第3章 (17)真 相

 この後、博士夫妻をシルバーファルコム号の船内に招いた。MEETルームに案内し、全員で楕円のテーブルを囲んだ。

 最初は少しくつろいでもらおうとジーンは思ったが、スティーヴ博士は、時間の猶予など与えてくれなかった。


「先ほどの続きだが……。はっきり言ってくれたまえ」

 いきなりスティーヴ博士から口火を切った。


 すでに蛇に睨まれた蛙のように、窮地に追いやられたジーンであったが、観念して答える覚悟を決めた。

「博士。残念なことですが、結論から言いますと。……わ、惑星は、爆発しました」


「そっ、そんな! ばかな?」

 博士は零れそうなほどに目を剥き出した。


「はい。事実です」

「まさか? あ、有り得ないことだ」

「ええっ? し、信じられません……」

 博士と夫人は驚くというよりも、声のない悲鳴を上げて崩れ落ちた。


 ジーン達にとっても、母星を失った悲しみが甦り、言葉を掛ける余裕など誰にもなかった。沈黙の嵐が辺り一面支配した。


 暫らくして、スティーヴ博士の言葉が、この静寂の呪縛を解き放した。

「信じたくないが、それが事実なら、あれほど大きな天体が崩壊してしまうなんて、いったい原因は何だ? ……巨大な天体でも、衝突したのか?」

 スティーヴ博士は、科学者らしく真理を求めてきた。


「いいえ。彗星は衝突寸前のところまで接近しましたが。惑星をかすめて去りました」

「それは本当か? 巨大な彗星が?」

「はい。博士」

 ジーンは視線を外しながら答えた。


「でも衝突は、なかったのだな?」

「そうです。自分達は間一髪のところで脱出したので、最後のことは分かりません」

「それでは、どうして? 最接近の影響なのか? でも、それだけでは起こり得ない。もしかして、何かの爆発にGraviniumが連鎖反応を起こしたか? 膨大なエネルギーを生むには、他には考えられない」


