Op.4 舞い降りし者

「人……!?」

 シタンが呟くと同時に、光は続いて招かれざるものを吐き出した。

 鋼の鎧に覆われた生物――鋼殻竜パンツァーだ。

 しかし体躯が小さい。おそらく幼生だろう。

「衛兵!」

 シタンは、会議場脇の廊下に控えているはずの衛兵を呼ぶと、机と椅子を足場にして鋼殻竜パンツァーの幼生へと駆けた。

 鋼殻竜パンツァーの幼生は、耳障りな甲高い鳴き声を上げ、周囲の什器を破壊しながら悶えるように転げ回った。最中、気を失って床に倒れ伏している少女を見つけ、そちらに向かって突進を開始する。

「銃剣を!」

 シタンの声に反応し、会議場に飛び込んで来た衛兵が銃剣を放り投げた。シタンは跳躍しながら、その銃剣を空中で掴む。

 鋼殻竜パンツァーの幼生は、すでに少女に肉薄し、その鋏脚を振り上げている。

「はあああああっ!」

 全体重に落下時の加速を上乗せし、シタンは鋼殻竜パンツァーの幼生の頭部へと正確に銃剣の切っ先を突き立てた。鋼殻竜パンツァーを殺傷するには、鋼殻で保護されていない間接を攻撃するのが定石だ。しかし付属肢を欠損させた程度では、強靱な生命力を誇る鋼殻竜パンツァーの動きを止めることは難しい。そのため、シタンは運動神経が収束している頭部後方、人の身体で言うところの「うなじ」に当たる部分を狙った。

 果たしてその判断は功を奏し、鋼殻竜パンツァーの幼生は一瞬の痙攣の後に、糸の切れた操り人形のように床に崩れ落ちた。

 シタンは暫く鋼殻竜パンツァーの様子を窺い、一切の動きがないことを確認してから銃剣を引き抜いた。引き抜きざま、刀身が中ほどで折れる。鋼殻竜パンツァーの鋼殻は、それが比較的やわらかい幼生のものであっても、本来、刀槍の類で傷つけられる代物ではない。それを無理矢理に貫通させたのだから、折れもするだろう。

「すまない。折ってしまった」

 謝罪しながら、シタンは衛兵に銃剣を返した。周囲を窺うと、他の衛兵たちが非常時の取り決め通りに議員を外へと避難させている。

「重ねてすまないが、負傷者がいる。担架を手配してくれ」

 銃剣を返した衛兵に指示を出すと、シタンは少女のかたわらで膝を折り、静かに寝息を立てるその顔を覗き込んだ。

 名のある彫刻家に象られたかのような、秀麗な面立ちの少女だった。黒髪を耳朶の高さで短く切り揃え、装飾に乏しい衣服を身にまとっている。

「…………」

 なぜだろうか、シタンは不思議な熱が胸の内から沸き上がって来るのを感じていた。

 何かが動く。

 何かが始まる。

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