第3章 (6)着 水 Part①

■◇■〔航行日誌〕惑星暦3039年131日 ログイン ⇒


 最大の強度と耐熱性を誇る新型宇宙船は、ぶ厚い大気圏への突入など、何の苦もなくこなし地表を目指した。

 巨大な半島のようにも見える北の大陸と、南に広がる広大なる大陸は、どちらも深緑一色に覆われる。そんな両者に挟まれた穏やな紺碧の内海が目前に迫ってきた。

 新天地を求める我々にとって、生命の息吹が溶け込んで藍色あいいろに染まる大海原は、ますます期待感を膨らませてくれる。


===以上、ログアウト □◆□



「オートドライブ解除。・・・・・・さあ、いよいよ、着水だ」

 ジーンは少し緊張気味で、手に汗を握りながらの合図だった。


「了解、キャプテン。みんなぁ、着水時の衝撃に備えてよ」

 隣席のアーンから、慎重をする言葉がつづく。彼女の方が冷静なくらいだ。


「オイ! この船のボディ強度は最強だ。着水の衝撃ぐらいじゃ、ビクともしない。安心してくれ。それより、着水地点がずれないように、集中して行こう」

 後席のサームが、張りつめた空気を和らげる自信に満ちた言葉を投げかけた。


「サーム。まかしておいて、このナビゲーターに。着水地点は完璧よ!」

 つづいてナビ・モニターを凝視ぎょうしするミカリーナが、自信たっぷりに返した。


 クルーたちの頼もしい応答に、ジーンの心のプレッシャーは、いつの間にか消えていた。

「よーし! みんなぁ。このシルバーファルコムを信じて行くぞ!……それでは、着水!」

 ジーンは、気合を入れて号令を掛けた。


 ジーン達の心配は完全に無用だった。補助エンジンを逆噴射に使ったエンジンブレーキも効果的で、ゆっくりと滑空かっくうすることできた。宇宙船の着水は完璧だった。

 船首が海面に触れると大きな白波が立ち、急浮上する潜水艇のように海上に浮かんだ。


 興奮するクルーたちからは、一斉に大きな歓声が上がった。その歓喜の津波は、やがて潮が引くように静まり、静寂が船内を支配し始めた。


「キャーッ、大変!」

 突然、悲鳴のような甲高かんだかい声が、ジーンの鼓膜を突いた。


「びっくりした! アーン、どうしたんだ?」

「キャプテン。大変! エンジンが……」

「エンジンがどうした?」

「メインエンジンが……、エステムが動いてる!」

 アーンは興奮して立ち上がった。


 着水時の衝撃で操作パネルのライムグリーンのボタンを、アーンは触ってしまったのだ。ライムグリーンのボタンは、メインエンジンの起動スイッチである。アーンは思いもよらない出来事に驚いて叫んでしまった。


 ジーンも自身の目で確かめてみると、作動モニターランプの青色が確かに点灯していた。ジーンは念のために、システムチェックをサームに依頼した。

 その結果は、間違いなく反重力エンジンが生き返ったのだという。


「どうしたんだ急に、サーム? 奇蹟でも起きたか?」

 ジーンは、サームの意見をいてみた。


「大気圏突入の衝撃エネルギーに含まれる電磁波が影響したか? 時間が解決したか? とにかくグラビタイトの性質が戻った。奇蹟と呼ぶ程じゃない。そうなる時期だった」

 サームは頬に右手を当てて、冷めた口調で答えた。


「そうなのか? それはよかった。サーム」

 ジーンの期待は外れた。サームの話は論理的で感心するが楽しみを半減させる。ここは大袈裟おおげさにも奇蹟が起こったと言って欲しかった。

 サームは平然へいぜんと持ち場に戻って行った。


「アーン。これで自由に飛べるな?」

 隣のアーンに話しを振った。

「キャプテン、飛ぶだけじゃないわ。エステムなら、きっと潜水航行も、自由自在よ!」

 アーンの返答は、ジーンの期待を大きく上まった。


「そうだよ! 早速試そう」

 アーンの言葉に思わずジーンは手筒てづつを打った。

「了解! キャプテン」


 宇宙船は船体のおよそ八割を海中に沈め潜水体勢に入った。天才工学技師の設計は完成度が高い。宇宙船の美しいフォルムは、潜水艇のプロポーションとしても最適だ。その姿は、海の怪物『海龍かいりゅう』とでも呼びたくなるほどの雄姿である。

 それに反重力エンジンが復活したからには、この怪物は完全無欠だ。


 シルバーファルコム号は、休む間もなく有視界で潜水航行を開始した。初めて見る命溢れる海中世界に見惚れて、クルーたちは窓に張り付いてしまった。


 第五惑星だった惑星アーロンは、水の星に比べると、太陽まで二倍以上も遠い公転軌道をとる。海洋は六割を占めていたが、液体の海が存在したのは赤道付近の狭い範囲だけ。おまけに酸度が強くてついた海には、生物の生息など許されなかった。

 改めて比較してみると、新惑星の魅力的な自然には、大いに期待が高まる。


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