第3章 (18)土産話

 夕陽に映える赤と銀の双子の宇宙ファルコンは、いつもの浜辺とは違う仄々とした光景を彩っている。ジーンは博士夫妻を待つ間、腕組みをしながら独り眺めていた。


 暫らくして、レッドファルコム号に戻っていた博士夫妻がやって来た。夕焼けのせいもあるだろうが、二人の顔色は赤味を帯びて明るく感じた。


「さあ、中へどうぞ」

 ジーンは軽く声を掛けると、博士夫妻を船内へ案内した。


「お二人が、お見えだ」


 DINルームを覗き込むと、ローンの手伝いをしていたビーオが出迎えた。

「ようこそ博士。ユーンさん。もうすぐ夕食の用意ができます。隣室でお待ちください」


「それは、それはありがとう。楽しみだね」

 スティーヴ博士は小さく頷き微笑んだ。


「みんなも、そろそろ活動を終える頃ですから、すぐに集合します」

「では、よろしく。隣で待っていますよ」

 博士の言葉は少ないが、控え目な笑顔が少し膨らんで見えた。


 クルー達はあっという間に集合した。いつもと違うスペシャル・ディナーに、身も心もそそられたに違いない。

 ジーンとミカリーナが、賓客を迎えにMEETルームへ出向くと。丸窓越しに夕映えの海を眺める二人の後ろ姿があった。


「博士。ユーンさん。準備が整いました。どうぞ!」

 ミカリーナが声をかけると、博士夫妻はゆっくりと振り向いた。その時二人の顔は、以前とは打って変わって明るさを取り戻していた。


「ありがとう! それにしても、この星は実に素晴らしい」

 スティーヴ博士は、声も明るさを取り戻しつつあった。

「でしょ? ここの大自然は、人間の怒りや悲しみなんて、洗い流してくれますよ」

 ジーンは嬉しくなり、やや気張った言葉を返した。


「その通りだね。燃える夕陽を眺めていると、希望が湧いてくる。ねっ、ユーン?」

「はい。悲しみなんて吹き飛んでしまう、不思議なパワーを感じますわ」

 ユーン夫人の顔からも、ようやく晴れ間が覗いた。


「そうですとも。スペシャル・ディナーもありますし、元気を出してください」

 すかさずミカリーナが駆け寄り、ユーン夫人に言葉をかけた。

「ありがとう! ミカリーナさんもね」

 ミカリーナは、ユーン夫人の手を取りDINルームへ案内した。



 博士夫妻を中心に楕円の長テーブルを皆で囲み、ディナータイムに入った。

 会食が進む中、スティーヴ博士は銀河探検旅行の土産話・・・を色々と話してくれた。博士は、懐かしいアカデミーの講義でもするかのように、その語りは熱かった。

 宇宙旅行に出た途端、幾つもの大発見に、二人は興奮の連続だったという。博士の話は最初から難解だった。


(宇宙空間には川の流れのような高次元の超空間が存在している。我々が認知できる三次元ブレーンでは、知ることのないエネルギー・フィールドで、ダークエネルギーから派生する。それは超高速宇宙船の航行中に、初めて見えてきた。宇宙船が光速度の90%を超えたころから、光の筋が束になって現れ、まるで川のようだった。超弦素子SEの一つで、光子より速いため未来から飛来すると言われるタキオンの流れだ。因みにSEとは、Superstring Elementの略称だが。)


 スティーヴ博士は、超空間の川をCosmic-streamと呼んでいた。説明を続ける博士の顔は実に真剣である。長年の研究の中で仮説としてきた『高次元理論』の一つの証明となるからだ。博士の説明には益々熱が入った。


(レッドファルコム号がCosmic-streamに乗ると、何光年もの彼方へあっという間に移動できた。例えば、一千光年先のオリオンの大星雲までだって、僅か一日で飛んでいた。いや、飛ばされたと言った方が正確だ。激流に飲み込まれたカヌーが、ひとりでに流されるように。目的の座標に進行方向を合わせると、その方向に流れた。)


 今回無事に太陽系に戻れたのは偶然が幸いしたからだという。スティーヴ博士は、胸を撫で下ろしながらその幸運を語り、また続けた。


(きちんと座標と距離を設定すれば、行きたい恒星系まで移動できることが分かった。ただし、Cosmic-streamから抜け出すタイミングが難しい。初めのうちは手動で宇宙船を止めた。すると何光年もずれてしまうのだ。だが、計算した座標を設定し自動操縦に任せてみると、問題は解決した。吾輩には強運があるようだ。)


