(序)遺跡発見

Discovery of ruins

☆ここはアステロイドベルトのとある小惑星――――――

 有人探査船タイタン号は、ちっぽけな小惑星への軟着陸に成功した。

  ♪ If You See・・・ La,La,La―♪♪

  ♪ I Can Believe・・・ Lu,Lu,Lu―♪♪

  ♪ The Life Is Wonderful! Woo,Woo,Woo―♪♪

 私は、新たな鉱物資源の発見に心も踊り、鼻歌交じりに探査船の丸いハッチをゆっくりと開けた。そこは見渡す限り空気も水もない極寒の真空世界。生命の気配など全くない無機質な景色が支配し、時間までもが凍り付いている。

 ただそこに在るのは、濃灰色のうかいしょくに染まる岩塊がんかいの沈黙だけだった。


 暫らく眺めていると、丸味を帯びた奇岩きがんの隙間に、何やらキラリと『光るもの』が見え隠れした。私は未知なる神秘の光に誘われて、通信係と共にそれに近づいた。


「こ、これは??……だっ、誰の、いたずらだ!!!」

 私は、真空中にも響き渡りそうなほどに、奇声を上げてしまった。


 こんな空気も水もない宇宙空間で、入浴をするエイリアンでもいるというのか。はたまた、既に先人が来ていて、誰かのいたずらなのか。


 私が目の当たりにしたものは、形といい大きさといいバスタブにそっくりな物。地球のリゾートホテルによくあるような、いや、どこから見てもそのものだ。荒い息で曇ったヘルメット越しに見えるその異次元のオーパーツに、自分の目を何度も疑った。


「こっ、こんな、ところに……、な~ぜ~だ~?」

 動揺の余り私の声帯は小刻みに震え、声は上ずっていた。


「急いで火星基地に連絡だ!」

 直ちに私は、通信係を探査船まで走らせた。

 微弱な重力に足をすくわれながらも、通信係は懸命に向かった。私も後につづいた。


「こちら小惑星探査船タイタン号、火星基地応答せよ。こちら小惑星探査船……」

 通信係は、何度も何度も連絡を試みた。


「こちらタイタン号、火星基地応答せよ。こちらタイタン号、火星基地……」

 しかし、「ザーッ、ザーッ、ザー」とノイズばかりで、無線が全くつながらない。


「船長! こっ、交信不能? 電波障害です!」

 あせりの色が濃くなってきた通信係は叫んだ。


「諦めるな! 一時的なものかも知れない? 続けてくれ」

 私は通信続行を指示した。


「了解! 船長」

 任務に忠実な通信係は、根気強く通信を続けた。


 この天体には、強力な磁場か何か、未知のエネルギー・フィールドがあるのかも知れない。通信障害は一向に改善されることはなかった。



☆時代は西暦22世紀末――――――

 有史以来最悪のペースで自然破壊が進む地球は、放射能汚染も深刻化し、北半球ではほとんどの生物種が滅びた。生き残った人間たちは、南半球の小さな大陸に逃れて生き延びた。しかし、少ない筈の人口も限られた生命圏では、かかえる余裕はなかった。そこで人類が選択した生きるすべは、宇宙への移住だった。


 巨大宇宙ステーションを建造し、その人工空間に居住するスペース・コロニー計画をはじめ、火星をテラフォーミングして移住する方法など、夢のようなアイデアが検討された。だが、これらは某大な時間と建設資材が必要となるため早期の実現は不可能。そこで採択されたのが、火星基地コロニー計画だった。現存する火星基地を拡大拡張することで、早期の建造が可能だからだ。


 混迷こんめいの世界情勢が続く23世紀初頭、火星の移民施設の建設を急ぐ世界連邦航空宇宙局(WASA)は、隣のアステロイドベルトの探査を本格化した。小惑星には貴重な鉱物資源が眠っている可能性が高い。昨年送り込んだ無人探査機が持ち帰ったサンプルの中に、数々の手掛かりがあった。

 私たちは、広大なる宇宙の無人島で、貴重な資源どころか、奇妙な『時の忘れ物』と遭遇したのだ。



 暫らくすると、今度は掘削係が裏返った声で私を呼ぶ。

「船長、奇蹟きせきでーす。……こ、これ! 見てください」


 掘削係は、奇妙な形の岩陰で作業に取り掛かっていた。私は、その丸みを帯びた奇岩きがんに恐る恐る近寄ってみた。


「な、なんだぁ?」掘削係と顔を見合わせ、呆然とその場に立ちすくんでしまった。


 丸い岩塊がんかいだと思っていたものは、ドーム型をした人工建造物が壊れた跡だった。私たちは、人類史上初の『宇宙の遺跡』を発見したのである。


 遺跡には地球のコンピュータによく似た電子機器まであった。その精巧で奇怪な装置は、ほとんど無傷の状態。私たちは、交わす言葉もなく装置の周りをひたすら探った。

 装置に宇宙服の袖が触れたかと思った瞬間、辺りはまばゆい光に包まれた。


「眩しいっ! 危険です。ほっ、放射、放射線かも?」

 慌てる掘削係の表情は、不安で一杯だ。


「心配ない! この眩しさは、可視光線だからだ!」

 私は冷静に対処した。


「でも船長、眩し過ぎです。危険ですよ!」

 掘削係は必死に後退あとずさりをする。


「こんな宇宙線だらけの宇宙空間で、放射線が怖くて、やってられるか。大丈夫だ!」

 私も負けじと、尻込しりごみをする隊員をなだめた。


 やがて、眩い光は一旦収束したが、今度は私たちをすっぽりと包み込むように、ホログラムが浮かび上がって来た。リアルな立体映像は、見たこともない美しい天体の姿。純白と紺碧こんぺきの青、そして深緑色の一本線を模様にした謎の惑星だった。


