第3章 (5)到 達 Part②

 シルバーファルコム号の船内は、三層構造の最上段が、外から見るとこぶのように飛び出し展望室になっている。宇宙空間では星空が眼前に広がる究極の天文台となり、宇宙との一体感が味わえる。

 クリスタルビューが自慢の鏡のような壁面に、二つの影が重なり合って映っていた。ジーンは今日も愛しい人と共に、展望室にやって来た。


「とうとう来たぞ、新惑星! 惑星アーロンに似てるが、かなり大きな星だ。しかもこのDeep Blueの大海原おおうなばら。……水深は、優に数千メートルは超えるかも?」

 ジーンは、展望室の窓越しに歓喜の声を上げた。


「ジーン、とってもキレイな星ね! ノアーの言う通りだわ。わたくしたち、ここで新しい歴史を開くのネ?」

 隣で肩を寄せるミカリーナは、ぴったりと寄り添いジーンの耳元で囁いた。


「そうだね。まさに新世界だよ。オイラたちの歴史の始まりだ。なんだかワクワクしてきたぞー。この素晴らしい新惑星に、心で乾杯だ!」

「それってステキな乾杯ね? ハイ、乾杯(Chuu!)」

 ミカリーナは、そっとジーンの頬に口づけをくれた。


 赤面したジーンは、照れ隠しにすまし顔で、淡々と話しを続ける。

「ほらよく見てごらんよ。あんなに青い海が、南極の傍まで広がって、とっても暖かく、生物にとって楽園だよ。間違いない!」


「どんな生き物が、んでるのかしら? 早く見たいわ。……緑の木々でしょ。赤や黄色のお花が咲き乱れて、動物たちも数え切れない程のしゅが……。みんな仲良く生きてるんだわ?」

 ミカリーナは、ジーンの右腕に左手を絡めながら、甘えるような口調で囁いた。


 二人は、宇宙船の航行中毎日のように展望室へやって来ては、星を眺めながら語り合っていた。そんな愛の園にハッチを開ける音が響いた。


 ジーンが振り向くと、ピーモを連れたビーオが、にやけた顔で覗き込んでいる。ビーオは足を踏み入れるやいなや声を掛けてきた。

「やぁ! お二人さん。仲の良いこと。そんなに寄り添ってぇー。……新惑星のデータが揃ったので、報告したいんですけど? キャプテン。今はお邪魔かな?」

 ビーオは、やけに丁寧で遠回しな言い方だが、大きく見開いたその眼球は踊っていた。


「もちろん、任務が最優先だ。すぐに報告してくれ」

 ジーンはゆるんでいた頬を引き締めた。

「イエッサー、キャプテン。では報告します……」

 ビーオは苦笑にがわらいを必死に押さえていた。


「それでは、ピーモ、準備はいいかい? データ分析の結果を読み上げてくれ」

「リョウカイ! ビーオ」ピーモはいつものように目をクルクル回して応答した。


 ビーオが開発した惑星生態系分析装置『ELSアナライザー』(エコロジカル・システム・アナライザーの略)は、宇宙から撮影した地表の大量データを、LOQCS-02のスーパー量子回路で、超高速処理することによって分析する。

 単なる立体映像を観るのではなく、時間の変化を加えることによる疑似タイムスコープである。生物ならばその成長過程までもが解析できる。それをリアルホログラムにより、実体化された生態を目の前で観察することができる。

 ELSアナライザー、それはもう『真実を映し出す魔法の鏡・・・・』である。


 ELSアナライザーの分析結果によると、新惑星の主な特徴はつぎの通りだ。ピーモは、目から投影する簡易ホログラム映像と共にデータを読み上げた。

「ホウコクスルヨン。ジーン・キャプテン」


((・新惑星の重力は強く、惑星アーロンの約1.3倍。

 ・地表は、海洋が陸地の2倍の面積を占め、正に水の星。

 ・緯度による日照量の差が大きく、赤道直下は気温40℃を超える熱帯。

 ・中緯度では平均20℃。両極では氷点下を大きく下まわり、極寒の氷の世界。

 ・大気成分は、惑星アーロンと酷似している。ほとんどが窒素で約80%を占める。

 ・酸素濃度は約18%と少なめ。二酸化炭素濃度は1%を大きく下回り希薄。

 ・オゾン層が厚く、生命に有害な紫外線はかなり遮断されている。

 ・生物は、植物・動物共に多種多様な種が共存する。

 ・人類のような文明を持つ高等知的生物は確認できない。

 ・海洋生物では、魚貝類が大半を占めるが、中には巨大な流線形状の哺乳類も確認。

 ・熱帯から寒帯まで広範囲に渡り、巨大な樹木が自生しているのが特徴的。 ))


