第4章 (10)希 望 Part①

 休憩をはさんで話し合いは続いた。博士の提案に合わせて、宇宙旅行の計画を立てることになった。最初にこの新惑星の位置を確認すると。

「ところで、予言者は、何故この星を示した?」

 スティーヴ博士が疑問を投げかけた。


「はい。録音ディスクでノアーの声を聴きましたが、その中で水の星を目指せと」

「なるほど、録音ディスクを残したということは、何か、秘密が隠されているかも知れぬ? 吾輩にも聴かせてくれたまえ?」


 ミカリーナがいつも大事に身に着けている王様の形見を、ジーンはまた拝借した。

 プラチナ製の蓋が開き、虹色に輝くディスクが現れると、スティーヴ博士は目を丸くした。

「ジーン。これは凄い! ただのディスクじゃないぞ」

「何ですってぇ?」

 ジーンは、手にしたディスクを見まわした。


「よく見たまえ。このディスクは立体構造を平面に圧縮している。見事な量子工学の産物。見かけは平たいリング状ディスクだが、元々は球体のようだ。……そうなると他にも、大量のデータが、保存されているはずだ」


「それは気がつきませんでした。確かに、音声以外にも、音楽が入ってました」

「いや、それだけではないはずだ。音声と音楽だけなら、一つの平面だけで、容量は十分」

「では、他にもデータが?」

「そういうことだ、少し調べてみよう」


「はい、博士。……それでは、まず、これを」

 最初にノアーの肉声を聞いてもらうことにした。以前と同様に、録音ディスク『喋るリング』をテーブルの上にそっと置くと、少し浮き上がり自動的に再生を始めた。


◆◇◆『喋るリング』の声 ◆◇◆ 【再々掲】


 私はノアー。この氷の惑星の平和を願って、つぎの言葉を後世に伝えよう。それを必ず伝承し、子孫たちに残して欲しい。


それは――――

『生きとし生けるものすべてを尊び、人は人の命を決して奪ってはならぬ』


 私が生まれた星は、人間同士の殺戮さつりくの歴史であった。人の命と引き換えに土地を奪い合い、エネルギー資源をむさぼり合う、獣にも劣る生き物だった。

 私は、そんな星から逃れてこの惑星にやって来た。その星では身勝手な人間たちが自然を我が物のように改造していた。その結果、自然破壊が進み異常気象などを招き、多くの都市が壊滅した。とうとう自然が、人間たちに反撃の牙をむいたのだ。


『見えない敵ほど、怖いものはない』

 特に細菌やウイルス、電磁波や放射線は脅威だ。

 中でもひどいのは、放射線をき散らす核物質。その星の北半分は放射能に汚染され、生物のほとんどの種が滅びた。自業自得なのだろう。人間も南の小さな大陸に逃れやっと生き延びた。百億もの人口の繁栄は、あっという間に百分の一まで衰退した。

 だが、少ないはずの人口も、限られた生命圏では抱える余裕はなかった。仕方なく人間は、他の惑星へと移住する道を選んだ。私も家族と共に移民団に加わった。


 私たちは、人類史上最悪の殺戮の時代に生まれたあの悪魔を封印した。それは至上最強最悪の方程式【E=mcc】。

 この悪魔の方程式は、アダムの林檎の如く、悪魔が無知なる人間に授けた知恵。悪魔の火道具を編み出す悪の教典であった。


 昨年暮れの日記にも記録したことだが、幸運にも原子力に代わる新エネルギーを、この未知の星で発見することができた。それは私の生涯で、科学者として最高の誇りである。人類の永年のエネルギー問題に、終止符を打つことになるのだ。

 新エネルギーの概念を『宇宙エネルギー』とでも呼びたい。空間そのものがポテンシャルを持ち、物質が存在すること自体がエネルギーだったのだ。宇宙の大半を占めると言われるダークエネルギーの検証にも繋がると、期待できるものである。


もう一度言う――――

『人間は人間を殺めてはならぬ。自然を壊してはならぬ』


 それから、つぎの予言は封印して欲しい。その時が来るまで、この事は決して人々に知られてはならない。アーロン一族で守るのだ。


それは――――

『この惑星はいつの日か必ず滅びる運命にある』


 辛く悲しいことだが、そう遠くはない将来、それは起こるだろう。原因は私にも分からないが、この太陽系から消滅することになる。

 その時が来る前に人類は英知を磨き、逃れる手立てを準備せよ。そして、その時が来てしまったら、知恵ある若者が勇気を振り絞り、伝説の惑星へ逃れよ。そのとき若者は人類の救世主となるだろう。


 四つの兄弟星の中でも奇蹟の惑星、それは青く輝く『水の星みずのほし』。きっと人類を温かく迎えてくれる楽園=約束の星となろう。

 ただし、すぐ隣で、誘惑の黄金色に輝く『焔の星ほのおのほし』には、決して近づくことなかれ。そこには生命の存在を許さぬ、灼熱地獄が大口を開けている。


最後に――――

 この未開の惑星『氷の星こおりのほし』を命名しよう。

 その名は・・・・……『The Planet Aaronth』(惑星アーロン)


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


『喋るリング』の声は、聞けば聞くほど不思議な威厳いげんを感じる。まるでマントラのように心の奥まで響いてくる。

 ノアーのメッセージというのは、人類を正しい未来へと導く教典のようだ。


 録音を初めて聴いたスティーヴ博士は、眉を上下に揺らして、とても驚いた様子である。

 同じく初めて聴く、隣のユーン夫人とアラン博士は、口を真一文字にして聴き入っていた。二人とも声には出さないが、目を丸くしたその表情から、かなり驚いている。


「凄いな。これがノアーの予言か。ジーンの言う通り遺言のようでもある。・・・・・・ともかく、惑星アーロンの開拓者だったことは確かだ。しかも、惑星の名付け親だったとは? うーん」

 スティーヴ博士は何度も頷いた。


     * * *


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