第3章 (7)着 水 Part②

 ビーオが熱望していた海洋探検は、自動的に最速で実現することになった。

「うわぁ、凄いぞ! あれは魚群だ。一匹一匹は小さな短刀のようだが、何千匹もの個体が群れを作って、一頭の巨大魚のように見える。……実に素晴らしい」

 ビーオは、真っ先に歓喜の声を上げ、いかにも満足そうだ。


 若き生物学者は、次々と迫り来る眼前の景色に、持てる知識を当てはめて、必死に説明をつづけていた。

「ここの海は温暖で、魚たちで一杯だ。ボクも知らない種ばかりで凄いよ。塩分の多い海水ならではの特性か? 食物連鎖のバランスも良く、種類が豊富なんだ……」

 ビーオの熱心な解説は一向に止まない。


「水生の植物たちも凄い。赤や紫など、色鮮やかで様々な海草たちが、繁茂はんもしている。……うーん、実に素晴らしい生態系だ」

 ビーオの見解は次々に飛び出すが、その解説には具体的な生物名まではがらない。水の星の豊かな生態系には、ビーオが備える惑星アーロンの知識では、太刀打たちうちできないようだ。


 ところで他のクルー達の様子をみると、誰からも言葉がない。初めて見る神秘の世界に、全員が見惚れてしまったようだ。惑星アーロンにはない夢のような景色は、クルー全員の目を魅了してやまなかった。



【Caution! Caution! 前方に、未確認の巨大物体を発見。ゆっくりと接近中です。】

 突然、LOQCS-02が警報を発した。


 コックピットの小ぶりなレーダー・モニターにも、はっきりと大きな影が映った。

「何だこれは? かなりデカイ。アーン見てくれ」

「キャプテン、潜水艇のような形ね。私たちの船よりも、大きそう?」

 アーンは目を丸くして、隣席からモニターを覗き込んだ。


 ビーオご自慢のELSアナライザーが、いよいよ本格的な出番を迎えた。

「よろしく頼むよ、ピーモ。ELSアナライザーの起動だ」

「リョウカイ! ビーオ」ピーモはいつものように目をクルクル回した。


 アーンがレーダーのモニターを右奥の大型スクリーンに切り替えた。そこに映る巨大な物体の影は、見る見る大きさを増して、宇宙船をもしのぐサイズとなった。

 更には、それは一個体ではなく、数個体が群れをしていることが分かった。


 やがてただの巨大物体ではないことが明らかになってきた。さては先程と同じ魚群なのか。それにしては余りにも大き過ぎる。もしかして、この星を支配する怪物『海龍かいりゅう』なのか。


 間もなくして、ピーモから驚きの回答が。

「ホウコクスルヨン」

(( 巨大物体の正体は、流線形状の巨大海洋生物。伝説の哺乳類の一種だと思われる。惑星アーロンには、その生きた資料がなく、神話伝説のデータからの推測。以上です。))


「ドウスルカナ? ビーオ。サラニセッキンデキレバ、モットクワシク、ワカルヨン」

 ピーモは真ん丸い目をパチパチと細めた。


「ありがとう、ピーモ。……キャプテン、どうしますか?」

「いいや、これで十分だ。あの伝説の巨大生物だろう?」


「本当にいたんだねぇ?……あたいも古代神話で聞いたことあるが、ノアー伝説に登場する巨獣。『奇蹟の星』に棲むと言われた海洋生物よね?」

 隣のアーンが思い出したように口を挟んできた。


「それがこのバカデカイやつでっか? ワテは、伝説のこと、よう分からんが。……もしもそやったら、『奇蹟の星』って、この惑星のことかいな?」

 いきなりローンがつづいた。


「その通りだ、ローン。君の推理は冴えてるな! この新惑星が、伝説の『奇蹟の星』ってことになると、伝説は予言と一致するぞ。なっ、ジーニアウス」

 サームは確信を持ったような口調だ。


「そうだ間違いない。ノアーはその星から来たと言っている。伝説では、巨大な海洋生物が棲むと言われていて、ピタリと一致する」


「うーん、なるほど……」

 ビーオは腕組みをしながら頷き、かなり感心した様子だ。


「ちょっと静かに! みんな。……何か、聴こえるわ?」


 突然ミカリーナが、その場の空気を切り裂いた。任務に忠実なナビゲーターは、しっかり海中の様子を探査していたのだ。


「今、スピーカーに切り替えるから。みんな、静かに……」


(♪♪♪、♪♪♪、♪♪♪……)

 スーパーソナーが捉えた不思議な音が聴こえてきた。

「ほらぁ? 何かしら?」


「何か、鳴き声のようだな?」

 ビーオが真っ先に反応した。


「ビーオ、違うわ。ただの鳴き声じゃないわ。そう? 歌っているようだわ?」

 後ろにいたアーンが嬉しそうに声のトーンを上げた。


「Good job! アーン。よく気が付いたね。君もなかなか、いいセンスしてるよ! おそらく、これは歌だ。……ジーニアウスどう思う?」

 サームは、アーンの肩に軽く手を当て彼女を賛美した。アーンから言葉はないが、彼女は頬を赤らめ喜んでいる様子だ。


「うーん、言われてみればそうだな? サームが感じるのなら、間違いないか?」

「歌を歌う生き物って、ステキね!」

 ミカリーナが、アーンの耳元で囁いた。


「そうねぇ!? もしかすると、人間に負けないくらい、高い知能を持っているかも?」

 ミカリーナとアーンの二人は、乙女チックにうっとりと聴き入っていた。



 シルバーファルコム号は速度を更に落とし、有視界航行を続けた。

 やがて巨大生物は全貌を現した。窓際に張り付いているクルーたちの眼前に、その雄姿が迫って来た。


「スッゴイ! ホント、デカイ。チョット怖いくらいだ。しかも、よく逃げないな?」

 ジーンは、最先端の窓際に立っていたため、真っ先にその迫力に圧倒された。


「うーん。見事な流線形。想像以上だ。このシルバーファルコムも、伝説の生物の話から、イメージしたんだが。こんな間近で、本物を拝めるとは、感激だよ!」

 普段はクールなサームも興奮気味だ。


「へぇー、そやったんでっか? サーム。……もしかして、この船を仲間だと思うて、近寄って来たんやろか?」

「そうだよ。ローンの言う通りだ。生物の本能かもな? よく似た姿のこの船を、仲間だと思ってる。今日のローンは冴えてるね」

 ビーオが、ローンの憶測おくそくに感心したようだ。


「ローン。お前、もしかして? この海洋生物たちを、食糧候補にかー?」

「いや、いや。キャップ。冗談にも、そなこと言わんといてーな。怒りまっせ! ……知性ある生き物を、獲って食うなんて、そな野蛮なこと、ようしまへんで」

 ローンは、ふくよかな頬をより一層丸くした。


「ゴメン、ゴメン。ローン、冗談だよっ」

「食糧の事で、冗談は厳禁でっせ! ワテが、考えとる食材は、植物が中心でっから」

「分かったよ! ローン」


「さーて、オチが入ったところで、いよいよ上陸だね。キャプテン」

 アーンから歯止めの一言が入った。ジーン達の会話を、彼女はずっとあきれ顔で聴いていたのだ。


「そうだな、アーン。……海洋探検の続きは、またの日に」

「キャプテン、海面まで浮上しますか?」

「OK! アーン。……では、みんなポジションに着いて、上陸準備開始」


「ラジャー‼」

 全員の声が、一つのハーモニーとなって、OPEルームに響き渡った。


     * * *


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