第1章 (4)運命の出逢い

―――そして、王室晩餐会おうしつばんさんかいは次の週末に開催された。

 晩餐会の会場は王国の歴史ある宮殿の大広間に設けられた。花崗岩かこうがんの大きな柱が立ち並び、壁には惑星アーロンの自然を写し出す壁画が描かれ、見事なまでの美しさを誇る。


 天井を見上げると、「豪華なシャンデリアが……?」と思うところだが、それは違っていた。省電力の照明装置は、余分な飾り物もなくシンプルで落ち着いた雰囲気をかもし出している。近代アーロン王国の環境保全に対する考え方が生かされている。新旧王朝の歴史が混在し、何とも言えぬ神秘的な夢の世界が広がっていた。


 夢の世界に迷い込んだジーンの目に、招待客に会釈する一人の若い女性の姿が留まった。その麗姿れいしは、まるで舞い降りた天使。夜毎よごとの夢に現れた白い天使そのもの。

 近頃ジーンは、毎晩のように幻想的な夢を見ていた。


 水平線の果ての果てまで続く花畑

 赤や黄色の可憐かれんな花が咲き乱れる

 天高く澄みきった青い空

 白い筋雲や羊雲が幾重いくえにも群がる


 雲の彼方より降臨した虹色のシャボン玉

 中では翼を広げた白い天使が舞い踊る

 白い天使は ひらりひらりと舞い降りて

 五色の花にもれて姿を隠す


 白い天使は 可憐な花の妖精をお供に

 オイラのもとへと駆けて来る

 姫様 このジーニアウスにお任せください

 麗美な天使の白い手を優しく包む


 貴方とは 宿命の愛で繋がっております

 いつの日か 貴方のもとへ

 麗美な天使は 微笑みながらささやくと

 純白の翼を広げ 大空へ溶けてゆく


 今晩の天使は、純白のイブニングドレスを身にまとい。ブロンドのロングヘアーを巻貝のようにたばねている。意外とシンプルな出で立ちの中にも魅惑的で実に美しい。

 その麗美なる若い女性とは……。

 アーロン王国王女、ミカリーナ・アーロン(Meecarina Aaron)であった。

 またたきをすることも叶わない。ジーンは、目が釘付けになってしまった。



☆いよいよ晩餐会のはじまり始まり――――――

 初めて対面したジーンとミカリーナ王女は、言葉など無用の長物むようのちょうぶつとばかりに、じっと見つめ合った。そこには時空を超えた二人だけの特別な時間が流れた。


 ジーンは、夢の白い天使そのものである王女に、全ての言葉を失った。それはジーンにとって初めての恋に落ちた証し。

 そして同時に、ジーンの予知能力は、王女の心も運命の力の作用で揺れているのを感じ取るのだった。


 夜のとばりも下りてえんもたけなわ。若い二人にとって、いささか窮屈きゅうくつな時間が流れていた。沸き立つ熱い心の二人は、こっそりと晩餐会を抜け出した。

 このときジーンは、親友の仲であるピーモを、弟のビーオに預けた。宮殿の屋上には二人だけでやって来た。


 コバルトブルーの湖を見下ろす小高い丘に建てられた王宮は、丸みを帯びたエメラルドグリーンの屋根が天にも届く勢いでそびえ立つ。宮殿の屋上は最も高い塔の頂に密やかに造られていた。そこは観葉植物がぐるりと取り巻く小さな花園。まるで二人の出逢いのために用意されたエデンの園だった。


