第3章 (15)再 会 Part①

■◇■〔航行日誌〕惑星暦3039年142日 ログイン ⇒


 我われが拠点にしている半島は、大陸の最北端に位置し、二つの絶景が楽しめる。東の水平線に勇ましく顔を出す朝陽と、西の海岸線に慎ましやかに姿を隠す夕陽。どちらも同じ火の球だが、絶妙に色合いが違って見えるから不思議である。

 暗闇を追いやる立場と、暗闇に去っていく立場の違いからなのか。同じ一つの太陽なのに、まるで生き物のように表情を変えるので、実に素敵だ。


 この奇蹟の星で目にするものは、何から何まで命を宿している。これ程までに豊かな大自然を育む惑星は、まさに命の星と言える。


===以上、ログアウト □◆□



 デブでよろよろの紅の太陽は、今日も広大なる大地に熔けてゆく。新惑星の巨大な夕陽を拝むのも、すでに十二回目を数える。ジーンは、恵の太陽の温もりが残る白い砂浜に腰を下ろすと、愛しいミカリーナの細い肩を抱いた。


 二人が黙って肩を寄せ合っていると、突然、ミカリーナの口から零れた一言が。

「ねぇ、ジーン。スティーヴ博士たち、今頃どうしてるかしら?」


 ジーンは、ミカリーナの言葉に驚いた。ちょうど今、自分の脳裏にもスティーヴ博士が浮かんでいたからだ。


「えっ! オイラも今、考えていたところだよ。奇遇だねぇ?」

「そうだったの? ジーンも」


「それに、時々夢に見るよ。博士とユーン夫人が、笑顔で出迎えてくれるんだ」

「えっ、どこで?」

「そこは、未知の惑星なんだ。銀河の遥か彼方にあるような……」


「ジーンの夢、よく当たるし、きっと正夢よ。お二人は、銀河探検をしてるんでしょ?」

「そうだね。今ごろ新しい太陽系でも見つけて。幸せに暮らしていたりして?」


「博士たちも無事でいて、いつの日か、会えるといいわね」

「もちろん会えるさ。あの天才科学者のことだから……」


「その日が来るのを信じて、わたくしたち、頑張らなくてはね?」

「そうだよ。オイラたちは、ここで生き抜くんだ。王様の勅命にかけても!」


 ミカリーナの瞳から、キラリと光るものが一粒、二粒と零れ、やがて頬を伝う一本の線を描いた。

 彼女は何も言わないが、父を偲ぶ辛い想いを噛み堪えているのだ。ジーンは、そんなミカリーナの気持ちが手に取るように分かった。そして彼女の肩を、黙って抱き寄せた。


 沈みかけの真っ赤な夕陽に、伸びた二つのシルエットは、やがて一つに重なり合って、時の流れを止めてしまった。


 浜辺にはいつの間にか夕闇が忍び寄っていた。白い砂浜は灰色に変わり、その薄暮の中にジーンを探す甲高い声が聴こえてきた。

「ジーン、ジーン・キャップ。緊急報告です。何処ですか?……キャプテーン」


 声の方に振り向くと、息を切らして近づくアーンの姿が。

「どうした? アーン。そんなに慌てて、オイラはここだよ」


「ジーン、早くぅ、大変よ! 謎の信号を、受信したの」

「なに? 謎の信号だってぇ?」

 ジーンは慌てて立ち上がった。


「それも初めて受信する信号なの。『超フォトン通信』とか言う、内容が不明なのよ」

「超フォトン通信だってぇ?」

「そう。LOQCS-02が、そう言うのよ」

「もしかして、それは新開発のやつかな?」

 超フォトン通信と聞いた途端、ジーンの心には、一つの期待感が湧いてきた。


「一体どこからだい?」

「それがね、発信元が、よく分からないの?」

「分からないだぁ?」

「ただ、惑星アーロンの公転軌道上から来ているのは、確かなの」

「惑星アーロンだってぇ? まさかぁ?」


「超フォトン通信。公転軌道上。何のこと? わたくしには、何がなんだか?」

 ミカリーナが小首を傾げながら、二人の会話に割って入った。


「そうねぇ。ピーモが一緒だから、説明してもらおうか? ピーモお願い」

「リョウカイ! アーン」

 ピーモは、ぴょんとアーンの肩に飛び乗ると、いつものように目をクルクル回してLOQCS-02にアクセスした。


 最近ピーモは、アーンの肩の方が居心地良いようだ。もしかして、ミカリーナと一緒にいることが多くなったジーンを避けているのだろうか。ジーンは後で確かめてみたいと思った。


 間もなくしてピーモが解説を始めた。

「ミーカノギモンニ、オコタエスルヨン」

(( 超フォトン通信は、通常の空間『三次元ブレーン』を伝わる電波通信とは異なり、その波動は次元を超えて伝わる。つまり高次元空間を伝播する高エネルギーな波動。通常の電波で一日掛かるところを数秒で届く。一つの太陽系内なら瞬時に届いてしまう。ただし、特殊な波動の周波数のため、研究段階の現時点では、単純なシグナルだけの ))


