第1章 ★ 科学の星

第1章 (1)第五惑星

Run, rabbit run !

「たっ、助けてくれ!!!」

 青年は懸命に走った。憶病なウサギみたいに。

 大口を開けた服が自分を飲み込む。着ている服が襲い掛かってきたのだ。


「なんて恐ろしい夢だ! 白昼堂々、Nightmareでも見ていたのか?」

 青年は、昼寝によく使うお気に入りのベンチで、夢から覚めた。


 惑星の首都『ニュールウト』の外れ、静かなグリンフォレストの森の奥に、青年が通う小さなアカデミーがある。緑溢れるキャンパスは、古風な赤煉瓦あかれんが造りの校舎が映える。由緒ゆいしょある名門『グリンフォレスト・アカデミー』(Grine-forest Academy)の学び舎まなびやだ。


 午前の講義を終えた昼休み。緑の絨毯じゅうたんの中庭にポツンと置かれた栗色のベンチには、今日も背中を丸めた青年の後ろ姿があった。


 幼少期から着慣れた筈の白いバイオ・スーツの着心地に、青年は近頃、違和感を覚えていた。

「この締め付け感、最近どうも変だ? 太ったわけでもないのに?……」

 青年のこんな思いが、奇妙な悪夢を見させたようだ。


 さらに青年は、新政府の政策に疑問を感じ始める。

「何故だ? 人々は、毎週のようにPLCCへ通うのか?」

 時の政府は、『人口抑制じんこうよくせい政策』を強行するようになっていた。


 PLCCやアカデミーで、その理由を尋ねても、誰も明確には答えてくれない。

「平等と平和につながることだから……」

「優秀な子孫を残すためよ……」

「誰もがそうする規則だから……」

「人々の健康維持のためよ……」

「バイオ・スーツは、健康にいいはず! 気のせいよ」

 飼い慣らされたアヒルがガアガアと鳴くように、耳障みみざわりな答えしか返ってこない。


「見えざる力が働いて、人々の意識もコントロールされているんじゃないか?」

 青年は、こんな疑惑まで抱き始めた。


 近年この科学の星では、すべての新生児がまゆから生まれる。蜂の巣のようなセルに封入された奇妙な丸い繭から。

 政府は平等と平和維持のために、惑星人口を常に一千万人以内に制御せいぎょする『人口抑制政策』を執っていた。

 男女の肉体的接触による性交渉等は禁止され。夫婦の形態はあるが、子孫は『PLCC』で人工授精・・・・人工培養じんこうばいようによってつくられる。

 いわゆる試験管ベビーだが、クローンのような無機的な人工培養とは一味違う。本物の母体とたがわぬつくりで、カプセル型の人工子宮のぬくもりの中で、胎児は大事に育てられる。


 更に、惑星アーロンの人々の生活は、『惑星生命制御センター』(Planet Life Control Center)で集中管理されている。

 そこは政府直轄ちょっかつの重要施設で、人々は『PLCC』と呼ぶ。男女を問わず十歳を過ぎると、週に一度はPLCCに通う規則がある。


 首都の中心部にそびえ立つPLCCの建物は、アンモナイトの殻のような渦巻き型で、如何いかにも生命の息吹いぶきを感じさせる造形だ。

 内部に入ると、蜂の巣を何層にも重ねたようなつくりで、個室にはひつぎのようなカプセルがある。人々はカプセルの中に1時間ほど閉じ込められ、疾病予防のための免疫促進剤めんえきそくしんざいと、性的欲求を制御するホルモン抑制剤よくせいざいが投与される。


     * * *


 時代は惑星暦31世紀。高度な科学文明に、戦争やテロもなく、緑や水などの自然がとても豊かな理想郷を築いていた。

 この小さな太陽系では五番目の惑星で、『惑星アーロン』(The Planet Aaronth)と人々は呼んだ。


 惑星には約一千万人の人々が住み、古代から伝承されてきた予言者ノアーの『絶対平和主義の教え』の下、民主的で平和な暮らしを営んでいた。しかし、そんな理想郷も新たな時代の風が吹き、運命の歯車は狂い始める。