 眩しさに目を閉じてしまったにもかかわらず、それは見える。ヘルメット内にも投影されているのか。それとも網膜投影なのか。いや、脳内で直接見ているような感覚だ。未知なる波動エネルギーのような、何か特殊な作用も感じた。

 更に、奇妙なことに自分が二人居る。映像を見ている自分と、映像の中にもう一人の自分が。その臨場感ときたらVRやARを遥かに超えている。


 実体3D映像(リアルホログラムと呼ぶことにする)は、徐々に細部までクローズアップしてきた。白い筋雲の模様がまばらに取り巻き、地表は大半が氷海ひょうかいのようだ。

 一見地球のようにも思えるがそれは違った。大地は赤道直下に細いグリーンベルトの一本線を描き、両極から中緯度にかけては、氷床ひょうしょうか新雪が積もったような純白色が広がる。


「何と美しい! 我々の太陽系のデータには無い。どこか銀河外縁ぎんががいえんの惑星か?」

 私が惑星に見惚みとれて感嘆していると。『LOQCS(ロックス)』と名乗る声の主は、更なる驚愕の事実を映し始めた。そして何と、地球の言葉で喋り出したのだ。


▼▼ Welcome !! =TIMESCOPE Theater=

『My name is LOQCS』当シアターのMCです。

調べたいサイトを選んでください。

操作はとても簡単です。空中タッチパネルのメニューに触れるだけ。

また、音声によるご質問にも、お答えします。

どちらでも、お好きな方でどうぞ! ▲▲


 何とも不思議なことに、LOQCSが喋る言葉とパネルに表示された文字は、私たちが普段使っている地球の言語だった。その言語とは、英語をベースに考案され、22世紀初頭から世界標準語となった新英語『Inter-English』である。


 直ぐに私は、スタッフに緊急召集をかけた。駆けつけた隊員達の言葉にならない驚きの様子が、手に取るように分かった。荒い息で曇った四つのヘルメットが、それを物語っていた。


 次に私は、慎重に空中タッチパネルのメニューを選択してみた。指先にあるのは『惑星の歴史』のインデックス。リアルな立体映像と共に、LOQCSは語り出した。


▼▼ 惑星のヒストリーデータから、ダイジェスト版で説明致します。

この太陽系第五惑星の文明起源は、約三千年前にさかのぼる。それは二千年間も続いた無国家の惑星であったが、一千年前の中世時代、アーロン王家が統一国家を確立する。『アーロン王国』の誕生。この国は、王国と言っても議会制民主主義。人々の自由と人権の尊重が政治の基本理念。国王が召集する王立議会がその中心である。

王国は、近年に至るまで一千年ものながきにわたり繁栄した。第33代国王が、史上最高の名君とたたえられたフィロング・アーロン王(King Firong Aaron)。

古代の哲学者ソン氏が説いた『国家論』の冒頭には、「最善にして最強の理想国家とは、名君が統治する法治国家なり。独裁者が君臨するは、国家にあらず。最悪にして最恐の無法地帯となる」と記されているが、まさに前者の典型で、 ▲▲


「ちょっとストップ!」

 私は声で止めてみた。すると装置はピタリとポーズ状態に。


 隣で凝視する掘削係の歓喜の表情が、ヘルメット越しにも分かった。

「スッゴイですねー、船長。超リアルというか。まるで本物?」


「ホント、凄い! つぎを試してみるか……」

 私も驚きを隠せなかった。そして今度は、音声による質問をぶつけてみた。


「アーロン王とは、どんな人物か?」

 リアルホログラムがポーズ状態から解放されると、LOQCSは、また喋り出した。


▼▼ はい、その質問にお答え致します。

第33代国王、フィロング・アーロン王は、自然を愛し、生命を尊重し、環境保全のために全力を尽くしている名君中の名君。国王の権力を振りかざすことなど全くなく、人々の自由と人権を何よりも尊重しておられ、国民から厚い尊敬を受けている。

伝説の予言者、ノアー(Noar)の『絶対平和主義の教え』を忠実に守り、人々の豊かな暮らしと平等な社会づくりを目指している。社会福祉を国の最大事業として人々の生活を保障し、差別や貧富の差もつくらない。自然破壊や環境汚染もなく、まさに理想国家を築いている。

国王には、病気で他界した第一王妃と、宇宙船の大事故で行方不明となった第二王妃がおられた。王は悲しみの日々を送っておられたが、惑星でも指折りの美しい二人の王女を可愛がり、今では幸せに暮らされている。二人の王女は、王にとって何より自慢の宝もの。そんな子煩悩こぼんのうな父親としての一面も持つ、慈悲深く温厚な人物。 以上です。 ▲▲


 私たちは、名作映画でも鑑賞するかのように、全員が口を真一文字にして微動だにしない。この後タイムスコープが映し出す惑星の自然や社会について、目を見張るのだった。

 このタイムスコープとは、『時空望遠鏡』とでも解釈すればよいのだろうか。過去の歴史を垣間かいま見ることができるタイムトンネルなのかも知れない。


 やがてLOQCSの説明も一段落した頃だ。空中ディスプレイに浮かぶ一際目立つ項目が、私の好奇心をり立てる。

 それは『救世主Messiah』というインデックス。

 地球で救世主というとCHRISTのことが真っ先に浮かぶが。この惑星にもイエスのようなカリスマがいて人々を救ったのだろうか。



☆パネル表示が切り替わり、次のコンテンツには――――――

『Life Log』という意味深な表示が現れた。

 それは一人の青年の記録だった。この青年が救世主となる人物なのか。


 私は、魂でも揺さぶられるような奇妙な感覚を覚えると、神に導かれるように、いつの間にか青年の足跡そくせきを追っていた。

 

 

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