第1章 (2)科学の結晶
無機質な街並みを抜けると、豊満な色彩に包まれたグリンフォレストの深い森が見えてくる。その静かな森の奥、アカデミーの正門から歩いて五分ほどの所に、菱形の人造湖がある。
夜明け前の静かな湖畔に、それは
「ウワォー、ついに完成したぞ!」
博士は、叫びながら
「我が人生の……、ライフワークの完結だ」
ようやく完成した
「これは実に凄い威力だ。我ながら感心。予想以上のパワーが出ている。エンジン一基だけでも、百人乗りスペースプレーンを、一日で第四惑星まで飛ばすことも……」
博士は、腕組みをしながら笑みを浮かべた。
「もしも、二人乗りの小型宇宙船ならば、光速度にも迫るかも?……ううう」
博士は、すっかり自己
宇宙で123番目の元素の発見で、惑星アーロンの科学文明は著しく進歩した。『Gravinium』と命名された最も重い元素である。
第五惑星である惑星アーロンは、太陽エネルギーには恵まれない極寒の星。
Gravinium元素は、惑星すべてのエネルギーの源泉となる物質となった。しかも、不思議なことに放射性元素ではない。生物にとって最大の問題点と言える放射線を出さない理想のエネルギー源である。
主にエネルギー資源として利用されていたGravinium元素だが。元素が持つもう一つの性質、
あの科学者とは、スティーヴン・フォレスト博士(Dr. Stephen Forest)。
現代科学の最先端を行く、夢の量子重力理論の研究をしている物理学の第一人者で、かの名門グリンフォレスト・アカデミーの主任教授である。
天才スティーヴ博士は、反重力理論を基に科学史上最高の発明をした。重力波動を利用した常識を遥かに超える推進システム、その名も反重力エンジン『エステム』(Estem)。
昨日の夜から一睡もしていない夫を心配して、ユーン・フォレスト(Yung Forest)が研究室の分厚い扉を叩いた。
「博士。大丈夫ですか? 昨夜も、お眠りにならなかったのでは? あまり
ユーン夫人はドア越しに声をかけた。
愛妻ユーンの一言は、いつもスティーヴ博士の疲れた心を癒し、研究への意欲を
「大丈夫だよ。ユーン。さあ、中にお入り」
「よろしいの? スティーヴン。では失礼しますわ」
重い扉をゆっくりと開け、
そこには丸みを帯びた円錐形をしたものが、半透明でクリスタルな輝きを放っていた。どこから見てもマシーンとは思えない。生き物のように脈を打ち、それはまるで心臓のようだ。
直径及び高さは100㎝弱、どこか有機的でコンパクトなフォルムは、エンジンとは思えない。それは『異次元の魔法のランプ』であった。
博士は、
「ありがとう! ユーン。君のお陰で完成したよ。吾輩のひどいわがままに、いつもいつも耐えてくれて。心から感謝するよ! 愛してるよ、My Precious 」
博士は、愛妻ユーンのか細い肩を優しく抱きしめた。
「わたくしには、よく分かりませんが、とうとう念願の……素晴らしい芸術作品を、完成させたのね。おめでとう!」
気立ての良いユーンから、心温まる言葉が返ってきた。
「嬉しいな。芸術作品とは、最高の
博士の瞳には光るものが浮かんだ。
「早速この成果を、誰かに伝えなくてはね? あなた。・・・・・・やはり、あの青年?」
博士はにんまりと微笑を浮かべた。
「なんと、吾輩も今、同じことを考えていたよ。ユーンとはいつも意見が合うね。どうしてだろう? ……それでは、ジーニアウスを呼ぶことにしよう」
博士は、急いでTV電話のコールをした。
「おはよう、シダーヒル君。これを見たまえ、とうとう完成したぞ!」
早朝だったため、ジーンはまだ夢の中だった。
「ジーン、オキナサイ。……ジーン、オキテ。……オキテヨ、ジーン。……オキロ、ジーン! ハカセカラ、キンキュウコール、ダヨン」
マスコット・ロボットのピーモが、朝寝坊の常習犯にモーニングコールをした。目覚まし時計のSNOOZE機能張りに、繰り返し何度も。
「こんな早くから、なーんで、すーか? ……博士ぇーん」
ジーンは、寝起きのつぶれた喉で
「何を寝ぼけとる、ジーニアウス。直ぐにこっちに来て、本物を見とくれ」
