第1章 (4)運命の出逢い
―――そして、
晩餐会の会場は王国の歴史ある宮殿の大広間に設けられた。
天井を見上げると、「豪華なシャンデリアが……?」と思うところだが、それは違っていた。省電力の照明装置は、余分な飾り物もなくシンプルで落ち着いた雰囲気を
夢の世界に迷い込んだジーンの目に、招待客に会釈する一人の若い女性の姿が留まった。その
近頃ジーンは、毎晩のように幻想的な夢を見ていた。
水平線の果ての果てまで続く花畑
赤や黄色の
天高く澄みきった青い空
白い筋雲や羊雲が
雲の彼方より降臨した虹色のシャボン玉
中では翼を広げた白い天使が舞い踊る
白い天使は ひらりひらりと舞い降りて
五色の花に
白い天使は 可憐な花の妖精をお供に
オイラのもとへと駆けて来る
姫様 このジーニアウスにお任せください
麗美な天使の白い手を優しく包む
貴方とは 宿命の愛で繋がっております
いつの日か 貴方のもとへ
麗美な天使は 微笑みながら
純白の翼を広げ 大空へ溶けてゆく
今晩の天使は、純白のイブニングドレスを身に
その麗美なる若い女性とは……。
アーロン王国王女、ミカリーナ・アーロン(Meecarina Aaron)であった。
☆いよいよ晩餐会のはじまり始まり――――――
初めて対面したジーンとミカリーナ王女は、言葉など
ジーンは、夢の白い天使そのものである王女に、全ての言葉を失った。それはジーンにとって初めての恋に落ちた証し。
そして同時に、ジーンの予知能力は、王女の心も運命の力の作用で揺れているのを感じ取るのだった。
夜の
このときジーンは、親友の仲であるピーモを、弟のビーオに預けた。宮殿の屋上には二人だけでやって来た。
コバルトブルーの湖を見下ろす小高い丘に建てられた王宮は、丸みを帯びたエメラルドグリーンの屋根が天にも届く勢いで
瞬く銀白色が今にも降り出しそうな満天の星の下、二人の会話は弾みに弾んだ。長編の恋愛映画のように、それは延々と続いた。
「王女様は、自分の夢によく現われました」
「まぁ? それは
「夢の中で、王女様は、空に
「ええっ、天使ですか? なんともファンタジーな世界ね」
「王女様との、この出逢いは、運命なのかも?」
「そうですね、運命を感じますわ」
「王女様は……」
「そ、その王女様は、やめてください。
ミカリーナ王女はやや不機嫌そうな
「そうですね。疲れますね? 分かりました。じゃ愉快に! いや、気楽に行こう!」
ジーンは、このときから王女のことを、親しみを込めて『ミーカ』と呼ぶ。
暫らくの間、会話も弾みに弾んでいたが、ミカリーナ王女が家族の話を切り出すと、話が止んだ。
「オイラ、母親のこと嫌いだ。どうも
ジーンは目頭を二本の指で押さえた。
「エッ、あんなに素敵なお母様を、どうして?」
ミカリーナ王女は神妙な
「赤ん坊の頃から、こんな身体のオイラを、
「センター? それって生命制御センター『PLCC』?」
「うん、そうさ! 自分は人工培養児なんだ。しかも究極の試験管ベビーさ」
「究極って?」
ミカリーナ王女は小首を
「この世に数人しか生まれなかった天才児だって。……幼い頃から聞かされていたから、今では、もう平気だけどね」
「数人だけですの?」
「そう! 何が希少価値だ。本当の母親の顔も知らない、ただの試験管ベビーだ。実験用モルモットと同じ。……ほら、この腕なんか、失敗実験の産物。まるで怪物さ」
ジーンは有るはずもない左腕を挙げてみせた。
「わたくしも、センター生まれって、母から聞いていたわ。……てっ・こ・と・は、わたくしも人工培養児かも? うん、きっとそうだわ」
ミカリーナ王女は、欠損した腕に驚くどころか、その生い立ちに同調してくれた。
「えっ、ミーカも? でも人工培養児と言っても、普通は母親が分かっているよ」
「母と言っても、わたくしの母は、養母だったの」