 新たな時代の風を象徴するのが人々の服装だ。宇宙服にもなるバイオ・スーツを着用。白を基調にした一繋ひとつなぎの服を、大人も子供も男も女も日常的に着ている。まるで惑星の制服のようで違和感を覚えるが、それは単なる印象だけではなかった。脅威きょういの役目が隠されていた。その働きについては、着心地の違和感に気付いた青年がやがて解明して行く。


 衣服も政府から支給される物資の一つで、通貨の概念がない惑星アーロンでは、衣食住に至るまで、人々の生活は政府に管理されている。

 因みに、青年の行動がライブラリーに保存され、このように閲覧できるのも、政府の高度な管理システムのなせる技だ。


 個人の日々の生活や諸活動を監視記録する装置、『Life Logger』が開発された。そこには個人を特定するIDナンバーリングは基より、指紋やDNAデータまでもが保管されるなど、究極のシステムが構築されている。


 青年の名はGeeniaus Cedarhill 。仲間たちはジーンと呼ぶ。Genius Gene(天才・遺伝子)の意を掛けている。

 アカデミーに通い科学を専攻し、幼少からの夢である宇宙パイロットを目指している。そんなジーンに大きな悩み、人生の壁が立ちはだかっていた。

 連邦共和国初代大統領を父に持つ彼は、父親の過大なる期待を背負っていた。父は自ら築いてきた地位と権力を引き継がせるために、我が子を立派な政治家に育てたい。行く末は自分の後継者に仕立て、親子二代にわたるシダーヒル政権の確立を狙っていた。

 そんな父親に、ジーンは反抗した。家を飛び出し、政治とは無縁の科学の道に進んだ。将来は宇宙開発に乗り出すことが人生の目標となった。


 どこの国にも、いつの時代でも、文明が進歩するにつれて新しい時代の風が吹く。王国という旧体制に異議を唱える思想が広がり始めた。

 そんな中、王立議会議員の一人スタイン・シダーヒル(Steine Cedarhill)は、共和制を主張し、政権移行を訴え出した。


「王立議会のみなさん。時は熟しました。今こそ我々は、偉大な改革を推進すべきです。決して現行の政治体制が悪いという訳ではありません。しかし、民主国家をうたう以上、主権は人民に有りという形を、もっと明確に、打ち出すべきではないでしょうか。そのためには、国王の英断にゆだねるしかありません……」

 スタイン議員の演説も終わらぬうちに、コロシアムのような広い議事堂は、大喝采だいかっさいの拍手と大歓声のうずに飲み込まれた。


 スタイン議員は、王国の首都『ニュールウト』の元知事で、多くの支持を集める政治家である。スタイン議員は更につづけた。

「いかがでしょう。史上最高の名君とたたえられるフィロング王殿下。貴方なら、歴史を変えるお力が、お有りになるはず。この改革を行えば、誇り高きアーロンの歴史の中で、最も偉大なる功績として、永久とわに語り継がれることでしょう」