「イジョウダヨン。キャプテン」

「ありがとう、ピーモ。これは凄い生命の星だなぁ?……早速着陸準備に入ろう」

「リョウカイ! キャプテン」ピーモはまた目をクルクル回しながら応答した。


 隣のミカリーナとビーオは、口を真一文字にし微動だにせず見入っていた。ホログラム映像が終わっても、暫らくその口は開くことはなかった。


 ジーンはこの後、クルー全員をMEETルームに召集した。

 楕円形をしたミーティング用テーブルを皆で囲むと、着陸地点の検討に入った。先ず初めに、新惑星のデータを全員の前で報告した。ピーモはリアルホログラムと共にまたデータを読み上げた。MEETルームの最新鋭設備では最高の臨場感が味わえた。ホットアイランドのDL館の物と比べても、全く遜色そんしょくない。


 ピーモの報告が終わるや否や、正面のビーオから興奮気味に意見が飛び出した。

「キャプテン、キャプテン。この星は凄いよ。直ぐに海洋生物調査に、行きたいよ」


 新惑星のデータ報告を聞くのは、ビーオにとって二度目。この興奮ぶりは、ずっと思いをつのらせていたに違いない。


「ちょっと待て! いきなり何だぁ? ビーオ」

 ジーンは、ビーオの暴走に歯止めを掛けた。


「だってキャプテン、伝説の生物がいるんだよ。神話に出てくるやつが。早くこの目で確かめたいよ。みんなもそう思うよな?」

 ビーオは、クルー達の顔をぐるりと見渡した。最後に止まったビーオの視線の先には、冷静なナビゲーターがいた。


「そんなに興奮しないで、ビーオ。慌てなくても、時間はいくらでもあるのよ」

 ミカリーナは、ビーオと目が合うと、すかさず助言を入れた。


「そうだ。ナビゲーターの言う通りだ。今は補助エンジンだけで、飛んでいることを忘れるな。無事に着陸することが先決だ」

 冷静さでは誰にも負けない男が、腕組みをしながら加わった。


「流石、フライトエンジニア。責任あるコメント、ありがとう! ビーオ分かったかい? 無事に着いてからだ。海洋探検は、初期段階に入れるから」

「分かりました、キャプテン。生物調査は重要事項だから、最優先ですよ」

「もちろんだ、ビーオ」

 ジーンは、ビーオの興奮をようやく静めた。


「チョオット、待ったぁ!」

 今まで意外にも口を閉ざしていたローンが、いきなり水を差してきた。ローンはふくよかな頬をさらに膨らませている。


「君もいきなり、何なんだ?」

 ビーオは、隣のローンに顔を向けると、眉間みけんせばめた。


「なんだよじゃー、おまへんで」

「えっ? 何を言いたいんだい。ローン」

 ジーンは、挑戦的なローンの口調に戸惑った。


「ハイィ! キャップ。海洋探検もわるうおまへんが。……食糧になるもんを早く調査して、確保するのが先決でっせ? 長いサバイバルになりそうやから」

 ローンはふくよかなその頬をとがらせて訴えた。


「それこそ最優先事項だね。さすがねぇ、ローン」

 真向かいにいたアーンが同調した。


「もちろんだよ。未知の生物と出会うんだから。……食糧になる生き物を選別しなくてはな? 良く調べないで、毒でも食べてしまったら、それこそ大変だ」

「キャプテン、物分かりいいでんなぁ。そうこなくちゃ」


「ところで、その食いしん坊が、一番心配だがな?」

 ジーンは笑いを堪えて、さり気なく返した。


 するとジーンの一言は、あっという間に船内を爆笑の渦に巻き込んだ。ローンは俯きかげんに頭を掻き掻き苦笑にがわらい。船内はこんななごやかなムードに包まれた。



 この後、着陸地点の検討を進める中、フライトエンジニアの提案で、着陸を着水に変更することになった。

 その理由は、惑星の強力な重力に打ち勝つためには、補助エンジンだけではパワー不足が不安視される。加えて、惑星アーロンにも負けないぶ厚い大気層が相手だから、突入時の船体は超高温となる。

 高熱をまき散らす船体での着陸は、地表の状態によっては生態系が危険にさらされる。その姿は、正に火を噴く宇宙怪物・・・・・・・・の襲来となるだろう。

 着水の方が衝撃のリスクも小さくなるはずだ。


 着水地点として、巨大な半島にも見える北の大陸と、逆三角形をした南の広大な大陸に挟まれた海洋を選んだ。温暖な中緯度は上陸の際には最適な選択と考えた。緑の絨毯じゅうたんを敷き詰めた海岸線が続く、穏やかな紺碧の内海は、溢れる生命の息吹いぶきを期待させる。


 クルー達の議論もようやくまとまり、着水の準備が整った。

 信頼する仲間たちに感謝の気持ちを込めながら、ジーンは、大気圏突入の号令をかけた。

「ありがとう。みんな! 目指すぞ、新天地! ……さあ、大気圏突入」

「ラジャー‼」

 全員の声が、いつものように混声合唱となって、広い船内に響き渡った。


     * * *



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