第3章 (11)奇 蹟 Part②

 アラン博士を見守って三日目の遅い朝のことだった。浜辺を散歩してきた朝寝坊の常習犯は、ある異変に気付き、急いで船内に戻った。


「おいおい、大変だぁ! Dr.Alanが……。Dr.が消えた」

 ジーンは慌ててリビングルームに飛び込んだ。

 そこには向き合って話しをしているビーオとローンがいた。


「そんなバカな? 今朝見た時、台座に居たよ。なっ、ローン」

「キャプテン、間違いないでぇ。ワテも一緒やった」

 ビーオとローンは、揃ってきょとんとした顔つきでジーンを見つめた。


「でも、さっきは、居なかったんだが?」

 ジーンは大きく首を傾げた。

「兄貴! また寝ぼけて、見落としたんじゃー?」

「おい、ビーオ! 今日は寝ぼけちゃいないよ」


「ゴメン、言い過ぎた。……じゃあ、何かの見間違いでは?」

「そうかな? 今日は、いつもより陽射しが強いから、眩しくて?」

「そうかもよ? きっとそうやでぇ」


 そこへ、食事の後片付けを終えたアーンとミカリーナが覗き込んできた。

「ちょっと? さっきから騒がしいわ。みんなで、確かめに行けば、いいことでしょ」

 アーンが呆れた表情で口を挟んだ。


「そうよ。アーンの言う通り」

「ありがと、ミーカ。……ところで、ウィーナが見当たらないの。ビーオ、知らない?」


「えっ? ウィーナなら、今朝アラン博士の傍にいたよ。まだ外じゃない……」

「とにかく、今やるべきことは、みんなで外へ」

 ミカリーナが、ビーオの話しを遮った。


「それしかないな! レッツゴー」

 突如の号砲ごうほうは、いつのまにか現れたサームだった。



「ホンマやぁ! 博士がおらん」

 真っ先に台座へ駆け寄ったローンが叫んだ。


 どこから見ても、葉っぱのベッドはもぬけのからだ。

「ほーら。オイラの言った通りだろう?」

「まさか、ホント消えたのか? 何をしたんだ兄貴」

 ビーオが、ジーンの顔を覗き込んだ。

「ちょっとぉー、オイラは何も……?」

 ジーン達は、お互いの顔を見合わせながら、暫らく腕をこまねいていた。


 ホラー映画じゃあるまいし、強烈な陽射しの下とはいえ蒸発するはずもない。猛獣が襲ってきて持ち去ったのか。いやそれも有り得ない。宇宙船の磁気シールドを広げて、弱電磁場で構築した特殊バリアーを張り巡らせているからだ。


 バリアーから外に出ることはできるが、逆に中に入ろうとすると、強力な磁気ウォールで跳ね返されてしまう仕組みになっている。宇宙船を中心に半径30mの聖域には、小さな虫一匹たりとも忍び込めないのだ。


 更に問題なのは、博士だけではなくウィーナの姿も見当たらないのだ。そこで全員手分けをして、海岸周辺を捜索することにした。二人一組のチームを作り、浜辺はもちろんのこと、樹木の下や草むらまで、この小さな半島をくまなくさがし廻った。


