第3章 (14)ストレス Part②
眩い太陽光は、オゾン層のバリアーを持つ新惑星でも、紫外線などの有害なエネルギーを完全に取り除くわけではない。惑星アーロンに比べ、何倍ものエネルギー量となる。
スペース・スーツなしで船外活動を続けることは、ジーン達にとって、重大な肉体的ストレスを生む。半年も待たないうちに、DNAは異変をきたし死に至るという。
ジーン達にとって、勅命である『人類の種の保存』は、最優先課題であった。
そのためには、惑星環境を自分たちに都合よく改造し、生き延びるという利己的で短絡的な道がある。しかし、惑星の生態系に人工のメスを入れることは、自然破壊を引き起こす恐れが極めて大きい。ノアーの教えに反する行為だ。
この相反する命題に、ジーン達は、想いに思い悩んだ。そして議論に議論を重ねた。
そんな話し合いの中で、アラン博士から、忠告とも言える提言が。
「人間の手によって、自然の摂理を壊しては駄目だ。この星の生態系を、狂わしてはならない。惑星アーロンと同じ過ちを、犯してはならぬ……」
アラン博士は、自ら行っていた遺伝子操作についても、その誤った方向性に後悔の念を抱いていたのだという。博士はさらに言葉を加えた。
「惑星アーロンの科学技術は、近年著しく進歩したが。残念なことに、誤った方向に、進んでしまったようだ。人間性という観点からすれば、衰退だ!」
「えっ、博士も……。気付いていたのですか?」
ジーンは、自分が感じていたことと、博士の見解が一致したので驚いた。
「もちろんだよ。ワシも若い頃は研究に没頭する余り、その成果に酔いしれていた。研究バカとでも言うのか、その頃は気が付かなかったのさ」
「若気の至りって、やつですか?……若輩者の自分が、言うのも何ですが」
「いやいや、その通りだよ、ジーニアウス君。しかし、PLCCを運営するようになってから、少しずつ分かってきた。何かがおかしいと……」
「博士、何かとは?」
「それは……、ワシらは神ではないってことじゃ。遺伝子操作などという、神の領域に足を踏み入れて、人間が人間を管理するなんて、絶対にあってはならないことだ」
アラン博士は、自らを反省するかのように、その実態について話しつづけた。
博士の話が終わると、窓外の景色は淡いオレンジ色に染まっていた。答えが見つからないまま、今日のところは話を切り上げた。クルー達は各自のポジションに散り任務についた。
ひっそりとしたMEETルームの円卓には、三人が残った。ジーンの真向かいには腕を組んで座るアラン博士が、その右隣にビーオが目を閉じて椅子にもたれる。
静寂の空気をゆっくりと吸い込んでから、ジーンは独り言のように呟いた。
「うーん、今はとにかく我慢の時か? まだ日が浅い。時が経てば、何か良い方法が?」
「そうだね、ジーニアウス君」
博士は、組んだ腕を解きながら反応した。
「何かありませんかね?」
ジーンは、博士の考えを探ってみた。
「まぁー、難題だからすぐにはなぁ? とにかくワシらの課題は、人類のDNAをこの星に、残すことだね? この生態系を壊すことなく」
「はい。博士」
「この相反する条件を満たす方法を、見つけ出すのは、困難を極めるだろうな?」
「でも、博士。ここは奇蹟の星です。……きっとよい方法が」
「うーん。奇蹟の方法を、見つけることになるな? ワシが甦ったように」
「そうですよ、博士。たとえどんな難問だって、解く鍵は、きっとあるはずです」
「その通りじゃ、ジーニアウス君。どんな命題にも、答えは必ずある」
「はい! 博士」
ジーンは大きく頷いた。
急にアラン博士は、沈黙しているビーオに視線を向けた。
「ところで、ビーオ君はどう思うかね?」
博士は、ビーオの顔を覗き込むように尋ねた。
「……はっ、はい。ボクもそう信じます」
ビーオは、何かを考え込んでいた模様で、急な博士の問い掛けに、遅れて短い返答だった。
遅れたビーオの返事に、ジーンは直観的に感じるものが。言葉では上手く表せない不思議な手応えだが、若き天才生物学者の脳裏には、何か閃きがあったに違いない。
命題の答えを導き出すには、まだまだ時間が足りない。この後三人は、自分たちの生存について視点を絞り話し合った。
それは有り余る太陽エネルギーから受けるストレスを、極力抑えるための方策。二人の意見を聞きながらジーンはまとめ上げた。
そして出来上がったものが、『船外活動五原則』の取り決めである。
ジーンは、確認のために声を出して読み上げた。
(( 一、陽射しが強い日、強い時間帯は、船外活動を禁止する。
二、陽射しのある時間帯は、スペース・スーツを着用する。
三、船外では、必ずソーラーグラスを着用する。
四、船外活動の時間は、一日二時間を越えないものとする。
五、船外では、単独行動をとらない。必ず複数で活動する。
以上。))
この五原則によって、クルー達の自由度は制限され小さくなる。だが、生き延びるための方策として、どれもこれも必要なことであった。
「キャプテン、名案ですねぇ! ワテ、外出禁止は無理でっから、是非ともそれで!」
突然、あの南極訛りが聞こえてきた。
隣のDINルームでディナーの準備に取り掛かっていたローンが、ジーンの読み上げに耳を傾けていたのだ。
できるだけ新鮮な食材の調達にこだわり、どのクルーよりも船外活動の多いローンから貴重な賛成票だった。
このあとディナータイムの中で、クルー達の前にこの五原則を提示した。するとクルー全員から、即座に賛成票が得られた。それは単なる同意ではなく、五原則はどれもこれも当然の取り決めだと、皆は絶賛してくれたのだ。
「みんなぁ、ありがとう! それでこそ、同志だ」
ジーンは心から感謝の言葉を掛けた。
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