第3章 (8)上 陸

■◇■〔航行日誌〕惑星暦3039年131日(Part 2) ログイン ⇒


 反重力宇宙船は、南に広がる広大な大陸の最北端の地に、穏やかに上陸を果たした。そこで出迎えてくれたのは、手付かずの大自然が果てしなく続く『命の楽園』だった。


 北東に向かって小さく突き出た半島の最先端は、目もくらむほどの太陽光が、ギラギラと反射する穏やかな波打ちぎわ。白い砂浜の奥には、緑の草原や鬱蒼うっそうとしたジャングルを抱え、常夏とこなつの孤島のようだ。

 しかし、東と西に向かって延々と弧を描く海岸線は、明らかに島ではなく大陸の発端ほったんの証しである。


===以上、ログアウト □◆□




 宇宙船のメインハッチが開いた途端、クルー達は浜辺に飛び出した。

「ワッホウー!」

 ジーンは一番に飛び出すと、歓喜の声を上げながら、ミカリーナの手を引いた。

「キャー、眩しい!」

 ミカリーナの黄色い声が続く。


「ウワァー、太陽がいっぱいだ!」

 ビーオが眩しい青空を見上げて叫んだ。ウィーナの満面の笑みが、ビーオの隣で零れた。

 他のクルーたちも次々に続いた。まるで幼子のようにはしゃぎ回った。


 ビーオが、ウィーナの前で頷いた。彼女は、テレパシーで嬉しさを伝えているようだ。こんなウィーナを見るのは初めてだ。アラン博士が冷たくなってからは、封印されていた笑顔だった。これぞ命の楽園パワーがもたらす、特効薬効果なのかも知れない。


 一息ついた頃、ジーンは気が付いた。非常用の丸いハッチから面長の顔が覗いている。

「オーイみんなぁ、何があるか分からない。危険だぞ!」

 どんな時でも冷静沈着な男が、首だけを出して注意を促した。


「大丈夫だよ。サーム。アナライザーで十分調査済みだから。……なっ、ビーオ」

「キャプテンの仰せの通り。この天才生物学者を信用しといてー。ここは楽園でーす」

 ビーオは嬉しさ余ってか、とても陽気に返した。


「猛獣とかいないのか? 有毒植物とかも?」

「心配性ですねぇ? 先輩。この海岸付近なら、おとなしい草食動物や、草木が茂っているだけで、安全でーす。猛獣なんかは、もっと奥のジャングルでーす」


「ほら、やっぱりいるんだぁ? ビーオ。ホントに、ここは大丈夫なのか?」

 サームはなかなか出てこない。


 たまりかねたアーンが、サームのところへ走った。

「大丈夫よ、サーム。ここは海だから、猛獣たちは嫌いな場所なのよ。さっ一緒に」

「嫌いな場所だってぇ? そんなの、分かんないだろう?」


「ここは、猛獣たちの餌場えさばじゃないのよ。……それに、あたいが付いてるから、大丈夫」

「そうかい? ホント?」

 用心深いサームであったが、頼もしいアーンの言葉に誘われたようで、重い足どりながらも砂浜に降り立った。


 アーンは、すかさずサームの手を引いて駆け出した。仲良く手をつなぐ姿はベストカップルのそれだった。だが、当人たちには、その意識はまだ薄いようだ。相変わらず歯がゆい二人なのだ。


 新天地に上陸を果たしたジーン達は、スペース・スーツを脱ぎ捨て、歓喜の声を張り上げながら、思う存分太陽の恵みを全身で浴びた。

 

 暫らくすると、目の前に迫る巨大な生き物を見上げて、全員お互いの顔を見合わせ、唖然とした。

「マジ、デカイ!」ジーンは思わず叫んでしまった。


 眼前に現れたのは巨大な植物たちだった。惑星アーロンで見慣れた草木に、似ているが、とにかく枝や葉のつくりが何倍もでっかいのだ。太陽の恵みをいっぱい浴びて、命は活気に満ち溢れている。


 久しぶりに大地を走り回ったためだろうか、惑星アーロンより強い重力のせいだろうか。少し疲れを覚えたジーン達は、円陣を組み白い砂浜に腰を下ろした。

 砂の上に手をつくと、掌に当たる砂粒は火傷をしそうなほど熱い。生物ばかりではなく、砂の一粒までにも太陽の恵みがある。大地も、大海も、そして大空も、この星全体が大自然の恵みの塊なのだ。


 クルー達の荒い息が静まったころ、ジーンは今の感動を皆に伝えたいと思った。

「この星は凄い! 自然のエネルギーが、満ち溢れている。人工的にコントロールされた惑星アーロンにはない、何かだ。大自然の恵み? そうだ、ナチュラルパワーだ!」


「その通りね。海でも陸でも、生き物たちが大きいわ。まさに『巨大生物の星』。子供の頃に読んだ、冒険小説のようだわ」

 ジーンの言葉に、ミカリーナが食い付くと、ビーオが生物学者らしい見解を加えた。

「確かに! よく観てごらん。草木だって背丈も種類も不揃ふぞろいで、これこそ野生だ。日陰にだって、地面をうように細かな草が。初めて見る種で、被子植物とは違う」


「ここに比べると、惑星アーロンの自然なんて、箱庭はこにわだったな? 余りにも人工的で、自分たちは、それに気付かなかっただけだ。この惑星こそが、本物の自然だ!」

 サームから究めつけの言葉が飛び出し、とどめを刺した。


 ジーン達は時間が経つのも忘れて語り合った。勿論、ローンが担当する食糧の調達方法についても話し合った。宇宙船には保存食の十分な備蓄はあるのだが、溢れるほどの自然を目の当たりにして、その新鮮さの魅力には到底かなわない。


 ローンは、持ち前の腕を揮って、新惑星で最初の夕食を提供してくれた。植物中心のベジタリアンなメニューで、余り手を加えず素材を生かした自然の味わい。緑や赤や黄色の果実がかもし出す自然の香りと甘味は、惑星アーロンでは永久に知ることのない味だ。

 ジーン達は、太陽の恵みの美味さを知ってしまった。これだけでも、未知の惑星に遠路遥々えんろはるばるやってきた価値がある。


 食に対するこだわりが強いローンから、意味深い言葉が飛び出した。

「まずは、今夜頂いた命に感謝でんなぁ。これからも、この星の命をあずかるんで、決して粗末にしちゃあ、あきまへんで。キャップ」


 食べ終えた食器を重ねながら、ローンはさり気なく口にした。植物の葉が少し食べ残してあるジーンの皿を、ゆっくり掴みながらの一言だった。

 ジーンには、ガーンと頭上をハンマーで殴られたような痛い一言だった。自然界で食べ物を得るということは、その生き物の命を頂くことだ。くれぐれもきもめいじておきたい。


 動物でも、植物でも、『生きとし生けるものすべてを尊び……』ノアーの教えは、如何いかなる時でも、如何なる場所でも、永久の訓戒くんかいなのである。


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