第一楽章 エルドの予言詩

Op.1 変えられない現実

 少女と見紛う華奢で小柄な男子中学生――八重樫ミコトは、eスポーツの世界選手権大会――ワールドエレクトロンゲームズWEGにおけるリアルタイムストラテジーRTS部門の日本代表に選出され、世間から大きな期待を寄せられていた。しかし、本戦である勝ち抜き式トーナメントの一回戦において、対戦相手との間に絶望的な力の差があることを悟ったミコトは、抗うことなく投了してしまう。

 気落ちするミコトへと追い撃ちをかけるように、さらなる不幸が重ねられる。国際的な非政府組織NGOに所属し、海外で医療活動に従事していた母親――八重樫イノリが、爆弾テロに巻き込まれて命を落としたのだ。

 挫折、悲嘆、寂寥、憎悪、後悔……津波のように押し寄せる濁った感情に翻弄されたミコトは、やがて、どうしようもないことなのだと全てを諦観し、無気力な毎日を送るようになる。


          ◆


 そんなある日、ミコトは過去の出来事を夢に見る。

 海外に発つイノリを見送るため、ミコトは父親――八重樫タカシに連れられ、盛岡駅を訪れていた。

「ミコトは?」

 イノリがタカシへと問いかけた。

「また拗ねているよ」

「……嫌われちゃったわね」

「気にするな。年頃なのさ。その内、分かってくれるようになる」

 ミコトは、タカシたちから少し離れた場所でパーカーのフードを目深に被り、背を向けていた。そんなミコトへと、イノリが声をかける。

「ミコト、行ってくるわね」

「…………」

「話さなくていいのか? 母さん、しばらく会えないんだぞ」

「関係ないよ……」

「……母さんを必要としている人が、世界中に沢山いるんだ。仕方ないだろう」

「わかってるよ。僕のことは、どうでもいいってことでしょう」

「ミコト!」

 声を荒げるタカシを制し、イノリが語りかける。

「ごめんね……でも、私は行きたいの。それが、あなたには無責任に映るかもしれないけれど、できることから目を逸らせて、後悔はしたくないから」

「…………」

「……本当に、ごめんね……でも、忘れないで。あなたが私をどう思っているとしても、私は、あなたを愛しているわ」

「僕は……母さんのことなんて嫌いだ!」

「ミコト……」

「口ではどうだって言えるよ! 母さんだって本当は――」

 振り返ったミコトの瞳に、イノリの頬を伝う一筋の涙が映った。ハッと息を呑んだミコトは、居たたまれなくなり、その場を走り去った。


          ◆


 アラームが鳴り、ミコトは瞼を開けた。

 スマートフォンのディスプレイに映し出された時刻は、午後五時○○分。それを確認したミコトは、自室のベッドから億劫そうに起き上がり、階下のキッチンへと向かった。手早くこしらえた二人分の料理を弁当箱へと詰め、その弁当箱を携えて玄関から外に出る。

 夕日に照らされた北上山地のふもとを愛用のパーソナルモビリティで走り抜け、ミコトは国際リニアコライダーへと向かった。

 周囲が闇に包まれた頃、国際リニアコライダーに到着したミコトは、敷地内に設けられた軽車両専用道路を進む。

 研究棟の玄関脇に設けられた駐輪場にパーソナルモビリティを停めると、ミコトは頭上を振り仰いだ。タカシの研究室からのみ、照明の光が漏れているのが確認できる。

「お弁当、持って来たよ」

 研究室に足を踏み入れたミコトは、PCに向かう父親に声をかけた。

「ああ、すまん」

 ミコトとタカシは、研究室の中央に置かれた長机を挟むように向かい合い、弁当箱を開く。

「「いただきます」」

 揃って行儀良く手を合わせ、ミコトとタカシは食事を始めた。

 しばらくしてから、タカシが口を開く。

「今日も学校は?」

「行ってないよ」

「そうか……」

「約束だよね。一緒に晩御飯を食べれば、後は好きにしても良いって」

「そうだな……」

「……父さんは、仕事、辞めないんだね」

「どうして辞めるなんて思うんだ?」

「それは……」

 ミコトは言いかけて、口をつぐんだ。押し黙る息子の様子を見て、タカシが答える。

「……好奇心、責任、賃金を得るため……今の仕事を辞めない理由は色々ある。しかし、まあ、一番の理由は、母さんと一緒だな」

「母さんと……?」

「お前が生まれてからだ。その理由が……その思いが、強くなったのは」

 タカシが告げた直後、研究室の照明が消え、PCの電源がUPSのバッテリーに切り替わった。次いで、タカシのスマートフォンから着信音が鳴り響き、加速器で問題が起きたという報せが入る。

「すまん、ちょっと行って来る。長引くかもしれないから、お前は先に帰っていろ」

 告げて、タカシは研究室を飛び出して行った。

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