第4章 (11)希 望 Part②

 暫らくして、スティーヴ博士がディスクを手に取り持ち上げた時だ。

 水平面で回転していたそれは、突然垂直軸で回り出した。リング状のディスクが博士の予想通り、球体に変わったのだ。

 すると新たな録音が聞こえてきた。それは長い説明の途中から再生されたようだ。


◆◇◆『喋るリング』の声(Part2)◆◇◆


……私たちが、この氷の星に漂着してから何日が過ぎただろうか。寒冷で不毛の大地に、あの小さな太陽が昇るのも十回目を数える。

 この惑星の一日は25時間だと分かった。私たちは銀河系のどこか、別の太陽系の惑星にいるようだ。私たちの太陽系に例えれば、第四惑星辺りか、それより遠い外惑星の軌道を公転している。

 太陽からはかなり遠いが、二酸化炭素を多く含み、大気層がとても厚い星だ。その温室効果の為か、地熱でもあるのか、かろうじて氷点を上まわる地表が存在する。液体の水が存在できるのは、何よりもありがたい。

 ここは一体どこの宇宙域なのか。一体どの時代なのだ。突然襲ってきたソーラーストームの影響だろうか。それともワームホールにでも、飛び込んでしまったのか。何れにしても、時空をワープしたに違いない……


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ここで再生が途切れた。すると、いきなり天才科学者は驚くべき推測を口にした。

「そうか、分かったぞ。ノアーは移民団のリーダーなのだ。汚染された惑星をのがれ、新天地を目指したようだ。そして、漂着ひょうちゃくしたのが、この氷の星だった……」


 スティーヴ博士は、一息おくと首を傾げた。

「だが? 不思議なことは、時空を瞬間移動している点だ。別の宇宙空間にワープしたか? タイムスリップを起こした可能性が?」


「タイムスリップですか?」

「そうだ。吾輩も、Cosmic Streamに乗った時、何度かタイムスリップを経験している。実際、吾輩の銀河旅行の所要時間は、宇宙船内で5日間だった。君たちの時間では、再会まで40日以上待った筈」


「はい、その通りです」

「……つまり、『宇宙旅行とは、同時に時間旅行でもある』と言うことだ」


「そういえば……。オイラもテストフライトのとき、宇宙船ではたったの一日が、地上に戻ると二週間が過ぎていました。やはりタイムスリップです」


「そうだとも、ジーン。宇宙航行には、タイムスリップの可能性はつきものだ。たとえ原因は違っても。……例えば、Cosmic Stream。準光速飛行。ワームホール。それらが複合した場合も考えられる。何百光年でも。何百万年でも。時空を飛び越える可能性はある」


「とても信じ難いですが、解りました。ところで、タイムスリップは、未来へだけですか?」

「いやいや、過去だってあるさ。ワームホールが関係した場合などに、起こり得ると言われている」


「だとすると……、ノアーは、予知能力を持つエイリアンと言うより、未来からやって来たと、考えることもできますよね?」


「まあ、それもあり得るが。ジーン、それが何か?」

「未来人だと仮定すると、ノアーの伝説も、予言も、スッキリ説明がつくんですよ!」


「それはとても興味深い考えだな。詳しく話したまえ」

 スティーヴ博士の瞳が輝きを益した。


「はい、博士。それでは自分の推理を聞いてください」

 ジーンは詳しい説明をつづけた。


(未来の太陽系に住んでいたノアーは、汚染された惑星を逃れて、他の惑星に移住する宇宙船の旅に出た。航行中に宇宙船はソーラーストーム太陽嵐に襲われ、同時にワームホールへ飛び込んでしまった。

 その結果、過去へのタイムスリップが起き、漂着したのが氷の星。不毛の惑星を開拓し、惑星の歴史を切り開いた。

 更に、惑星の消滅を知っていた訳は、ノアーが住んでいた未来の時代では、氷の星は既に存在しない。ノアーは、自分が過去の太陽系に来てしまったことを、何かでつき止めたに違いない。ノアーはこの太陽系の構造を知ったのだ。

 四つの兄弟星の伝説が生まれたことからも推察できる。それがこの水の星にも繋がった。つまり、この新惑星『水の星』は、ノアーが住んでいた惑星の、過去の姿なのではないか。)