「ピーモ、ストップ! もういいよ」

 ジーンは途中で止めた。

 せっかちなジーンは、ピーモの長い説明が終わるまで待ち切れないのだ。


「チョット待ってぇ。まだ途中よ!」

 アーンのスマートな小顔が膨れた。


「ゴメン! それ、凄い事なんだよ。超フォトン通信って、スティーヴ博士からさ」

「えぇー? 博士からって、なぜ分かるの?」

「それはね、ミーカ。超フォトン通信装置ってのは、新開発のやつで、他に誰も使ってないのさ。ピーモ、あとは君に任せるよ」


「リョウカイ、ジーン。セツメイヲ、ツヅケルヨン」

(( 超フォトン通信用のCOM装置は、新開発で試作段階にある。現時点では、二機の宇宙船のみに搭載されている。その一つは、このシルバーファルコム号。残る一機は、レッド ))


「ストップ! ピーモありがとう。もう充分だろう?」

「えぇー。ホントなの? レッドファルコム号から?」

「そうなのです。ミカリーナ姫」

「それって! 博士は、無事ってことよね?」

 アーンが両手で軽く拍子を打った。


「勿論だよ。あの天才科学者のことだ、絶対無事さ。この太陽系に、戻って来ている証しだ」

「それ、スッゴイィ‼」

 アーンとミカリーナは、満面の笑みで声を揃えた。


「ところでアーン。その通信のこと、誰かに話したのかい?」

「いえ、誰にも。サームにだって……。緊急事項は、真っ先にキャプテンへ」


「そうかぁ、それはありがとう。これこそ任務遂行の基本だ。それに、ピーモまで同行させて、よく気が利くね。さすが名アシスタント。クルーのかがみだ!」

「もう! 鑑だなんて、大袈裟ねぇ?」

 アーンは照れくさそうに微笑んだ。


「そうよね、アーン。ジーンが任務のことで、改まって褒めるなんて、今までにないことよ。……どうしたのかな? ジーン」

 ミカリーナは、ジーンの心の中を見透かしているようだ。


「別に、普通さ。当然のことだよ」

 ジーンは、懸命に平常心を装っているが、スティーヴ博士からの連絡は、胸が張り裂けそうなほど嬉しいのだ。当然の任務であるアーンの報告に、言葉が大袈裟になっていた。


「さあ、早速、みんなに報告だ! 船に戻ろう」

 ジーンは、嬉しさを胸の奥に仕舞い込みさりげなく言った。

「了解! キャプテン‼」

 笑顔の二人は、また声を揃えた。



 ジーン達は急いで船内へと駆け込んだ。緊急召集を掛けると、あっという間にMEETルームのテーブル席が埋まった。クルー達は、何事だろうと皆困惑気味の表情だった。


「みんな、落ち着いて聞いてくれ。……急に集まってもらったのは、他でもない。突然だが、嬉しいニュースだ」

 ジーンは、逸る気持ちを抑えながら、やや畏まった。


「キャプテン、もったいぶらないで、早くう」

 隣でアーンが、もぞもぞと落ち着かない様子で催促した。

「分かった。でも話には順序が、聞いてくれ。ニュースとは、先ほどアーンが、あるシグナルを受け取った。その通信とは、レッドファルコム号からだった。つまり……」


「博士たちが無事ってこと?」

 話しも終わらなぬうちに、身を乗り出してきたビーオが、興奮気味に口を挿んだ。

「チョット待って、ビーオ。オイラの話は、まだ終わってない。最後まで聞け」

 ビーオを窘めたあと、ジーンはこれまでの経緯を皆に説明した。


 クルー達は、全員が目を丸くし、口は真一文字で、ジーンの話しに聞き入った。

「さすがは惑星一の科学者。いや、銀河一か?」

 真っ先に口を開いたのは、やはり興奮しているビーオだった。


「ホンマや。天才科学者はどこか違うでぇ。超フォトン通信も、驚きや」

 ビーオの興奮がローンに伝染したようだ。


 他のクルー達も、驚きと喜びの表情が入り交じっていた。そんな中、サームから出た言葉が印象深い。

「Dr. Forest。早く来てください」


 サームらしい、いつもの短い一言である。サームにとっては、唯一無二の存在である尊敬する恩師への、想いが詰まった寸言だった。


 声が出せないウィーナも笑みを浮かべて、歓喜の輪に加わった。このとき船内の空気がガラリと変わった。なんとも言いようのない高揚感というか、幸福感というのか。希望の色と勇気の薫りが、クルー達を包んだ。

 その興奮も冷めやらぬまま、期待の夜は更けて行った。


     * * *


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