 瞬く銀白色が今にも降り出しそうな満天の星の下、二人の会話は弾みに弾んだ。長編の恋愛映画のように、それは延々と続いた。


「王女様は、自分の夢によく現われました」

「まぁ? それは正夢まさゆめかしら? それとも予知夢よちむ?」


「夢の中で、王女様は、空にきらめく白い天使でした」

「ええっ、天使ですか? なんともファンタジーな世界ね」


「王女様との、この出逢いは、運命なのかも?」

「そうですね、運命を感じますわ」


「王女様は……」

「そ、その王女様は、やめてください。仰々ぎょうぎょうしい呼び方は、好きではありません」

 ミカリーナ王女はやや不機嫌そうな面持おももちだ。


「そうですね。疲れますね? 分かりました。じゃ愉快に! いや、気楽に行こう!」

 ジーンは、このときから王女のことを、親しみを込めて『ミーカ』と呼ぶ。


 暫らくの間、会話も弾みに弾んでいたが、ミカリーナ王女が家族の話を切り出すと、話が止んだ。


「オイラ、母親のこと嫌いだ。どうも馴染なじめない」

 ジーンは目頭を二本の指で押さえた。


「エッ、あんなに素敵なお母様を、どうして?」

 ミカリーナ王女は神妙な面持おももちで尋ねた。


「赤ん坊の頃から、こんな身体のオイラを、厄介者やっかいもの扱いさ。……実はオイラ、本当の母親を知らないんだ。センター生まれでね」

「センター? それって生命制御センター『PLCC』?」


「うん、そうさ! 自分は人工培養児なんだ。しかも究極の試験管ベビーさ」

「究極って?」

 ミカリーナ王女は小首をかしげた。


「この世に数人しか生まれなかった天才児だって。……幼い頃から聞かされていたから、今では、もう平気だけどね」

「数人だけですの?」


「そう! 何が希少価値だ。本当の母親の顔も知らない、ただの試験管ベビーだ。実験用モルモットと同じ。……ほら、この腕なんか、失敗実験の産物。まるで怪物さ」

 ジーンは有るはずもない左腕を挙げてみせた。


「わたくしも、センター生まれって、母から聞いていたわ。……てっ・こ・と・は、わたくしも人工培養児かも? うん、きっとそうだわ」

 ミカリーナ王女は、欠損した腕に驚くどころか、その生い立ちに同調してくれた。


「えっ、ミーカも? でも人工培養児と言っても、普通は母親が分かっているよ」

「母と言っても、わたくしの母は、養母だったの」

「ホント、ミーカも?」

 この時ジーンに備わる予知能力は、この宿命的な出逢いとその未来を感じ始めていた。


「わたくしもね。一昨年亡くした母に、あまり馴染めなかったわ」

「一昨年って?……それはお気の毒に」


「母は、先代国王の一人娘だったのね。それで、父を国王にするために、政略結婚って言うのかな? 先天的に子どもができない体質の母と……」

 ミカリーナ王女の言葉は、ジーンにとって心の傷をいやしてくれる天使のささやきとなった。

「……何だかわたくし達、そっくりだわネ? わたくしも、ほら、出来損無できそこないよ!」

 ミカリーナ王女は、はにかんだ笑顔で、義手の右手をさり気なく外して見せた。


「えぇっ?」ジーンは唖然あぜんとし、言葉を失くした。

「これは神様が下された試練。宿命かしら? どんなに辛い時でも……。この運命、乗り越えましょう。二人で一緒に!」


 ジーンは、彼女の思い遣りと優しさに、こらえていた涙を抑えることができなくなった。彼女の背中に腕をまわすと優しく抱き寄せた。

 ミカリーナ王女も吸い寄せられるようにジーンの胸にほおうずめた。それは二人にとって初めての熱い抱擁ほうようであった。


     * * *


 惑星の総人口は約一千万人、平和な社会を維持するためには、これがリミットと政府は考えている。生命圏の狭い極寒の星でこれ以上の人口増加は、食料面や公衆衛生面で問題が発生し易くなる。特に、百年毎に流行した新種ウイルスによる伝染病が、パンデミックを引き起こした苦い経験から、疾病対策の意味合いが大きい。