 スティーヴ博士は、とても感心した様子で、腕を組み替えながら喋り出した。

「うーん、よくぞそこまで……。君の推理は九分九厘くぶくりん正しい。でも科学的には証明でない。あくまで推論としては、素晴らしいのだが。どうしても証拠が欲しい」


「はい、分かりました。それをこれから探します」

「チョット待った! 天才遺伝子」

 これまで言葉がなかったサームが、突然割って入った。


「急になんだ。サーム」

 ジーンはサームを凝視した。

「ジーニアウス、その答えは、おそらくこのディスクの中にある? ディスクの容量から推定して、ノアーの日記が、何十年分も記録されている可能性が」


「何だって、ノアーの日記だ?」

 ジーンは、突如飛び出したサームの意見に驚いた。


「さすがわ、サーム君。このディスクは、ノアーのVoice Logかも知れぬ? 航行日誌は、船長に義務付けされている筈。ジーンもつけてるね? Ship's Log 」

「はい、勿論です。この星に来てからも、ずっと記録しています」


「そこで、最後の日記の部分が予言、いや遺言なのだよ。このディスクは、最新の記録から自動再生するよう、プログラムされているのだろう。吾輩の直感だがね?」

 スティーヴ博士は、更なる推理を加えた。


「それは、凄い! 間違いない。二人の天才の推理が一致したんですね」

 ジーンの隣で無言だったビーオが、興奮を抑え切れずに口を挿んだ。


「それでは、ディスクの音声記録をすべて読み取って、テキストデータ化しましょう」

 天才工学技師の名案が飛び出した。


「なるほど、データベース化か? それはよいアイデアだ。録音をそのまま聞いていたら、何日掛かるか分からない。早速そうしてくれたまえ。サーム君」

 スティーヴ博士も頬を膨らませ興奮気味だ。


「ハイ! ドクター。ピーモに、データをロードしてもらいます。ピーモ頼んだよ」

「リョウカイ! サーム」ピーモはいつものように目をクルクル回してアクセスした。


 ピーモのローディングが終わるまで、予想以上に時間を要した。ノアーの音声記録は長年に亘っていることが推測できる。この記録の中に答えがきっとある。


     * * *


 小一時間の時が過ぎ、ようやくLOQCS-02にデータベースの準備が整った。

 早速ジーンは、ピーモを通して質問をぶつけてみた。

「ノアーの日誌データへアクセスだ。頼んだよ、ピーモ」


「リョウカイ、ジーン。イツデモオウケイ、ダヨン」

「それでは、ノアーの年齢は?」


(( はい。37歳の時に氷の惑星に漂着。そして、亡くなったのは87歳です。))


「なるほど。五十年も掛けて、惑星を開拓したってことか。では、ノアーの家族は?」


(( はい。夫人と3人の子供たちです。ノアーは氷の惑星に来てから、移民団にいた夫人と結婚。また、惑星に漂着して間もない頃、乗船していた両親を亡くしています。))


「それはお気の毒に……。ところで、その宇宙船の乗組員は、どれ程いたんだ?」


(( はい。ノアーの家族の他に、5つの家族。各家族は5人程で、合計30人程の小さなコロニーを形成しています。))


「まさに移民団だな? データベース化は凄い。何でも答えが出てきそうだ」

「ジーニアウス、待った! それくらいにして、続きは後で、やってくれ」

 突然、サームが眉をしかめながら割って入った。


「サーム君の言う通りだ。急ぎの情報を優先しよう」

 スティーヴ博士が優しく言葉を加えた。


「了解! それでは、単刀直入に。……ノアーは、どこから、いつ、来たのか?」

 ジーンは慎重に質問をすると、固唾を飲んで答えを待った。


 ピーモはゆっくりと目をクルクル回した。


(( はい。この水の惑星からです。時代は、この惑星暦で二十三世紀初頭です。))


「その時代とは、過去のことなのか? それとも未来か?」


(( はい。この水の惑星の未来です。))


「やはり、そうだったか……」ジーンは言葉が尽きてしまった。


 推理がこれ程まで完璧に証明されてしまうと、驚くというよりも怖いくらいだ。

 スティーヴ博士をはじめとする周りの皆も唖然あぜんとした表情で固まっていた。暫らくの間、誰の口元も開くことは無かった。


 これで事実がすべて判明した。信じ難い話だが、人類のルーツはこの水の星にあったことが分かった。そして今、その命の種を自分たちの手でいたことになる。

 それは命のサイクルとでも言えばよいのか。それとも、命のリングと呼ぶべきか。無限に続くメビウスの輪・・・・・・の如く、生命はめぐりにめぐっていた。

 

 






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る