 いつの間にか、真っ赤にれあがった太陽がその日の役目を終わろうとしていた。捜索を始めてすでに4時間は経過しているが、何処にも見当たらない。

 クルー達は疲れ果て、次々に戻って来た。惑星アーロンに比べ、重力が大きく酸素濃度が薄いこの星は、想像以上にクルーの体力を奪っていた。


「どこにも見当たらなかった。ハァッハァッハァー。……そっちはどうだった?」

 ジーンと組んでいたビーオが、息を切らしながら口火を切った。


「こっちもだ。もうくたくたで体が重い。この星の重力はキツイなぁ」

 長身で痩せ細った男が荒い息で答えた。

「どうしましょ? キャップ。もう動けまへん。フゥー」

 やっとの思いで、大股のサームの後をついて来た小太りが、弱音よわねを吐いた。


 一息つく間もなく、最後の二人が戻って来た。

「とうとうウィーナまで、見当たらないわ」

 ミカリーナが、ジーンの前にひざからくずれた。

「困ったね、ミーカ。どうしよう?」

 隣でアーンもひざまずいた。


 この後クルー達は、焼けた砂浜に腰を下ろして休んだ……と言うよりも、自然にそう流れたのだ。

 ジーンの頭の中は、まさに空白状態、時間の認識も麻痺まひしていた。円陣を組んでいるクルー達も、全員朦朧もうろうとした表情に声もない。


 そんな中、突然アーンが何かに気付いたようだ。

「あれ、何かしら? 人影みたいのが、近づいて来るよ」

 夕映ゆうばえの海岸線にふと視線を向けたアーンの目に、何かが映ったようだ。


「何? 人影だってぇ?」

 ジーンには何も見えなかった。他のクルー達も、一同首を傾げるだけだ。


「遠すぎて、あたいにもよく分からないが。夕陽を背に、大小のシルエットが」

 アーンの遠隔透視でも、分かるのはまだ僅かのようだ。


「あれは何かしら? ウィーナの隣の大きい影は?」

 やがてアーンは、小さい影がウィーナだと分かった。

「えっ! ウィーナが?」

 隣のミカリーナが真っ先に反応した。

「そう、間違いないわ、あれはウィーナよ」


「それじゃー、隣の大きい影は、もしや?……」

 ジーンの脳裏をある期待感がよぎった。

「チョット待った! ジーン。その先はまだ早い……」

 サームは慌てて言葉をさえぎった。冷静な男は、ジーンのはやる気持ちを制御した。


 シルエットが近づくにつれて人物像がはっきりしてきた。小さなシルエットは、確かにウィーナだと誰もが分かるようになった。それでは隣の大きなシルエットは誰なのか、期待感は益々高まった。そのときだ。

「アッ、アラン博士だ!」

 突然立ち上がったビーオが叫んだ。


「そっ、そうだ!」

 ジーンも興奮気味につづいた。

 アラン博士と面識のある兄弟二人が最初に確信した。信じ難いその光景は、白昼夢でも見ているようだ。近づくシルエットは、次第に人物像をはっきりと浮かび上がらせた。


 神秘に満ちた生命が生み出す、ミラクルパワーがもたらしたのだろうか。ついに奇蹟は起こったのだ。


「ア・ラ・ン・博士ぇ!」

 ビーオは、大きく手を振りながら大声で呼びかけた。

 アラン博士も大きく手を振り応えてきた。


 次々に立ち上がるクルー達には、驚きの余りか言葉は無い。博士はウィーナと共に、クルー達の前に立ち止まった。

「やー、皆さん。大変ご心配を、お掛けました。これまでの経緯いきさつは、ウィーナからだいたい」


 アラン博士のもとへ、最初にビーオが駆け寄った。だが、ビーオは言葉が詰まったのか、何も言えずに握手をするのが精一杯だ。

「……ビーオ君ありがとう。いつもウィーナがお世話になって」

 先に出てきたのは、アラン博士からのお礼の言葉だった。


「こちらこそ!……」

 ビーオは、照れくさそうに何度も頭をいた。

 他のクルーも短い言葉を掛けながら、次々に握手を交わして行った。


「みなさん、ありがとう!」

 感謝の言葉と共に、博士の面長の笑顔がはじけた。


 隣に寄り添うウィーナも満面の笑みを浮かべている。実に幸せそうな親子の姿は、ジーンの夢に何度も出てきた光景だった。

 繰り返し何度も見る夢は、決まって予知夢となることを、このとき改めて実感したジーンであった。


 アラン博士は、薬物による副作用で仮死状態に陥っていた。急激かつ過剰な投薬の作用から命を守るため、細胞組織は仮死状態を取ることで、密かに生命を維持していた。低温カプセルのお蔭もあり細胞質破壊をまぬがれ、仮死状態を維持できたのだ。


 そしてこの三日間、太陽の恵みによって、てついた細胞はゆっくりゆっくりよみがえり、仮死状態は徐々に解かれていった。最も心配な脳などの中枢神経細胞は、皮肉なことに過剰に投与された薬剤の効果が幸いし、脳死も免れたのだ。結果的には人工冬眠と同等の働きで覚醒できたのである。


 有り余る太陽の恵み。命溢れる大自然の驚異の力。高度に進んだ人類の知恵。そして何よりも命を尊ぶ人間愛。幾つもの偶然が重なり合って生命の奇蹟は起こった。


     * * *


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