第3章 (13)ストレス Part①

■◇■〔航行日誌〕惑星暦3039年138日 ログイン ⇒


 水の星の夜明けは実に美しい。果てしなく続く紺碧の水平線に、赤い頭を覗かせた巨大な太陽は、みるみる暗闇を追いやっていく。そんな絶景を眺めるのも八回目を数えた。


 この惑星では、時間の流れが少し速いようだ。惑星アーロンの自転速度に比べ、一時間ほど速く自転している。体内時計にも少々狂いが生じているのかも知れない。オイラの朝寝坊が酷くなった気がするのだ。

 しかし、それ以上に、毎日のように降り注ぐ強力な太陽エネルギーは、我われにとって限度を超えているようだ。どんな良薬も量を過ぎれば毒となる。有り余る太陽の恵は、日照量の少ない氷の星に育ったデリケートな肉体を、徐々に蝕み始めていた。


===以上、ログアウト □◆□



 今日は、広大な大陸を南へ向かう探検旅行の予定だ。山岳や渓谷など、大自然が織り成す芸術を堪能するのが目的で、生物調査に出かけた前回よりも広範囲に及ぶ。まさに道無き道を進む冒険の旅となる。


 果てしなく続くジャングルを抜けるのは容易ではない。南の大山脈より流れいずる長い大河伝いに進むことにした。グラビポッドは水面から少し浮き上がった状態で滑るように走行する。水面とは非接触なため、流水抵抗などは全く受けない。地面と比べてもより平坦だから、ハイウェイを走行するのと同等な快適さだ。加えて、惑星アーロンよりも強大な星の重力のお蔭で、反重力も増大しエンジン出力が向上する。SPOD並みの高速走行も可能だ。


 大陸中央部にそびえ立つ5000m級の大山脈は、赤道直下にもかかわらず、その頂を真っ白に染めている。麓に広がる大草原は、深緑色の絨毯を敷き詰めたように広大だ。どれもみな惑星アーロンにはない壮大なる景観である。惑星アーロンの地形は起伏が小さく、最高峰のパルーマ山でさえも標高は2500mを超えるのが精一杯だったから、この星の大山脈は桁違いのスケールだ。巨大な壁の如くジーン達の行く手を塞ぐのだった。


 グラビポッドの性能を持ってしても、この難所を直接越えるのは困難だ。危険を避けて安全を最優先し、仕方なく山脈の西側の切れ目まで迂回した。だが、山脈の切れ目と言っても標高は3000mにも迫るため、その道のりは容易くはない。


 水の星の気象現象の激しさにも驚くばかりだった。二つ目の小振りな山脈を越えた時だ。青空が急に暗くなり激烈な稲妻と雷鳴を伴って豪雨が襲ってきた。ジーン達は視界を完全に奪われ、グラビポッドをやむなく停めて待つしかなかった。

 だが、その待機時間は30分程の僅かなもので嵐は去った。ビーオの話ではジャングル特有のスコールと呼ばれる現象だという。惑星アーロンの人工降雨など比ではない。初めて体験する本物の雨だった。


 大雨は大気の汚れを洗い流し、生命に潤いと活力を与えてくれる大自然のシャワーだ。あとには浄化された爽やかな空気が漂い優しく頬を愛撫する。こんな気象現象は惑星アーロンでは見る事はできない。有り余る太陽エネルギーと豊富な水という好条件が揃って生まれる大自然の恵みなのだ。


 やがて赤道を越える頃には太陽の恵みも頂点に達した。ルーフシールドを外すと、強烈な陽射しがジリジリと照りつける。とても3分とは開けていられない。新惑星は、水の星であると同時に、太陽の恵みの星であることを改めて痛感させられた。


 グラビポッドはその性能を遺憾なく発揮してくれた。一日中休まず走り続け大陸のほぼ半分を制覇した。しかし、太陽光に恵まれない氷の星に育ったデリケートな肉体には、異変が現れ始めていた。宇宙船に帰還するや否や問題が噴出した。

 ジーンは、サームの肩を抱えながら、医療班のいるMEDルームに駆け込んだ。


「ビーオ、診てくれ。サームが変だ」

「どうしたの? サーム」

「探検旅行のせいかなぁ? 全身が……」

 荒い息のサームはどっと倒れ込んだ。


「大丈夫か? サーム。しっかりするんだ」

 ジーンは、サームをベッドに運んだ。

 サームはぐったりしているが、意識はしっかりしていた。


「助けてくれ、ビーオ。体中が、燃えそうだ」

「サーム。熱はなさそうだ。ゆっくり深呼吸をして、まず気持ちを落ち着けるんだ」

 ビーオは、右手をサームの額に当てながら穏やかに答えた。


「分かった、ビーオ。早く診てくれ」

「安心して、今診ている。それに、この症状は君だけではない。君ほどじゃないが、ボクもウィーナも、さっきから全身がだるい」


 ジーンは、突然の事態に困惑して、次々とビーオに質問を浴びせた。

「ビーオ。一体何が起こったんだ? 自分は、何でもないんだが」

「ジーン、少し待ってくれ。今、ヘルスアナライザーで調べているから」


「未知のウイルスにでもやられたのかな? ビーオ」

「いやっ、体温は高くないから、その可能性は低い」

「ウイルスでないなら、食べ物のせいかな? 体が燃えるって、どういうことだろ?」


「だから……。検査結果を待ってぇ、兄貴!」

 ビーオは苛立ちを見せた。

 ジーンは心配の余り、ついついビーオを急かしてしまった。


 そこへ、慌ただしい足音が近づいてきた。

「あたいもよ! 助けてぇー」

 突然入って来たのはアーンだった。


「みんな同じ症状よ。今日の探検で、陽射しが強過ぎたせいよ」

 後に続くミカリーナは、アカデミーで学んだ生理学の知識から鋭い推測を加えた。

「うーん。ミーカの言う通りだろう? 赤道直下だったから」

 ビーオは大きく頷いた。


「もう全身がだるくて、息苦しいし、顔が熱くて痛いの」

 強靭なアーンが苦しそうだ。

「やはり太陽のせいだわ。……でも、サームが一番重症なのは、どうしてかしら?」

 ミカリーナは、サームを覗き込むようにして答えた。


「サームは、いつも象牙の塔だから、やはり太陽には、一番デリケートなのよ」

 サームの事となると、何でもお見通しのアーンから鋭い見解が飛び出した。


 間もなくヘルスアナライザーの検診結果が出た。惑星アーロンでは殆んど見ることのない病症で、百万人に一人という症例しかない。症状はまだ軽い段階だが、XP(色素性乾皮症)に似た初期症状がみられることから、DNAが傷つき始めている。

 ビーオの診断では、まだ初期段階なので直射日光を避け、ビタミン類を十分摂取すれば回復するという。


 ビーオの指示通り栄養豊富な食事をとり、三日間は船外活動を中止にした。やがてクルー達は快方に向かった。最も症状が重かったサームも例外なく。


 その後の検証の結果、原因は先日の長旅だけではないことが判明した。赤道直下への旅行は、発症する引き金になったのは確かだが、それよりも致命的な原因があった。毎日のように降り注ぐ強力な太陽光が限度を超えていたのだ。

 どんな良薬も量を過ぎれば毒となる。有り余る太陽エネルギーは、日照量の少ない惑星アーロンに育ったデリケートな肉体を徐々に蝕んでいた。日照時間的に日の浅いアラン博士に症状が見られないのはそのためである。


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