第4章 (3)探 索 Part③
幾つものジャングルを越え、西へ進路を取った。いよいよ目的地、草原が見え隠れする魅惑の森林が見えてきた。
今日も磁気シールドを保護色モードに切り替え、周りの景色に溶け込むように息を潜めた。例の類人猿に、また遭えるだろうか。ジーンはゆっくりとグラビポッドを進めた。
やがて赤い実が生る木漏れ日の中に、大小二つの影が、ゆっくりと動く気配があった。
「あそこだ! あの太い木の奥だ」
ビーオは、声を極力抑えて小さく叫んだ。
「どの生物だね?」
後席のアラン博士が、操縦席まで身を乗り出してきた。
「あれです。黒っぽくて毛むくじゃら、二本足のやつです」
ビーオは真っ直ぐに指差した。
「珍しい類人猿だな? ビーオ君」
「そうなんです、他の猿とは違うようです」
「よく見つけたね。ジーニアウス君」
「はい、最初の生物調査の時に、偶然なんですが。なっ、ビーオ」
「そうです。偶然にしては、余りにも出来過ぎで。何か運命的な、神のお導きでも?」
「待って、ビーオ。お前、大袈裟だぞ!」
「いやいや、ビーオ君の言い分にも一理ある。出逢いというものは、必ず意味がある筈だ」
アラン博士は真顔で割って入ると、ビーオを援護した。
「そうですよね? 博士。さすがに学問を究めたお方は、どこか違いますねん」
ビーオの口調には、どこかローンの訛りがうつっていた。
「君たちが、初めてあの生き物に出遭ったとき、何か感ずるものがあったのでは?」
「そうですねぇ。あのときは驚きというよりも、何とも不思議な感動でした」
「ビーオの言うとおりです。……類人猿の仕草に感動しました」
「感動があったか? なるほど」
博士は、満面の笑みで頷いた。
こんな会話をしているうちに、当の類人猿は間近に迫ってきた。グラビポッドは10m程の高度を保ったまま静かに浮かんだ。
「二足歩行はぎこちないが、大きい方は手の使い方が凄い! 人類に酷似しているぞ」
博士は、じっと見つめながら呟いた。
「でしょ?……博士。ボクも、そこに感心しました」
ビーオは博士の隣に席を移した。
「ほら、あの赤い実。上手に皮をむいてから食べているね。知能が低いやつだと、皮ごと丸かじりだが、この類人猿は違う。知能は相当高そうだ」
アラン博士の観察眼は鋭い分析を加えた。ビーオは声を潜めて何度も頷いた。
「早くDNAを見てみたいね。ビーオ君」
「ハイ、博士。早速サンプル採集を行います」
ビーオは、ELSアナライザーを起動し調査を始めた。それは『真実を映し出す
先ずは透視スキャンの映像から次々と類人猿の特徴が浮かび上がった。頭骨の形状はとてもグロテスクだ。眉の部分の骨がかなり隆起し頭骨の中央も突起している。頭蓋骨は大きいが脳の大きさは400㏄程度。親と思われる個体でも身長は1m余りと小柄。また、上腕の骨が長いので樹上生活から二足歩行に進化して間もないようだ。
まだ外見的な特徴だが、人類と比較するとかなり原始的な類人猿だ。しかし、他の霊長類とは一線を画している。区別する意味で、ビーオは『猿人』と呼んだ。
「ビーオ君。あの猿人を捕獲する気かね?」
アラン博士は、心配そうに眉をひそめた。
「いいえ。とんでもない!……これを使います」
ビーオは、超小型のサンプル採取器をウィーナから受け取り、博士に提示した。
採取器はハンディサイズのL字型の短銃に似た形状。毛むくじゃらの全身から一本でも体毛が採取できれば十分だと言う。
ビーオは、窓の隙間から、猿人の背中を目がけて採取器を放った。それは細長い紐のようなレーザー式マジックハンドといった感じだ。ハイテクなのか原始的なのか、よく分からない変わった代物である。
ビーオは猿人の肩の後ろの体毛を見事に採取。猿人は虫にでも刺されたかのように、ピクリと反応し肩を掻いていた。特に痛がる様子もなく立ち上がり歩き出した。
「ビーオ君、お見事。あれなら安心。完璧だ!」
博士は組んでいた腕を解きながら賞賛した。
ビーオは、採集ビンにサンプルを閉じ込めると、真横から覗きながら呟いた。
「これで採取成功だ。毛根までしっかり取れた。早速帰って分析にかかる」
ビーオは、皆に見えるように頭の高さに採集ビンを差し出した。
三人は顔を突き出して、それを覗き込んだ。ビンの中には5㎝程の黒くて太い縮れた毛が三本見えた。
余りにも短時間で事が済んだので、ジーンは首を捻った。
「ホントに、これだけでいいのかい? ビーオ」
「そうだよ、ジーン。早く帰ろう」
「でも、せっかく来たんだから、もっと観察して、データを沢山取らないか?」
「もう十分さ。ここの生態系データは、アナライザーが全て集めたから。あとは帰ってから、LOQCS‐02に分析してもらえばいいのさ」
ビーオは涼しい目をして答えた。
「そうだね、長居は無用。長引くと、生態系にストレスを与えてしまう」
アラン博士が腕組みをしながらつづいた。
「はい! 博士。我われの存在に、周囲の動物たちが、気付き始めていますね」
「その通りだ。ビーオ君。……さあ、ジーニアウス君。出発しよう」
「はい! 博士。ビーオ行くぞ」
いくら保護色で隠れていても、野生の本能が相手だ。小枝に止まる小鳥たちのさえずりがやや大きくなった。辺りはにわかにざわつき始めていた。ジーンはアクセルをゆっくりと開けた。グラビポッドは静かに林を抜け出し進路を北に取った。
その時あの灼熱の太陽は、頭上から西へ傾き、陽射しは和らいでいた。ジーン達は、グラビポッドを休まず走らせ帰路についた。
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