第3章 (10)奇 蹟 Part①

■◇■〔航行日誌〕惑星暦3039年133日 ログイン ⇒


 奇蹟の大自然が広がる新惑星も三日目を迎え、今朝は希望色きぼういろの大きな朝陽をおがむことができた。

 我われが選んだ惑星で最も恵まれたこの土地は、生命が持つ奇蹟の力をつちかうような不思議なパワーを感じる。特に、この中緯度に位置する内海の気候は、惑星アーロンなど、比較するに遠く及ばない。その温暖さときたら、想像を遥かに超える太陽の恩恵がある。

 有り余る太陽のエネルギーは、永遠の眠りについた命をも、再び燃え上がらせてくれそうな期待感を抱かせる。


===以上、ログアウト □◆□



 朝寝坊の常習犯が、珍しく今朝は目覚めが早かった。明け方に見たリアルな夢がそうさせたのだ。昨日の探検旅行の疲れのためか、クルーたちは寝静まっていた。

 ジーンは、早朝の海をむしょうに見たくなり船外に出てみた。


 朝陽を浴びたシルバーファルコム号は、黄金色にキラキラしている。その輝きときたら、神の後光ごこうでも授かっているかのようだ。

「眩しい! とっても、いい天気だ」

 ジーンの口から言葉が漏れた。


 波打ち際まで歩いて行くと、大きな弧を描く朝陽が真っ赤な顔をして、恥ずかしそうに水平線から覗いていた。昨日見た夕陽にも負けない巨大さには、またまた「ウワオーッ」と叫んでしまいそうだ。


 シャンパンゴールドに染まる砂浜に腰を下ろすと、ジーンは、広大なる静かの海をじっとながめた。目を閉じて耳を澄ませば、穏やかに打ち寄せる白波の旋律が、心臓の鼓動とシンクロして、この上ない心地良さだ。


 暫らくすると、波音に混じって砂を蹴る足音が近づいているのに気付いた。

「ジーン、おはよう!」

 ビーオの声が背中に刺さった。


「おはよう。朝の海は気持ちいいなぁ」

 ジーンは、静かの海を眺めたまま挨拶を返した。


「ホント、さわやかだねぇ?」

 ビーオは両手を広げて、ジーンの隣にゆっくりと腰を下ろした。


「ジーン、今日は珍しく早いねぇ?」

「うん、またDr.Alanの夢で、目が覚めてしまった」

「えっ、夢?」

「だって、同じ夢を三日も続けて見てるんだ。今朝はちょっと驚いたよ。しかもその夢、とってもリアルで……。博士がね、ウィーナを連れて、この浜辺を散歩していた。二人は満面の笑みを浮かべてね。とっても幸せそうだった」


「それって、何かが起こる前兆かな? 兄貴の夢は、よく当たるからなぁ?」

「かもな? 何かよい事、起こるといいが……」


 この後二人は、言葉を交わすことなく、果てしなくつづく水平線を眺めつづけた。いつの間にか二つの人影は、すっかり青い海原うなばらに同化していた。


 ジーンは絶景を眺めながら、以前の正夢の事を思い出した。

 惑星アーロンが消滅する前に、何度も見た夢。日増しに夢はリアルになり、うなされるほどの恐ろしい悪夢となった。夢では銀河の何処かの惑星が大爆発を起こす。

最初はSF映画の観すぎで、映画のワンシーンでも夢に見たものと思っていたが。今思うと、予知夢だったのだ。夢に出てきた惑星は、今は無き惑星アーロンの象徴だった。

 あの悪夢は現実となってしまったが、今朝の夢は悪夢ではない。予知夢に限って悪夢だけではないはずだ。何か良い事が起こる前兆であって欲しい。


 ところで、現在アラン博士は、シルバーファルコム号の低温カプセルの中だ。宇宙旅行という特殊な環境下で、生命の奇蹟が起こることを、ジーン達は秘かに期待した。だが、博士は、今もなお低温カプセルで眠りについている。


