第4章 (7)創 生

 猿人のDNAデータから得られる進化のシミュレーションでは、奇蹟的な突然変異が、何度も何度も起こらない限り、人類と同等の知性を持つ進化には至らないことが分かった。

 そこで、人類のDNAをそのまま融合させて、急激な進化を許してしまうと、自然界のバランスを崩す恐れが出てくる。高度な知性を持つエイリアンが、この惑星を侵略するのと同等な結果を招く。


 ビーオは思い悩んだ。せっかく奇蹟の遺伝子が見つかったというのに、このままでは異種間融合は実現に至らない。いよいよアラン博士の援助を請う時が来たようだ。


 早速、アラン博士にSCIルームまでご足労願った。ただ博士は、過去の過ちを悔いて、生命工学に関する実験を封印していた。せめて助言だけでも貰えるとありがたい。

 そんな博士にビーオが尋ねると、予想通りの答えが返ってきた。


「悪いが、ワシは生命工学を辞めた。神の領域に、関わることはできぬ」

 アラン博士は、視線を少しそらしたまま答えた。


「もちろんです。助言を少し頂けるだけで幸いです」

「多少のアドバイス程度なら、よいが」

「ありがとうございます。博士」

 ジーンとビーオは一緒に頭を下げた。


 アラン博士は、腕組みをしながら頬を引き締め、ビーオに視線を合わせた。

「生物は、永い時間をかけて進化する。この星の生物も、何百万年もの時を費やし、今の姿になった筈。だから自然のリズムを壊さぬよう、急激な進化は避けるべきだ」

「はい。それは十分承知の上です。その進化をどうすれば?」


「遠くばかり見ていないで、まずは、足元を見直してみてはどうだね?」

「つまり、基本に戻って考えるって、ことですか?」

 ビーオの反応は素早かった。


「ビーオ君、正解!……では、進化は何故起こる?」

 博士は、組んでいた腕をゆっくり解きながら質問を加えた。


「はい、DNAの突然変異によります。生物進化の根本原因です」

 若き生物学者は、周知の事だと言わんばかりに即答した。


「ご明算! ならば、その根本原因を、時々作ったらどうだ?」

「突然変異を、起こさせるのですか?」

「そう、突然変異を起こす、時限装置をつくればよい」

「えっ、時限装置?」

 ビーオは、小首を傾げて目を丸くした。


「遺伝子の中に、時限装置をプログラムするのだよ」

「要するに、時限爆弾のタイマーですか?」

「大・正・解!  突然変異を起こす『進化のタイマー』。……少しずつ、何度も起こるように」

「博士。それは画期的なアイデアですね。進化をプログラムできたら凄いです」

 ビーオの顔は、後光が差したように明るくなった。


「ワシの役目は、このあたりで、終わりにしよう。それでは、頑張ってみなさい」

 ビーオの笑顔を確かめると、博士は安堵の表情を浮かべて部屋を去った。


 早速ビーオは、遺伝子のプログラミングという世紀の大発明に取り組んだ。

 その遺伝子には、時間をかけて緩やかに進化するプログラムが組み込まれた。新惑星の人類に進化するための『進化のタイマー』が、DNAにセットされた。


 シミュレーションで誕生した新生命体は、見かけはあの『猿人』とほとんど変わりはなく相違点はごく僅か。ビーオは、区別するために新生命体を『原人』と呼んだ。

 原人は、バーチャル映像とは思えないほど見事な姿を現した。全身が焦げ茶色の毛むくじゃらで、両腕がやや短く足は逆に少し長い。その点ぐらいが猿人と見分けるポイントで、これは既存の猿人との共存を考慮した結果だ。


 あくまでも現状の生態系を存続し、ゆっくりと人類へ進化する。

『生命のゆりかご』の準備が整った。


 DNAにセットされた進化のタイマーとは、数万年ごとに突然変異を引き起こす緩やかな進化のプログラムである。数百万年後には、アーロン星人類にも負けない知性を備え、高度な文明を築くことだろう。



 ビーオが進めるDNAの融合実験は最終段階に入った。

 アラン博士から受け継いだ生命工学のテクノロジーを駆使し、実際の細胞から人工授精に成功した。

 ジーンとミカリーナのカップリングから生まれた遺伝子が、新たな生命になるとは、妙な気分だが。ジーンは、我が子が誕生するような喜びを感じていた。


 新たな命の種となる受精卵を、母体となる十頭の猿人に、ナノロボットを駆使して受胎させた。その後は自然に誕生するのを待ち、一頭でも無事に誕生すれば大成功である。


 一週間後、それを確かめるべく、『真実を映し出す魔法の鏡』であるアナライザーで十頭の母体を追跡探査した。

 タイムスコープの心臓部、四次元投影装置の性能には改めて脱帽だ。胎児の未来の姿を見事に映し出して来た。それは受胎後300日目、誕生間際の五体満足の胎児の姿であった。


 ビーオの計算では10%どころか、90%以上の確率で実際に誕生するという。十頭の原人が誕生する可能性も期待できる訳だ。

 ビーオの満面の笑みが、その自信を物語っていた。


 人類の未来は原人たちに託された。

 人類の血を残すという最大の使命は、ここに完遂した。

 このときジーンとミカリーナは、新惑星人類のアダム&イヴとなった。


     * * *


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