第1章 (3)久々の帰郷

 首都ニュールウトの真南の外れ閑静な住宅街に、一際目立つ円錐形の邸宅がある。黒緑色の金属柱が並び、外堀をストーンヘンジのような環状に取り囲む。金属柱から発生する電磁バリアーが包む完璧なセキュリティーにまもられた大統領公邸である。


 公邸の門前には、一台のメタリック・ブルーの高速スポーツモビルが停められていた。ジーンが初めて所有する愛車S-POD(Sports Pod)だ。邸宅を家出同然に飛び出したジーンにとって、2年ぶりの帰省となる。

 大統領公邸となった邸宅は、以前と大きく様変わりしており、まるで要塞ようさいのような物々しさに改築されていた。平和な国には不釣り合いとも思える違和感を覚えながら、ジーンは門戸を叩いた。


「今までの反抗をお許しください。父上のおおせの通り、政府に協力します」

 ジーンは自ら進んで父スタイン大統領に申し出た。


 ジーンは、反重力エンジン『エステム』の素晴らしさに魅せられ、宇宙船パイロットを目指していた。どんなに素晴らしい発明も、あくまでもプロトタイプと呼ばれる実験段階。エンジンの実用化には、レアメタル等の貴重な資材と許可が必要で、共和国政府の援助が不可欠だった。ジーンは思案を重ねた末、今まで反抗していた父に援助を求める決意をした。


 ジーンにとって、父の苦言を覚悟の申し出だったが。意外にも父は、あっさりと要望を受け入れた。息子の反抗をとがめるどころか、笑みを浮かべる程だ。だが、その笑顔の裏には大統領としてのある思惑があった。


 惑星連邦の統治を頑強なものにするためには、国民に慕われている王室の支持が必要で、スタインは王室との政略結婚を目論もくろんでいた。そんな折り、タイムリーで願ってもない息子からの進言に、父は一つの条件を突きつけてきた。


「ジーニアウスよ。その申し出、父はとても嬉しい。そなたを誇りに思うぞ。……そこで一つ、父の願いを聞いてはくれまいか? 親愛なる我が息子よ」

 スタインは、やけに改まった口調で答えた。


「何です? 父上」ジーンは父親に視線を合わせると眉をしかめた。


「他でもない、そなたの花嫁のことである。元国王の王女と、婚姻を成立させたいのだ。王室と親縁を結べば、共和国体制も安泰だ。この上ない良縁であるぞ……」

「うんむ」ジーンは言葉が詰まった。


「……ところで王女は、惑星随一の美しい才女で、歳もそなたと近く、出生方法も同じはず。そなたも、そろそろ適齢期。どうか真剣に考えてみては、くれまいか?」


 ジーンは突然の父の申し出に戸惑った。幼いころか見つづけた宇宙パイロットの夢が、ようやく実現しそうな矢先に、結婚なんて思いもよらない厄介やっかいな話しだ。ジーンは即答を避け、前向きに考えてみることを約束して父のもとを去った。


     * * *


 グリンフォレストの森に通じる林道の入り口に、アカデミーのホステルがある。ログハウスを想わせるシンプルなつくりで、若者向けのロッジ風な小屋が並ぶ。

 ジーンは寮室に帰宅した途端、鉛のように重たい腰を下ろすと、暫らくの間ソファーに身を委ねていた。目を閉じ腕組みをしながら思い悩むのだった。


「どうしよう?……ピーモ、どうしたらいい? このオイラに、お嫁さんだって」

 ジーンは、自分の左肩に向かって、相談でもするかのように呼びかけた。


 すると、その左肩がジーンの言葉に応答した。

「ジーン、テレテルンダァ? オ・メ・デ・ト・ウ!」

 突然、左肩は外れ、ジーンの右肩に飛び乗りピョンピョン跳ねた。


「ピーモ、冷やかすなよ。オイラ、真剣に悩んでんだ!」

 ジーンは、ピーモの丸く滑らかな頭を優しく撫でた。


 ピーモはジーンの肩から離れると、ワークデスクに備えられた小さな椅子に座った。小さな椅子は、ピーモ専用のアクセスボードで、超空間通信接続『スペースネット』に繋がる。


 ジーンの左腕は義手だったのだ。マスコット・ロボットのピーモがトランスフォームして、ジーンの欠損した左腕を補っていた。

 更に、ピーモは単なる介助ロボットではない。惑星のホストコンピュータへ特別にアクセスできるIDを有するデータロボットであった。


 リスに似た小動物タイプのロボットで、ジーンと常時行動を共にする。最新鋭のAIを搭載し、マシーンを超えた親友である。

 アカデミーの先輩で工学技師のサームが、ジーンのために特別に開発してくれた。スペシャル仕様のPersonal Mobile Order Robot。

 略してPMOR(ピー・エム・オー・アール)。ジーンは親しみを込めて『ピーモ』と呼んでいる。


 惑星データベースの検索を済ませると、ピーモは真丸い目をクルクルと回しながら答えた。

「アノネ、ジーン。コンド、オウシツバンサンカイガアル。ソレニシュッセキシテ、ジブンノメデ、タシカメテミテハ? ソレカラデモ、オソクハナイト、オモウヨン」


「うーん。そう?」

 ジーンの浮かぬ心の返答は素っ気なかった。


「チナミニ、ロイヤルジョウホウデワ。オウジョサマハ、ワクセイイチノ、ビジョダヨン」

 ピーモは細めた目をクルクル回して情報を加えた。


「そうだな? 親友ピーモの進言じゃ、そうしようかな? ……うん、そうしよ!」

 ジーンは急に明るくなった。ジーンに備わる強い直観力は、何か運命的なものを感じ取ったか。ピーモの最後の言葉に心が動いたのか。何れにしても、ピーモの提案に同意した。

「リョウカイ、ジーン」ピーモは、ジーンの肩で嬉しそうに飛び跳ねた。


     * * *



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