第4章 (2)探 索 Part②
翌朝、アラン博士に同行を依頼し、サンプル採取に出掛けた。
今回は単なる観察とは違う。詳しいデータを取るために、ELSアナライザーの出番となった。メンバーは四人で、ジーンが操縦を担当し、ビーオが助手席でナビゲーターを務める。後部座席にはアラン博士と、生物調査班のウィーナが同乗した。
ジーン達は、前回の生物調査の時と同様に大河沿いに南下した。幾つものジャングルを越え、あの草原が見え隠れする森林を目指す。アラン博士は、初めて見る大自然が織り成す景観に見惚れて、幼児のように窓際に貼り付いていた。
太い大河の川幅も半分近くに狭まった頃。アラン博士は窓から離れて、前席に身を乗り出してきた。
「ここの生態系は実に素晴らしい。一言で言うなら、これぞ本物の自然だ! うーん」
博士は、溢れ出す感激を言葉にしきれない様子だ。
「はい。その通りですよ。博士……」
ビーオは、後ろを振り向きながら応答すると、思い出したようにつづけた。
「そう言えば、サームも同じ事を言ってました。この星の自然界に比べると、惑星アーロンの自然なんて、まるで箱庭だったと」
「まさにその通り、サーム君の洞察力は鋭いな。惑星アーロンでは、自然と言っても、人の手が入っていないところは、極地と海洋だけだったからね」
「そうでしたかぁ? 知りませんでした」
ビーオは声のトーンが上ってきた。
「そうだったか? 君たち若者は、知らないかぁ? 最近じゃ歴史の教科書まで、記述が簡素化されて・・・・・・。ましてや創世記のことは、伝説としてしか扱っておらん」
『創世記』、『伝説』と聞いて、ジーンは、グラビポッドのスピードを急に落とした。そして河岸で広い平地を探し、グラビポッドを停留させた。
「急に、どうしたんだ? ジーン」
ビーオが心配そうに訊いた。
「いや、異常じゃない! 博士の話に興味があって……。それに、一休みさ」
ジーンは、幼いころから古代の歴史に興味があったのだ。
休憩中には、ジーンも二人の会話に加わった。
「そうだったんですか? 創世記のことを、自分も詳しく知りたいですよ」
「それではジーニアウス君。惑星開拓の歴史についてだけど、少しは知っておるね?」
アラン博士は、眉を狭めながら尋ねてきた。
「はい、少しなら・・・・・・。予言者ノアーが、その開拓の祖と聞きました」
「その通りだ」
「でも、歴史で習ったのはそれだけす。創世記の時代のことは、詳しくは知りません」
「ボクも同じです」
「やはりそうだったかね? それでは惑星開拓の序章だけでも、少し話しておこう」
「お願いします‼」
ジーンとビーオは声を揃えた。
アラン博士は、ジーン達の世代では殆んど知らない、創世記について語り出した。
(今から三千年前。予言者ノアーの時代、惑星アーロンは不毛の大地が広がっていた。赤道直下のみ赤茶けた土壌があったが、1000kmにも満たない狭いベルト状地帯。あとは両極まで氷の大地が延々と続く極寒の星だった。
その時代は大気組成も大きく違い。窒素と二酸化炭素ばかりで、僅かにメタンガスを含み酸素はない。赤道直下の平均気温は、0℃を僅かに超えていたため液体の水は存在した。だが、生物の生存が許される環境ではなかった。
そんな無機質な大地に生命を吹き込んだのがノアーだ。ノアーが魔法の杖を振り下ろすと、神秘に満ちたオーロラのような光のベールが広がり、大気や大地を潤した。
最初は小さな植物たちが、赤茶けた土壌を淡い緑色に染めた。すると酸素が作られ水蒸気は雲となり、雨が降り出した。次第に地上は、深緑のグリーンベルトに変わっていった。
気温も徐々に上昇し、凍てついた大地は温もり、やがて動物たちの命のメロディーが、グリーンベルトに広がった。)
以上が、ノアーの伝説に登場する『惑星創世記』惑星開拓の一幕である。
「惑星開拓とは驚きました。貴重なお話しに感謝します」
ジーンは、両手を合わせて会釈し、博士に敬意をはらった。
「凄い、お話しでした。ありがとうございます。博士」
感激したビーオからもお礼の言葉がつづくと、博士は掌を額に当てて話しを戻した。
「ところで、私が言いたいことは……」
「そうでしたね、博士。何ですか?」
「それは、何度も言っていることが。この素晴らしい本物の自然に、人間の手を加えてはならない。この星の生態系を壊しては駄目だ」
「はい! それは十分承知の上です。なっ、ビーオ」
隣で黙って聞き入っていたビーオも、唇を噛み締めながら大きく頷いた。
「それなら安心。それこそが『ノアーの教え』だからね」
博士は目を細めて微笑んだ。
「さあ! 出発しましょう」
ジーンは合図をすると、直ちにグラビポッドを走らせた。
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