第3話桐壺院の女一宮の乳母、命婦の語る
美濃どのですか。ええ、今もお付き合いがございますよ。何となく、切れ切れにでも絶えることなく行き来が続いていると申しますか。あの人の姪御にもお会いになられましたか。面白い娘でしょう。明るくて、くるくると良く働いて。ちょっとお喋りですけれど、皇太后さまも気に入っておられるようなのですよ。
あの娘が人もあろうに少将どのに半年も預けられていたというのは、ちょっと可哀想な気がいたしますね。あの人も年取って、ひどく偏屈になっていたし。
美濃どのももう少しマシな手づるをつかえばいいものを。例えば私などでもいくらかは力になれたろうと思うのです。何も昔の朋輩に仕えさせることもなかったでしょうに。
それとも案外わざとやったのでしょうか。
美濃どのという人はそういうところがあるのですよ。大人しそうにみえて底意地の悪いところがあるというか。御本人も口癖のように言っておられるように、決して意気地のある人ではないのですけれど、ちくりちくりとものの紛れに意地の悪いことをするのです。さて、少将どのとどちらのほうがたちが悪いか、ちょっとわかりませんわねえ。
ほほほ。こんな事を言って、私も底意地が悪いと言うことでしょうか。
ええ、私は朱雀院の御姉宮、桐壺院の女一宮様の
皇太后様を悪く言う人が多いのは知っております。
源氏大臣の母君がお亡くなりになってからですわね。大臣の母君がいろいろとひどい目におあいになったのは、皇太后様の差金だったのだというような話が出てきたのは。
もちろん、根も葉もない噂です。
考えてもご覧なさいまし。なぜそのようなことを皇太后様がなさる必要があるのでしょう。皇太后様と大臣の母君である桐壺の御息所では、あまりにお立場が違います。
かたや桐壺院の添臥として入内あそばした、右大臣の姫君であられた皇太后様。
かたや後ろ盾の父君も亡く、更衣として出仕なされた桐壺の御息所。
当然お二人のそれぞれお生みになった皇子にも、ただ年の差というだけでない大きな違いがあるのです。
御息所の母君は何やかやと桐壺院に働きかけておられたようですが、いかに名門の血を誇られても、いかほどの意味がありましょう。血の尊貴は当たり前。さらにご実家に権威が添ってこそ、国母となる資格が生まれるのですもの。最初から皇位を踏める望みなど、源氏大臣にありはしないのです。
ですから、桐壺の御息所を目の敵になすったのは、皇太后様以外の女君方ですよ。
こう申してはなんですが、桐壺院は多情な方でございました。私の知る限りにおきましては、桐壺院ほど数多い女君をもたれた帝は他におられません。
女御ならおひとかたに一つの殿舎でございますが、更衣となれば広い殿舎を仕切った一隅を与えられるのみ。しかも常の更衣の居処となる
この有様の後宮で、一人の更衣が帝のご寵愛を独占すれば、揉めるのは目に見えています。まして桐壺は後宮の隅。他の女君の局の前をこれ見よがしに通るわけでございますからね。嫌がらせをされなければ、おかしいぐらいなものです。
後に御息所は後涼殿にも局を賜られましたが、そのために寵愛の薄れた別の更衣が殿舎を追われることになって、いっそう後宮中の憎しみをかってしまわれました。
それでも御息所の母君が、あれ程に名門の血と帝の寵愛を振りかざしていなければ、あれほどの事にはならなかったのではないかと思います。御息所の死にもっとも責任を追うべきなのは、あの母君なのではありますまいか。
そして御息所が早世あそばしたことで、さらに状況が変わりました。桐壺院は忘れ形見の皇子をお手元に置かれ、女君たちの几帳の内にまで連れ歩かれたのです。
本当に、あれほどに美しい御子は他にはおられますまい。
連れ歩かれるようになったのが三、四歳の愛ざかり。後宮中があっという間に皇子の虜になってしまったのでした。
こうなってしまうと皇子の母君にした嫌がらせの数々が後ろめたくなってきたのでしょう。誰ともなしに皇太后様の意を迎えて、御息所を苛んだのだというようなことを言い始めたのです。もちろん少将どのや美濃どのの存在が、その根拠のように言われました。
実際には幼い源氏大臣が最も足繁く通われたのは、皇太后さまのおいでになった弘徽殿だったのですけれど。まるで母代のように大事に心を込めて、皇太后様は大臣のお世話をしておられました。
まあ、信用できないとおっしゃいますの。では証拠に源氏大臣の女房にお引き合わせいたしますわ。宮中で大臣の乳母と共に大臣を養育なされた古女房、式部とよばれておいでです。今も源氏大臣の二条のお邸におられますよ。
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