 スタイン議員の弁舌は冴え渡り、200人を超す全議員から満票の賛成票を得た。


 寛大なる王はいさぎよく共和国体制を認めた。いや、認めざるを得ない時代の嵐が吹き荒れたのだ。

 やがて政治の中枢は共和国議会へと移り、当然のことの様に初代大統領にはスタイン・シダーヒルが就任する。それはまるで冷徹な氷河が、温和な草原を侵食するかのように。

 そしてここに『惑星アーロン連邦共和国』が成立する。時は惑星暦3038年末のことだった。


 スタイン大統領は、平等と平和をスローガンに、二大政策をマニフェストに掲げた。

 ●極寒の惑星の生命圏を維持するための『惑星環境の人工コントロール政策』

 ●生命圏が狭い惑星のため人口を制御する『惑星人口抑制政策』

 特に後者は、スタインが知事時代から主張してきたもので、これまで以上に推進し強行するようになった。


     * * *


 惑星アーロンの自然は厳しく、赤道直下のグリーンベルトのみに液体の水が存在でき、寒さに強い緑色植物が繁茂はんもする。ベルト幅は僅かで、それを越えると氷点下となる。惑星表面の四割を占める大地と、海洋の大半が凍りついた不毛の地が延々と続く。


『惑星環境の人工コントロール政策』により、大都市は半地下都市となっている。クレーターの窪地くぼちに作られ、天井には巨大な円形ドームを張る。都市全体がドームの中にすっぽり収まるドーム型都市を形成。ドームの直径は数キロにも及ぶ。軽量かつ強度に優れた透明ファイバーでおおわれた丸天井は、寒冷な外気から都市を守り、貴重な太陽光を取り入れている。


 ドーム内は、謎の特殊鉱石『グラビタイト』が生み出す熱エネルギーを利用して保温され、巨大な温室となる。そして気象現象も人工的にコントロールされる。

 このようなドーム型都市が、首都『ニュールウト』をはじめ、隣の『ニューウエブ』や『ニュートウト』など、惑星全体で十都市を数える。


 都市には大きなビルが建ち並ぶビル街が存在する。とがった高層ビルの姿はなく、ドームの形状にマッチした丸みを帯びたデザインが主流だ。

 緑地帯も整備され公園や用水路なども充実。大都市に居ながらにして森林浴が楽しめるフォー・レスト(For-Rest)と呼ぶいやし空間が造られ、市民のいこいの場となっている。


 道路も広く整備され、自動コントロール装置が装備された『モビルポッド』が走る。衝突防止装置やスピード制御装置の搭載は勿論のこと、AI自動運転により無人走行もできる。

 動力源は、半永久機関であるフォノン量子電池で走る。無公害でコンパクトなEVである。



 更に政府は、人口制御の一環として『英才教育政策』を執っていた。

 誕生した乳児は、個々の生まれ持った遺伝子レベルの能力によって、5つの英才教育コースに振り分けられる。

 レベル-01【普通英才教育コース】

 レベル-02【高等教養コース】

 レベル-03【高等英才教育コース】

 レベル-04【アカデミー教養コース】

 レベル-05【アカデミー英才教育コース】

 このコースによって、将来の職種までもが決まってしまう。


 それから英才教育とは別に、青年期に限ってのことだが、天才的な特殊能力を有する者がいる。魔術などとは違う、科学をも超えた、魂が持つ能力なのだ。

 個々に種類は異なるが、『予知能力よちのうりょく』や『直感能力ちょっかんのうりょく』。『遠隔透視えんかくとうし』や『テレパシー』の超能力などがある。

 ただし、そのパワーは30歳を境に衰退し、中年期には消失してしまうと言われている。


 ジーンはレベル-05の中でも、エリート中のエリートであった。

 レベル-05には様々な特権のようなものがある。その一つが、将来(進路)を自由に選択することができる権利。そして様々な分野のリーダー的存在となる。


 ジーンは、父親の政治に対する強欲ごうよくな姿勢と、幼いころから仕事人間だった父への寂しさからか、反抗的になっていた。ジーンは政治の世界を避けるように、自分の得意な科学の道を選んだ。

 ジーンは、備わる予知能力により直観力ちょっかんりょくの鋭い思考をし、アカデミーにおける成績は、科学分野で首席だった。


 科学の道を選んだことが、人生を大きく変える道標みちしるべとなる。それは、ある天才科学者との宿命的な出逢いがもたらす。

 このことは、ジーン個人の運命にとどまらず、人類の未来を切り開く天命てんめいとなる。


     * * *


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