アカデミーでは厳しい態度のスティーヴ博士も、今朝はとてもにこやかだ。
TV電話のスクリーンが映し出す、その完成したプロトタイプを、ジーンは眠い目を擦りながら眺めた。神秘的で妖精の羽のように輝く姿に目も覚めたのか、ジーンは飛び起きた。
「博士。まっ、待っててください。飛んで参ります……」
研究室に飛び込んできたジーンは、三日三晩飲まず食わずで腹をすかしていた肉食獣が、やっと獲物にありついたように、眼光をギラギラさせた。
「博士ーっ、すっ、ス・ゴ・イ!」
雄弁な筈のジーンの口から飛び出した言葉は、この一言だけだった。世紀の大発明の素晴らしさには、月並みな言葉など無用の長物だ。
ジーンは落ち着きを取り戻すと、博士にゆっくりと尋ねた。
「博士。このエンジン、宇宙船に、搭載するん、ですよね?」
「もちろん、その予定だが。昨年からサーム君に、船体の開発を頼んである」
「それ、本当ですか? サーム先輩なら、きっとすごい機体ができますよ。とっても楽しみです。是非自分に、パイロットをやらせてください。博士」
「それは君の努力次第だな。……まあ、その候補者として、期待しているがね?」
「ホントですか? 博士。オイラ、頑張りまーす!」
尊敬する博士の言葉は、宇宙開発に乗り出すジーンの夢を、より大きく膨らませた。
* * *
Gravinium元素(元素記号:Gr)は、惑星の地下深くに多く存在するグラビタイト(Gravitite)という鉱石から採取された。地上では採掘量が極めて少ない貴重な資源だ。グラビタイトの格子振動量子(Phonon)のエネルギーは、他の物質に比べ群を抜いて大きい。
Gr元素は、
更に、究極の発電技術として将来が期待されているフォノン発電がある。Gr元素のPhononを利用したフォノン・ジェネレーターでは、入力側よりも出力側の方が、遥かに大きなエネルギーを生成する。夢のエネルギー変換増幅装置として、発電などに活用される。
貴重な鉱石に含まれる謎の元素の隠れた性質。重力子(Graviton)の発生という現象を、あの天才科学者が発見した。スティーヴ博士の研究とは、量子力学をベースに相対性理論との統合を目指す新しい量子重力理論をつくりあげること。夢の
ある日一人の学生によって、研究室に持ち込まれたグラビタイトの
やがて、ちっぽけな小石は、
因みに、グラビタイトの欠片を持ち込んだ一人の学生とは、アカデミーに入学間もないジーンであった。
スティーヴ博士の重力理論は、更なる『反重力理論』を生み出した。ジーンが受講した博士の講義によると、理論の概要は次の通りである。
古典物理学が語る宇宙の始まりビッグバン理論で、宇宙には真空のエネルギーの存在が考えられてきた。宇宙空間の存在そのものがエネルギー・フィールドで、未知の暗黒物質やエネルギーがあると言われる。ビッグバンで誕生した空間が膨張すると、未知のエネルギーや物質が宇宙を満たしていった。それをダークエネルギーやダークマターと呼ぶ科学者もいる。
しかし、現代でも実証はなく、予言や仮説の域を脱してはいない。
例えば、海面に浮かぶ船の浮力のように、宇宙空間に浮かぶ星の重力との相互作用を、ダークマターが担っているとも考えられる。
この度発見した重力波・反重力波は、我々が探し求めているダークエネルギーやダークマターのはたらきのある側面なのかも知れない。
そして、『反重力』とは、重力子との相互作用で反重力子が対生成することで起こる力。このミクロの量子の性質を、マクロの世界に拡張すると、反重力理論では強力な反重力波が放出される。例えば、ブラックホールでは重力波が全ての物を飲み込むが、反重力波はその逆だ。
この原理を利用した反重力エンジンは、究極の推進装置となる。
反重力エンジン『エステム』の性能は実に素晴らしい。その『異次元の魔法のランプ』の凄さについての言及は、宇宙船搭載の段階になってからに譲る。
銀河一の超高速宇宙船、宇宙の怪物『宇宙ファルコン』の誕生は近い。
* * *
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます