。

「§@☆」

「あの……」

 ミコトの声に何かを察したのか、長身の女性は背後の侍女へと振り返った。侍女が携える籠の中から貴金属のようなものを二つ取り出すと、続いて長身の女性はこちらへと歩み寄り、一切の躊躇なく抱擁に至った。

「ええ!? あ……」

 戸惑っている間に抱擁から解放されると、ミコトの両耳には、いつの間にかイヤリングが取りつけられていた。

「どうだ? こちらの言葉は理解できるか?」

 長身の女性が言った。しかし先ほどとは異なり、その言葉の意味を問題なく理解することができた。

「はい、良く……」

 ミコトの返答に、長身の女性が頷く。どうやら、こちらの言葉も通じているようだった。

「毎度のことながら、アース文明期の技術力には恐れ入る……では、まず名乗らせてもらおう。私の名は、シタン・エルド・アルテシア。アルテシア王国において、樹士団長と評議会議員を兼ねる聖樹士を拝命している」

「アルテシア……王国……?」

 ミコトの呟きに、シタンが頷く。

「今、貴公がいる国の名だ」

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