 博士の隣で神妙な面持ちで聞いていたユーン夫人が、突然割って入った。

「ところで。王様とノベリーナは、どうなりました?」

「はい。おそらく……」

 ジーンは言葉を濁した。


「おそらくとは?……助からなかったのね」

 冷静に振る舞うユーン夫人であったが、潤んだその瞳は必死に悲しみを堪えているようだ。

 このときジーンは、自分の知る範囲のことは伝えるべきだと感じた。


「王様は、惑星と運命を共にしたと思います。前日お会いしたとき、『王として最後まで、この地を離れるわけにはいかぬ』と仰っていましたから」

「そうでしたか。フィロング王らしいですわ……」


 ユーン夫人は顔を伏せたままつづけた。

「では、ノベリーナも、きっと……」

「ノベリーナとは、最後に連絡が取れたのですが。ねっ、ミーカ」

「ええ、通信が途絶える前。ノベリーナは、泣いているようで。王様を、心配して、ましたから、おそらく、父上のもとへ」

 ミカリーナは甦る悲しみのためか、少ない言葉で、途切れ途切れだった。


「おお、ノベリーナ……」

 ユーン夫人は、両手で頬を押さえると、スティーヴ博士の肩にもたれ崩れた。最愛の娘を失った母の悲しみが痛いほど伝わってきた。

「ユーン、しっかりするんだ。それが二人の選んだ運命だったのだ……」

 言葉が途切れた博士は、小さくうな垂れてユーン夫人の肩を支えた。


 暫らくして、博士は俯きかげんに口を開いた。

「ところで、惑星アーロンの人々はどうなった? ジーン」


 ジーンは、また追い詰められた気分だ。

 何をどう説明すればよいのか、深い悲しみの記憶の戸棚は開けにくい。

 一息入れてから事実をそのまま伝えた。

「はい。彗星最接近の直前から、天変地異が酷くなり。99%の人々が犠牲に」


「それは酷い。天変地異とは、具体的に何が?」

 スティーヴ博士は目を大きく剥き出した。その眼差しから、驚きが新たな頂点に達したことが推察できる。


 ジーンは、これ以上言葉にするのが辛くなり、姑息な手段を取った。

「ピーモ。惑星最後の日の、記録データはあるのかな? 頼む、やってみてくれ」

 この後の説明をピーモに任せることにした。


「リョウカイ、ジーン。イマ、データベースニ、アクセスシテミルヨン」

 ピーモはいつものように目をクルクル回して回答した。

「LOQCSカラ、テンソウサレタ、サイシンデータガ、アルヨン。ドノブンヤ?」

「なにぃ? 今、LOQCSからって言ったか?」

 ジーンは自身の耳を疑った。


「ソノトオリィ! LOQCSカラ、ダヨン」

「ということは、LOQCSは無事なのか?」

「ソウイウコトニ、ナルヨン。コウコウチュウニ、ジドウテンソウ、サレテイルカラ」

「本当に、間違いないのだな?」

 ジーンは、信じ難い報告に再三確認を取った。


 ピーモはまた目をくるくる回しながらアクセスした。

(( 最終更新日時を確認すると、惑星暦3039年103日20時とある。))


 このピーモの報告は間違いないのだ。その日付は惑星崩壊の二日後であった。

 隣に居るサームにも意見を求めると。LOQCSとLOQCS‐02は親機と子機の関係で、常時接続の状態にありスペースネットでつながっているという。

 スペースネットは、宇宙空間でも接続可能な超空間通信システムで、この小さな太陽系内なら短時間でどこへでもつながる。更に、LOQCSが保管されているタイムスコープ・シアターのドームは、強耐熱性の建材で造られており、大爆発の高熱にも耐え得る。LOQCSが健在でも不思議ではない。


 ジーンは質問をつづけた。

「信じられないがよかった。ではピーモ、地表の映像と、被害状況のデータが欲しい」

「リョウカイ! ジーン」


 ピーモがデータをダウンロードすると、天変地異の様子をリアルホログラムが鮮明に映し始めた。衝撃のリアルな映像は、目を背けたくなるものばかりだった。


 投影が終わると、スティーヴ博士から更なる見解が飛び出した。

「おお、なんてことだ、これは悲惨すぎる。巨大な天体同士の重力干渉のせいだろう? 重力場が急変し、惑星のバランスが完全に崩れている」

 その口調は衝撃の事実を必死に受け入れようとしていた。


「はい。ドクターのご推測の通りだと思います。自分も同じ見解です」

 動揺するクルー達の中にあって、一人冷静なサームが答えた。

「でも、それだけでは惑星全体の崩壊には、至らないはず。やはり最後は、Graviniumの連鎖反応が起きたに違いない」

 スティーヴ博士は、次々と推測を加えていた。


 しかし、いくら惑星崩壊の理由付けをしても、母星を失った悲しみを癒すことにはならない。せっかく奇蹟の再会を果たしたというのに、その喜びは色褪せてしまった。



 博士夫妻に長旅の疲れを癒してもらうため、暫らくは寛ぎの時間を設けた。だが、博士夫妻の落胆は大きく、容易に消えるものではなかった。飲み物などもあまり喉を通らず、会話をしても言葉は少なく続かない。


 すると、DINルームより戻ったローンから一つの申し出が。それは重苦しい空気を和らげる嬉しい提案だった。

「スティーヴ博士。ユーンさん。お二人にスペシャル・ディナーをご用意いたします。この惑星自慢の新鮮な食材を、ふんだんに使います。いかがでしょうか?」

 ローンはいつもの訛り口調が消えて、とても丁寧な言葉遣いである。


「それはありがたい、ローン君。昨夜からろくに食べてないので、実は腹ペコだったよ。それに名シェフの料理が味わえるなんて、それも楽しみだねえ。ねっ? ユーン」

 スティーヴ博士に、笑顔が少し戻った。

「ありがたいです。喜んで頂くわ」

 ユーン夫人の表情も和らいでいた。


「はい! 自信をもってご用意します」

 ローンは、姿勢を正すと一礼をし、颯爽と立ち去った。


 クルー達は、各自ポジションで任務に就いた。博士夫妻は、スペース・スーツを着替えるためレッドファルコム号へ戻った。


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