 この日の夕食が終わると直ぐに、ジーンのもとにビーオが相談にやってきた。アラン博士のことでウィーナと話し合ったという。ビーオはその経緯を神妙な面持ちで話し始めた。


 日没前のこと、ビーオはウィーナを誘って波打ち際を散歩した。ビーオは、朝から耳にしていたジーンの夢の話しが気になり、心のシコリになっていた。

 初めはなかなか言い出せないでいたが、真っ赤な夕陽を眺めていると、不思議と勇気が湧いてきた。ビーオは思い切ってアラン博士について切り出した。すると、テレパシーでのやり取りの中で、彼女の熱い想いを知った。


◆テレパシーでのコンタクト◆

《あたしが見る夢も、父と一緒に浜辺にいるの。そして父が言うの、『本当によかった。とっても嬉しいよ。こんな素晴らしい惑星に連れて来てくれて、ありがとう!』ってね。父の姿は朝陽を浴びて、キラキラと輝いていたわ。……父にこの星を見せてあげたいの。この眩し過ぎる太陽も。……お願い、カプセルから出してやって……》


 ウィーナから飛び出した申し出に、ビーオは戸惑い不安を覚えた。念のために気持ちを確かめてみると、彼女から更なる強い決意が。


◆テレパシーでのコンタクト◆

《あたしだって、研究者のはしくれよ。もちろん承知の上です。今のままでは、蘇生の可能性はゼロに等しいわ。……だったら奇蹟の星に賭けてみたいの。……もしダメでも、この星の一部になれるのなら、父も本望ほんもうだと思う。だって、こんなに素晴らしい、命の星だもの。》


 コンタクトが終わると、ウィーナは目を赤くしてビーオの胸に飛び込んで来たという。父のことを本気で心配してくれるビーオの気持ちが、余程嬉しかったに違いない。


 翌日。ウィーナの願いを聞いたクルーたちは、アラン博士を、低温カプセルから出して担架たんかに乗せた。博士の身体からだには生体反応がないのだが、肌のつやなどはまるで生きているようだ。皆で担架をかつぐと、絶え間なく降り注ぐ陽光のもとに連れ出した。


 ヤシの木に似た大木の丸太を使い台座を組んだ。その上に大きな木の葉を何枚も重ねてベッドを作り、冷たい博士を横たわらせた。博士の身体は、太陽の恵みに照らされて、何とも嬉しそうに輝いている。ウィーナは父の掌を両手で優しく包むと、祈りを捧げた。


 しかし、燦々さんさんと降り注ぐ陽光は、半日経ってもアラン博士を目覚めさせることはなかった。やはり奇蹟は起こらないのだろうか。そう易々やすやすと起こるものではないから、奇蹟なのだが。


 ビーオは、うな垂れるウィーナの肩を掌でそっと包みながら、隣をずっと離れなかった。ジーンは、そんな二人の姿を見守るだけで、掛ける言葉もなかった。

 やがて眩しすぎる太陽が、西に大きく傾き陽射しも和らいだ頃。


「もうじき陽が落ちる。今日のところは諦めよう。博士はこのままにして、また明日。……さぁ、船に戻るぞ」

 ジーンは、周りのクルー達に合図を送った。


 ビーオは合図を耳にすると、ウィーナの手を取り静かにその場を立った。二人を追うように周りのクルーも次々と、重たい足取りで宇宙船へと戻って行った。



 その夜、ふくしたような静かな夕食を済ませると、ジーン達はミーティングを行った。話し合う中で、アラン博士の埋葬まいそうの事についても話題に上がった。

 するとビーオから、ウィーナの気持ちを察する一つの要望が。


「諦めるには、まだ早い。ウィーナが可哀想かわいそうで……。もう暫らく、命の奇蹟を信じて、待ちたい」


 ジーンは勿論のこと、皆もビーオの申し出を快く受け止めた。そして出た結論は、大自然の奇蹟の力を信じて、アラン博士を数日間は見守ることになった。


     * * *


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