成功の秘訣

nobuotto

第1話

 時代の寵児達が講演者に名を連ねた新聞社主催「成功への秘訣」講演会がホテル大広間で開催された。聴講料十万円と高額にも関わらず満席であった。


 講演者の中でも一番人気の「小売業界の革命児、池田裕也氏」の講演「成功するための3つの秘訣」が始まった。

 会場の照明が落ちると、大スクリーンの中央に花壇らしきものが映し出された。

 空中からのズームインで花壇がどんどん大きくなっていく。

 画面一杯に花壇が映し出された。花壇には色とりどりの花が咲いていた。

 と、誰もがそう思ったが、それは花ではなくて、びっしりと敷き詰められた色鮮やかなオリジナルプリントの傘であった。

 会場からどよめきの声が湧き上がる。

 

 講演者の池田が登場した。

 会場は拍手で包まれた。拍手が鳴り止むのを待って池田は話しを始めた。

「皆さん、思っていた以上に私が若造で、こんな若造の話しにお金を出して失敗した、とか思われていませんか」

 会場から笑いが起こる。

「こんな若造ですが、本日は皆様が損をしたと後悔されないよう、精一杯話しをさせて頂きたいと思います」

 会場はまた拍手に包まれた。


「私は二十八歳で年商百億を超える事業主となりました。IT業界ならではと思われるかもしれません。確かに弊社はいわゆるインターネットビジネスで成功しました。しかし弊社が扱っている商品は傘です。傘というものは昔から世界中にあり、あらゆる工夫をし尽した商品です。ITの時代に何百年も使い続けてきた傘という組み合わせ。おかしな組み合わせですね。けれどこのおかしな組み合わせで私は成功しました。まずはこの組み合わせということを、私が本日話しをさせて頂きます成功の秘訣の第一番目とさせて頂きます」

 会場の誰もが池田の話しに引き込まれ始めていった。


「スマフォで背景を選択し、お好みの色を指定し、絵柄は写真であろうと、手書きの絵であろうと何でもこちらに送って頂ければ、オーダーメイドの傘を直ぐにお届けする。これを実現するために私達は3Dプリンターを活用したシステムを開発しました。つまり、昔からある傘という商品に、新しい技術の息吹を吹き込んだ。おかしな組み合わせも、今の技術と合わせてみると実は最適な組み合わせになる。これが第二の成功の秘訣なのだと思うのです」

 会場から大きな拍手が沸き起こった。拍手が静まるのを待って池田はまた話し始めた。

「それはそれとして、古くからある多くの商品の中で、どうして傘を選んだのか。その訳を話せ!!といつも言われます」

 会場から笑いが起こる。


 大スクリーンに電車の走る映像が映し出された。

「実は傘にたどり着くまで、他の商材で何回かネットショップを行ったことがあるのですが、それがものの見事に全部失敗しました。。自分はビジネスには向いてない。もう止めようかと思っていた時に、ふと昔の出来事を思い出したのです」

 映像が車内に変わった。駅に着いたのであろう、ドアが開いていた。学生服の男子と中年のおじさんがドア近くに立っている。そのおじさんが男子の手元を見て驚いているという映像だった。


「きっとこんな感じだったのでしょうね。高校生のとき、私の友人と一緒に帰っていた時のことです。友人は途中の駅で降りました。彼が降りた後、棚の上に折り畳み傘があるのに私は気づきました。私は彼が傘を忘れて降りてしまったと思いました。次の日学校で返してあげようと思って、棚から傘を取って畳んでいました。あの頃の私は優しかったんですね」

 会場からくすくすと笑い声がする。

「かなり丁寧に畳んでいたのですが、なんと言いますが、そう視線を感じたのです。私の横に立っていたおじさんが私をじっと見つめていたのです。へんなおじさんに絡まれそうだと私は少し怖くなりました。しかし、そのおじさんは言ったのです。”あのお、それ私の傘なんですが”」

