第3章 (9)探 検

■◇■〔航行日誌〕惑星暦3039年132日 ログイン ⇒


 上陸二日目。今日は、生物調査と名を打って、大陸奥地を目指すことにした。草原やジャングルを探検する計画で、いよいよ未知なる動物たちとのご対面だ。

 サームご自慢のグラビポッドの出番もやってきた。ただし、探検と言っても車内からの観察に限定することにした。それには二つの重要な理由がある。


 一つは、我々自身の安全のためであるが、もう一つの意味は大きい。新惑星の生態系を壊さないという重大使命だ。ノアーの絶対平和主義の教えは、時間や場所など選ぶ筈もない。

 このことは最も基本中の基本であり、自分たちの信条だ。


===以上、ログアウト □◆□



 グラビポッドの窓越しに見える動物たちは多種多様で、その光景は大自然の百貨店だ。異世界からやってきた探検隊の好奇心を、いつまでも飽きさせることはなかった。


 大きな翼を広げ、軽やかに大空を舞う鳥達。

 草原を素早く駆け巡る草食動物。

 それに牙をむく獰猛どうもうな肉食獣達。

 蜜を求めて花から花をむさぼる昆虫類。

 それをついばむ可憐かれんな小鳥達。

 木の枝から枝へと渡りあるく霊長類れいちょうるい

 ぎこちなく二本足で歩き出す類人猿達。

 そして、のそのそと地をうグロテスクな爬虫類はちゅうるい


 どれを見ても、どこを覗いても、正真正銘の野生で溢れている。弱肉強食の食物連鎖という厳しい自然界のおきての下、懸命に生き抜く生命たちである。


 植物と同様に、動物達も惑星アーロンの種と姿かたちはよく似ているが、その種類や個体数の多さは桁違いだ。惑星アーロンの動物達は、人間に都合のよい家畜などの草食動物だった。放牧という形で野山に生息していたが、自然に自生していた訳ではない。人間の手が加わり生かされていたのだ。鳥や昆虫に至っては、植物栽培に役立つ種類に限られていた。


 しかし、ここでは大型で肉食の鳥が大空を自由に飛び回り、小鳥達も群れを成して渡っている。昆虫類も蜜を運ぶおとなしい蝶や蜂ばかりではない。時には共食ともぐいまでもする獰猛な虫達が自由に生息する。


『真実を映し出す魔法の鏡』であるELSアナライザーのデータを確かめると、昆虫の種と、その個体数が、最も多いことを示していた。見かけは小さいが、この星の支配者なのかも知れない。


 大型の動物達には驚かされることばりだ。いくつもの驚きのエピソードがある。

 最初に目を引いたのは、陸上動物の中で一番巨大な動物だった。異様に鼻を長く伸ばし、口から大きな牙をむき出す。初めて見るその巨大な姿は脅威だ。みんなで顔を見合わせ驚いた。