 因みに、惑星アーロンの公転軌道からこの惑星までは、座標が分かっていたので確実に移動できて、要した時間も数分足らずだったという。レッドファルコム号から最初の通信を受け取って、一晩は待ったことになるので、本当に信じ難い話である。

 このスティーヴ博士の話はまさに相対性理論の証明となる。レッドファルコム号は空間軸に沿って宇宙空間をワープし、時間軸に沿ってタイムスリップをしていたのだ。


 博士の体験談はどれもこれも想像を遥かに超えるものだった。その中でも一番興味深かったのは、博士自身も最大の発見だという次の話であった。


(銀河探検で一番の成果は、生命が存在できる可能性がある恒星系を、いくつか発見できたことだ。つまり広大な銀河には太陽系がいくつもある。候補の中には、この水の星によく似た惑星環境を持つものがあった。今回は宇宙船のテスト飛行が目的だったので、詳しい調査はしていないが……。高等生物も生存可能な惑星があるはずだ。もしかすると、ドレイク方程式の解を満たす惑星の発見も夢ではない。)


 この話を聞いた途端、ビーオが、ELSアナライザーについて提案をした。博士は大変喜び、それを持って再調査に行きたいと賛同した。ビーオは飛び跳ねる程に感激して、同行することを即座に約束した。



 楽しい会食もフィナーレを迎えた。クルー達は勿論のこと、博士夫妻もスペシャル・ディナーに大満足の様子だ。

 最後にローンが、水差しを博士夫妻の席に届けたときのこと。


「ごちそうさま! ローン君の腕前は天下一品だね。またご馳走になりたいね?」

 スティーヴ博士はお礼の言葉に添えて、ローンの肩をポンと叩いた。

「おおきに、博士」

 ローンは頭を掻き掻き照れていた。


 ユーン夫人は、両手を胸の前で合わせると、お礼の言葉のあとに質問を加えた。

「ごちそうさま。ホント美味しかったわ。惑星アーロンでは、食せない味ね。特にメインディシュの柔らかなお肉は、何ですの?」

「はい。メインに使ったのは、海に棲む魚類です」


「海ですって? この星の海洋生物は、食せるの?」

「勿論です。種類も豊富で最高の食材です」


「それはそれは、素晴らしい! 自然の恵みに、感謝ですわね。……ありがとう」

「どう致しまして……。ワテ、また腕を揮いまっせ、次もおたのうしみに」

 ふくよかな頬を引き締めて自信たっぷりなローンから、いつもの訛り口調が零れた。


「Dr. Forest 貴重なお話を、ありがとうございました。……感激です」

 今夜はいつにも益して無口だったサームが、ようやく口を開いた。

 サームの言葉は少ないが、その潤んだ瞳を見る限り、心は満杯のようだ。久しぶりに講義を受ける思いで聞いていたに違いない。


 他のクルーも、スティーヴ博士に感謝の言葉を次々に掛けた。そして最後につづいたのはアラン博士だった。

「フォレスト教授。今夜は大変興味深いお話を、ありがとう。ワシには、信じ難い事象ばかりですが、いつの日か、宇宙旅行に、ご一緒させてくだされ!」

 アラン博士は、言葉の締めに握手を求めた。


「もちろんですよ、是非とも! でもその前に、この奇蹟の星を、大いに楽しみたいですな」

 スティーヴ博士は、握手をしながら返した。

「そうですね。ハッハッハッハァー」

 二人の博士からは満面の笑みが零れた。

 それに釣られるように周りのクルー達も、大きな笑顔の輪をつくった。


「改めて、ご馳走さま。皆さん、今夜は、本当にありがとう! さあ、ユーン」

 スティーヴ博士は、ユーン夫人の手を取りながら席を立った。

 夫妻はこれで失礼するという。食事の満腹感と再会の安堵感から緊張もほぐれて、長旅の疲れが急に出てきたようだ。


 博士夫妻を出口で見送るとき、天から注ぐ銀色の淡い光が、二人の後ろ姿をぼんやりと包んでいた。南の空には今夜もあの大きな衛星が銀白色に輝いている。

 やがて二人の姿は、優しい光にゆっくりと溶け込み、ワインレッドの宇宙船に吸い込まれていった。

 


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