第4章 (8)協 議 Part①

■◇■〔航行日誌〕惑星暦3039年162日 ログイン ⇒


 有り余る太陽の恵みを授かる惑星環境は、オイラ達にとって過度の投薬と等価だった。DNA検査の結果から、そのデリケートな肉体で、新惑星の環境に永住することは、不可能であることが判明した。


 生き残るためには、自分たちに都合良く惑星環境を改造するしかないのだ。

 しかし、それでは自然破壊を引き起こし、生態系のバランスをこわしてしまう。それはノアーの教えに反する。オイラ達は、大いに悩みに悩んだ。そしてミーティングを重ね、議論を尽くした。


===以上、ログアウト □◆□



 この星で生き残るためには、惑星環境を改造するしかない。それでは自然破壊を引き起こすことに。ノアーの絶対平和主義の教えに反する行為は厳禁だ。今後の運命は再び新天地を探す破目はめになるのか。

 そんな想いが頭の中を駆け巡り、ジーンは今日も眠りについた。


 目を開けると そこは広大な銀河のうずの中

 まばゆい光の波が満ちて来た

 双子の太陽は 仲睦なかむつましく寄り添い

 果てしなく遠い 地平線に熔けて行く


 いつの間にか 降り出しそうな満天の星

 ここは何処だ おーいミカリーナ

 大声で叫んでも どこからも応答はない

 声をたてているつもりだが 手応えがない


 周りは見知らぬ大地が 濃灰色に広がる

 見たこともない奇妙な草木が茂り

 乱立する木立の隙間をのぞくと

 青銅鏡のように広がる 大きな湖が


 いつの間にか 体は軽くなり

 ふんわりとそらに浮かんだ

 静寂が包む モノトーンな濃紺のうこんの湖面

 大と小二つの衛星は 銀白色ぎんぱくしょくに浮かぶ


「ここは何処なんだぁ?」

 ジーンは、また大声で叫んだが、相変わらず手応えがない。

 何処にも人影一つ見当たらない。生き物の気配は全くない。ほおさす微風そよかぜすら感じない。

 いったいここは何処なのだ。どこか遠くの惑星か。

 どうしてこんなところに……。


(ジーン、ジーン。ジーニアウス……)

 ジーンの背後で、天使のエコーが響いた。


「そうだ、あの声は・・・・・・? ミカリーナが自分を呼んでいる」

 声のする方へ振り向くと、そこには銀河の渦がひたすら広がるだけ。

「ミカリーナァ! どこだぁ!」

 ジーンは、満天の星々に向かって叫んだ。


 宙に浮かんでいたジーンの体は、灰色の大地にひらりと舞い降りた。

「ジーン。起きて、ジーン」

 天使の声からエコーが消えて、はっきりと耳元に届いた。

 ジーンはハッと目が覚めた。


「どうしたの? ジーン。夢でも見ていたの? ・・・・・・」

 ミカリーナの可愛い瞳が、ジーンをじっと見つめていた。

「何だが、うなされていたみたいよ?」

 REXルームのベッドに横たわるジーンの脇には、彼女が寄り添っていた。


「オ~ハヨウ。ミーカ」

「オハヨじゃ、ないわよ。お寝坊さん。もうお昼よ」

 ミカリーナの笑顔が弾けた。


「そうだ、明け方一度起きたんだが、また寝てしまった。ハ~ウ……」

 ジーンは大欠伸おおあくびをしたが、頭の中はまだボーッとしている。

 しかし夢の内容だけは、やけにはっきりと覚えている。


「それにしても不思議な夢だった」

「やっぱり夢を見てたのね」

「あんな不思議な夢は、久しぶりだよ」

「えっ? 不思議な夢。どんな?」

 ミカリーナは、首を傾げて微笑んだ。


「映画でも観ているようだった。オイラは、見知らぬ星にひとり。銀河の渦が眼前がんぜんに広がり。満天の星がまぶしく。灰色の湖には二つの衛星が……。もう言葉では無理。実に幻想的だった」

「それは素敵な夢ねぇ。また予知夢かしら?」

 ミカリーナの優しい眼差まなざしが、ジーンには眩しかった。


「いやー、今度の夢は、現実離れし過ぎだ。続きはまた後でね。さぁて、起きなくては?」

「疲れているのね、ジーン。今日ぐらい、何もしないで、ゆっくりしてもよろしくてよ?」

「そうだね、今日ぐらい。それもいいかな?」

「そうなさいよ、キャプテン」


「分かった! ・・・・・・ところで、あの研究の虫には参った。三日も徹夜して、平気なんだから」

「でも、その熱意で成果が出たんでしょ?」

「そうさ、大成功さ。ビーオの実験は凄いよ。お蔭で、人類の血を、この星に残すことが出来る。しかも、オイラと君の子孫でもあるんだ。少し照れるけど」


「それは素敵ね。嬉しいような、恥ずかしいような? ちょっと不思議な気持ち。……でも良かったわ。これで勅命ちょくめい、遂行したのね?」

「うん。そうだよ。任務完遂かんすいだ!」

「きっと、天国の父も喜んでるわ……」

 ミカリーナの言葉が途切れた。よく見ると彼女の大きな瞳はうるんでいた。


「でも、ミーカ。喜んでばかりは、いられないんだ」

「どうして?」

 ミカリーナは、ジーンの手をさすりながら首を傾げた。


「DNA検査で判明したんだ。オイラたちは、このままだと、この星には住めない」

「どうしてぇ? 『船外活動の五原則』に従っても?」

「残念だがそうなんだ。五原則が有効なのは短期間の話さ。せいぜい半年が限度」

「それでは、どうしたらいいの? ジーン」


「それは……、改めて新天地を探すことになるかもね」

「新たに探すってぇ? それでは、何処へ?」

 ミカリーナは、不安気な表情に変わった。


「別の土地へ移るか、他の惑星を探すことになるか。これから話し合いたいと思う」

「みんなで?」

「そうさ。自分たちの将来の事だから、運に任せるんじゃなくて、自分たち自身で切り開くのさ。だから話し合いが必要なんだ」

「なるほど!」ミカリーナは視線を合わせると小さく頷いた。


 確かにDNAの融合実験は成功したが、それはあくまでも人類の未来の話である。新惑星の環境に、自分たちが永住するには問題点が多過ぎる。ジーンたちの肉体は、DNA検査の結果、惑星環境への適応は不可能であることが明白となった。


 唯一生き残る方法は、惑星環境を自分たちに都合よく改造して、大自然を人工的にコントロールするしかない。それでは自然破壊を招き生態系を壊す破目になる。ノアーの教えにそむく行為に、ジーンは深く思い悩んだ。最早もはやこの星で生きる道を断念するしかないのか。


     * * *


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