 会場からどっと笑いが起こった。


「自分の傘を畳み始めた学生におじさんも驚いたでしょうが、私は兎に角恥ずかしくて傘を渡すと次の駅で逃げるように降りました」

 

 大スクリーンに「逆転の発想」と「成功の秘訣は誰の中にも」の2行が映し出された。


「10年前のこの出来事を、失敗続きで心が折れ掛かっていた時に思い出したのです。この時アイデアが浮かんできました。傘は紛失しやすい商品です。紛失しやすいから安い物を誰もが買う。安い商品だから全く同じ柄、柄どころかビニールの傘を大量生産する。大量生産するから、自分の傘と人の傘を間違える。もし、自分だけの傘を安く買えるのであれば、失くしたとしてもまた自分のお気に入りの傘が手に入るとしたら、というアイデアが浮かんできました。お客様のオリジナルデザインを3Dプリンターを使い低価格でネット販売すればいいのではないか。この方式であれば、もし紛失しても、元のデザインが残ってるのでいつでも同じ傘が届いてくる。このアイデアから今のビジネスモデルが生まれました」

 会場は大きな拍手に包まれた。


「このビジネスモデルの発想は、これまで多くの方が話してきた逆転の発想ということだと思います。成功の秘訣は逆転の発想である。それも確かにあるでしょう。けれど、もっと大事な事があるのではと私は思うのです。今お話ししましたように、この発想は、高校生の経験が私の心の中に残っていたから生まれたと言えます。成功するためのビジネスは何か、新しいことは何か、そのために新しい技術をどう使うのか、そうした事を皆様は日々考えておられるかと思います。けれど、もう既にそのアイデアはご自身の中に、これまで生きてきたご自身の経験の中にあるのかもしれません。ゆっくりと、そしてじっくりとこれまでの自分をふり返ること。これが第三の成功の秘訣だと私は思うのです。私の話しはこれで終わりにしたいと思います。皆様ご聴講ありがとうございました」

 会場の拍手が続く中、照明が落ちていった。

 

 池田がホテルから出ると雨が降っていた。

 次の講演のために外に待たせていた車に急いでいると、後ろから人がぶつかってきた。

「痛っ」

 若い女性だった。

 池田の声は聞こえたはずだが、謝ることも無くその女性は傘を差して走り去っていった。

 女性は池田のオリジナルプリント傘をさしていた。上品な服装に合わない原色を散りばめた派手な絵柄である。

 オリジナルプリント傘が面白いのは人の内面が見えるからだ。傘のデザインをSNSにアップすることが流行り、そのおかげでビジネスも拡大した。

 アップされた傘のデザインを見て「センス悪い」とか「あの人本当はこんな人なの」とか陰口を言っているに違いない。結局そうやって日頃のストレスを晴らすビジネスが成功するのだ。


「あなたお疲れさま」と秘書をしている妻が駆け寄ってきた。そして、池田に透明の安物のビニール傘を渡した。

「講演どうだった」

「ああ、完璧さ」

「ということはまた嘘言ったのね」

「嘘かどうかは客が判断すればいいのさ。それより次の講演まで時間ないよな」

「そうよ。早く乗って」

 二人が乗った車は次の会場に向けて走り始めた。

「もう本当の事を話してもいいんじゃないの」

「ビニール傘を間違えたおかげで妻と出会えました。それから私のラッキーアイテムを傘にしました。もし同じ柄の傘の人と出会えたら、素晴らしい出来事が起こるのではと思って始めたビジネスが成功しました。こう並べてみると、それなりの説得力はあるな。けどこんな生ぬるいこと話せるかよ。時代をかけるシャープな若き経営者が俺のイメージなんだよ。このイメージだって商品なんだから」

「はい、はい、次の講演はこれだから」

 講演の参加者リストを池田は受け取った。

「さてと。次の講演はかなりのエグゼクティブが対象か。となるとこんな話しを付け足すと受けないかな」

 そして講演で話す「成功の秘訣」のストーリーを妻に話し始めるのだった。

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