「ホント、ミーカも?」
この時ジーンに備わる予知能力は、この宿命的な出逢いとその未来を感じ始めていた。
「わたくしもね。一昨年亡くした母に、あまり馴染めなかったわ」
「一昨年って?……それはお気の毒に」
「母は、先代国王の一人娘だったのね。それで、父を国王にするために、政略結婚って言うのかな? 先天的に子どもができない体質の母と……」
ミカリーナ王女の言葉は、ジーンにとって心の傷を
「……何だかわたくし達、そっくりだわネ? わたくしも、ほら、
ミカリーナ王女は、はにかんだ笑顔で、義手の右手をさり気なく外して見せた。
「えぇっ?」ジーンは
「これは神様が下された試練。宿命かしら? どんなに辛い時でも……。この運命、乗り越えましょう。二人で一緒に!」
ジーンは、彼女の思い遣りと優しさに、
ミカリーナ王女も吸い寄せられるようにジーンの胸に
* * *
惑星の総人口は約一千万人、平和な社会を維持するためには、これがリミットと政府は考えている。生命圏の狭い極寒の星でこれ以上の人口増加は、食料面や公衆衛生面で問題が発生し易くなる。特に、百年毎に流行した新種ウイルスによる伝染病が、パンデミックを引き起こした苦い経験から、疾病対策の意味合いが大きい。
また、犯罪や貧富の差を無くすために、人工授精と人工培養によって、優秀な遺伝子を引き継いだ胎児のみを誕生させた。
更に、誕生して間もなく始まる英才教育によって、優秀な人間だけを育成する。言わばエリートだけで構成された社会こそが、平和な社会の理想型と考えられていた。
ところで、この惑星には高齢の老人の姿が見当たらない。65歳を迎えると、BL(ブレインロッカー)に
BLは、PLCCの地下に納められており、面会は不可能だが音声による面談が可能。先祖や先達たちに
BLシステムの詳細については政府の機密事項の一つで、LOQCSのデータベースでも検索不能として扱われており、BLシステムの
ジーンとミカリーナ王女は、創設されたばかりのPLCCで生まれた。PLCCの創設当初は、人工培養研究の初期実験段階で、遺伝子操作によって人工培養児を誕生させた。
当時は不特定多数の卵子の中から最も優秀な遺伝子を持つ個体を選出し、優秀な父親の遺伝子と融合させる方法を取っていた。誕生前の胎児から英才教育がスタートするという、生命工学の革新的な研究だった。
だが、クローンと同様に
優秀な父親として、フィロング王、王立議会議員、各分野の第一人者である学者などが選ばれた。フィロング王は、正室のトリシア王妃(Tricia Aaron)が病弱の身で、子どもが出来なかったことから、自ら進んで実験に協力した。スタイン議員は、自分が推進している『人口抑制策』のために、自身でも参加したのだった。
宿命の二人は、試験的に誕生させられた究極の試験管ベビーであった。人工培養児は、DNAの特殊操作で優秀な遺伝子だけを引き継ぎ、更に英才教育を受け天才的な能力を備える。
ジーンは、直観力の鋭い頭脳で予知能力を有する天才児。IQは惑星人類最高クラスの200を超える。
ミカリーナ王女は、究極の女性美を追求した結果誕生した。
人も
ジーンの
一方、ミカリーナ王女は、ジーンとは対称的に
更には、共に深い悲しみを背負って生まれた。二人とも本当の母を知らないのだ。生まれたときから、母親の愛情もその肌の温もりも知らずに育った二人。その寂しい思いは心の傷として今でも消えることはない。この傷は、身体的障害よりも重いものである。
抱きしめ合っていた二人は肩と肩を寄せ合った。ジーンは、
肌寒い王宮の夜、満天の星たちは、二人の愛の
しかし、この美しい星空の中に、惑星アーロンの平和を
* * *
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