 また、犯罪や貧富の差を無くすために、人工授精と人工培養によって、優秀な遺伝子を引き継いだ胎児のみを誕生させた。

 更に、誕生して間もなく始まる英才教育によって、優秀な人間だけを育成する。言わばエリートだけで構成された社会こそが、平和な社会の理想型と考えられていた。


 ところで、この惑星には高齢の老人の姿が見当たらない。65歳を迎えると、BL(ブレインロッカー)に殿堂入でんどういりする。優秀な頭脳は老化した肉体から分離され、BLで永遠の命が与えられるという。

 BLは、PLCCの地下に納められており、面会は不可能だが音声による面談が可能。先祖や先達たちに参拝さんぱいし、蓄積された先人の知恵や教訓などの教授を受けられる。

 BLシステムの詳細については政府の機密事項の一つで、LOQCSのデータベースでも検索不能として扱われており、BLシステムの真偽しんぎは謎に包まれている。


 ジーンとミカリーナ王女は、創設されたばかりのPLCCで生まれた。PLCCの創設当初は、人工培養研究の初期実験段階で、遺伝子操作によって人工培養児を誕生させた。

 当時は不特定多数の卵子の中から最も優秀な遺伝子を持つ個体を選出し、優秀な父親の遺伝子と融合させる方法を取っていた。誕生前の胎児から英才教育がスタートするという、生命工学の革新的な研究だった。

 だが、クローンと同様に倫理りんり問題が問われたり、融合遺伝子にエラーが生じ四肢ししに発育障害が出たりと。問題点が多く研究は封印されてしまった。


 優秀な父親として、フィロング王、王立議会議員、各分野の第一人者である学者などが選ばれた。フィロング王は、正室のトリシア王妃(Tricia Aaron)が病弱の身で、子どもが出来なかったことから、自ら進んで実験に協力した。スタイン議員は、自分が推進している『人口抑制策』のために、自身でも参加したのだった。


 宿命の二人は、試験的に誕生させられた究極の試験管ベビーであった。人工培養児は、DNAの特殊操作で優秀な遺伝子だけを引き継ぎ、更に英才教育を受け天才的な能力を備える。

 ジーンは、直観力の鋭い頭脳で予知能力を有する天才児。IQは惑星人類最高クラスの200を超える。

 ミカリーナ王女は、究極の女性美を追求した結果誕生した。容姿端麗ようしたんれい頭脳明晰ずのうめいせきなことは勿論のこと。強い直感能力を持ち、心豊かで優しさと冷静な判断力を兼備けんびする。


 人もうらやむほどの天才児の二人だが、強引な遺伝子操作の副作用で、重い障害を背負わされていた。

 ジーンの隻腕せきわんの障害は左肩に生じ、発育不全で腕の付け根から欠損している。だが親友ピーモの介助のお蔭で、健常者と変わりなく日常生活は送っている。

 一方、ミカリーナ王女は、ジーンとは対称的に右肘みぎひじから先が欠損。しかし、人工皮膚でおおわれたサイバネティック・アーム(ロボット義手)により不自由はないという。


 更には、共に深い悲しみを背負って生まれた。二人とも本当の母を知らないのだ。生まれたときから、母親の愛情もその肌の温もりも知らずに育った二人。その寂しい思いは心の傷として今でも消えることはない。この傷は、身体的障害よりも重いものである。



 抱きしめ合っていた二人は肩と肩を寄せ合った。ジーンは、こごえた彼女の手を優しく包み、高い夜空を見上げて星に願いを込めた。それは宿命の二人にとって明日への誓いだった。


 肌寒い王宮の夜、満天の星たちは、二人の愛の行方ゆくえを祝福するかのように、どこまでもキラキラときらめいた。その高貴な輝きはやがて夜空に浮かぶ宝石となった。


 しかし、この美しい星空の中に、惑星アーロンの平和をむしばみ、二人を波乱に満ちた運命へといざなう、『悪魔の輝き』がひそんでいることを、この時の二人には知るよしもなかった。


     * * *


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