 生物学の専門知識を持つビーオでさえも、非常に驚いていた。

「これは凄い! 何トンあるかな? この大きさを維持するのは、余程の生命力だ」

「ほんとデカイな! でも、意外に、おとなしい動物だねぇ?」

「でも油断しちゃダメだ。こういう動物こそ、怒らせると怖い。野生だから、生きるためには、命懸けで闘ってくるぞ」

 ビーオは、ジーンの言葉に眉をしかめた。


 ジーンは、黙ってすぐに頷いてしまった。普段は甘えた言葉が多い弟だが、生物学者としての意見には、なかなかの説得力があるからだ。


 つぎに驚いたのは、脅威の走りを見せつけられた猫科の中型の哺乳類だ。何よりも時速百kmを越える速さには驚いた。

 ある草原で眼光鋭く胴と足が長いシャープな体形の動物に遭遇した。如何にも俊敏そうな四つ足が、操縦席の真正面に牙をむいて迫ってきた。


「オイッ、大変だ! 襲ってきたぞ。逃げろ、急いで後退だ……」

 サームは、グラビポッドの操縦桿そうじゅうかんを必死で引いた。


 グラビポッドの後退速度は時速百kmを少し超えるのがやっとで、その動物とは互角のデットヒートを繰り広げた。

「アクセル全開だー!」サームの声にも力が入った。


「キャー! キャーッ! キャーアー」

 他のクルー達から悲鳴が上がった。

 だがそれは、恐怖からくる悲鳴ではない。遊園地の絶叫ぜっきょうマシーンを楽しんでいる時のそれだった。


「バックではだめだ。こいつは速すぎる。間に合わない」

「どうする? サーム。ドリフト、急反転でも、してみるか?」

 あわてるサームに対して、ジーンは冷静に答えた。


 その口調は冷淡なほどだ。何故なら、グラビポッドはいつでも急上昇して逃げられるのだから、慌てることなどない。他のクルー達もそのことは知っていた。

 しかしサームは、獰猛な肉食獣を急に目の当たりにし、完全にパニック状態に陥っていた。


「……そうだな、ジーニアウス。みんな、しっかり掴まってろよ」

 パニックのサームは、ジーンの意見に従った。


「キャー! キャーッ! ギャーーー」

 クルー達の悲鳴は益々大きくなった。


 サームは必死で逃げた。獰猛な肉食獣の姿は、窓越しに見る見る小さくなった。

 あのままバックで逃げていたら、危なかったかも知れない。前進に切り替えると、余裕で振り切ることができた。


「危なかったぁー、フゥー」

 サームは胸を撫で下ろし溜息ためいきをついた。


 そんなサーム対して、ジーン達は笑いを必死で堪えながら、互いの顔を見合わせ、言葉は掛けなかった。サームには悪いが、このときのサームの慌てぶりには、みんなで楽しませてもらった。

 コンピュータにも勝るほど冷静沈着な技術主任が、こんな一面を見せるなんて、人間味を感じることができて、ある意味安心した。



 今日の探検で最大の驚きは、これまでとは一味も二味も違う不思議な感動体験だった。赤道に近いジャングルの外れ、草原が見え隠れする林の中に、その驚異を見た。


 グラビポッドの磁気シールドを保護色モードに切り替え、景色に溶け込んだ。赤い実が生る樹木から降りてきた一頭の類人猿が目に留まった。いくら保護色で姿を隠していても鋭い本能の持ち主が相手だ。ジーン達は息を潜め、少し離れた場所から観察した。


 類人猿は、毛むくじゃらの両手で赤い実をそっと持ち、ぎこちなく二本足で歩きだした。やがて近くの大木の幹に背をもたれて腰を下ろすと、赤い実を食べ始めた。その姿は、まるで腰が少し曲がった老人のようだ。


「凄いよ! あの手つき、人間にそっくりだ」

 後席のビーオから歓喜の言葉が飛び出た。


「ほんまやぁ! よう上手に、皮までいて、頬張ほおばっとる」

 隣のローンがつづくと、操縦席のサームからも興奮の言葉が加わった。

「いやー参った! 驚きだ。こいつはただのサルじゃない」


「凄いねぇ‼ とってもお利口よ」

 アーンとミカリーナが声を揃えた。


 ジーン達の視線は、類人猿の仕草に暫らく釘付けになってしまった。この大型の類人猿には、驚きの知能を感じたからだ。

 人類の遠い祖先と言われる霊長類の話は本当のようだ。新惑星の霊長類の頂点は、間違いなくこの類人猿だ。


 惑星アーロンの人類もこの星にルーツがあるのだろうか。ノアーがこの星と関係があるのなら、ノアーはこの類人猿が進化した未来人なのか。もしノアーが、この星の未来から来たならば説明がつくが、まさかそれはあり得ない。

 似たような惑星環境の下では、生態系は同じような進化を遂げるのかも知れない。それとも、今のところ見かけだけを観ているので単なる偶然か。

 何れにしても、後々DNA解析を行えば分かることだろう。



 今日の生物調査は、予想以上にバラエティに富んだ収穫があり大成功だった。探検旅行も広大なる大陸の半分近くも移動して、そろそろ終着点を迎える。総移動距離は3000Kmを軽く超えていた。

 幾何学的で奇妙な形をした小高い岩山が見えて来た。円錐台のように平らな山頂は赤茶色の岩肌が剥き出しで、着陸には都合よくグラビポッドを停留した。


 辺りを見渡すと西に広がる深緑の草原は、いつの間にか巨大な夕陽がみて深い橙色に変わっていた。なんと壮大で色彩豊かな自然界なのだろう。絶景と言うより絶叫景ぜっきょうけいとでも呼びたい。

 ジーンは思わず、『ウワオーッ』と叫んでしまった。


 新惑星は、見るもの、聴くもの、触れるもの、何から何まで、手付かずの大自然の魅力でいっぱいだ。命の大合唱が絶え間なく響き渡り、まさしく生命の星である。

 ジーン達は、感動の余韻にひたりながら、程よい疲れも手伝って、黙々とグラビポッドを走らせ帰路についた。


     * * *





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