第3章 (3)脱 出 Part③

『喋るリング』の声は、何度聴いても不思議だ。まるで神の御言葉みことばのようである。

「どうだぁ? みんな! これ、遺言かも知れないな?」

 ノアーの声が終わるや否や、ジーンはクルー達に感想を聞いた。


 だが、誰からも応答がない。録音を聴き終えたクルー達は、言葉を失いその場に立ちすくんでしまった。静寂の空気が船内の隅々まで満ちた。


 暫らくして、その空気をゆっくりと撹拌かくはんするかのように、幻想的で心地良いサウンドが流れてきた。

(♪♪♪、♪♪♪、♪♪♪……)


 ディスクには、ある音楽が録音されていた。それはサームがグラビポッドのモビルオーディオで鳴らした曲。いや、テストフライトでミカリーナに聴かせたスペーシィーな音楽。いいや、それはどちらとも違うが、その違いは僅かでよく似た音楽だった。

 ディスクにはノアーが聴いていた音楽が収録されていたのだ。


 余程感激したのだろう。いつの間にかサームの目がうるんでいた。普段は口数が少ないサームだが、決壊したダムの怒涛どとう泥流でいりゅうの如く言葉の洪水を溢れさせた。


「凄いよ! これはプログレの名曲中の名曲『The Eclipse』の原曲だ。やはり伝説は間違いなかった。……なっ、ジーニアウス」

「そうか? これが、伝説の」

 ジーンは、伝説の名曲の話を、アカデミー時代のサームからよく聞かされていた。


「ノアーが聴いていた古代の音楽は、現代プログレッシブ・ミュージックのルーツと言われている。うーん、これがその真実! ……うーん、音楽の神だ」

 サームは何度も頷きながら語った。


 サームの話しに感心したのか、円テーブルの向かい側にいた筈のアーンが、いつの間にか駆け寄っていた。

「凄い、サーム。そんなことまでご存知?」

 アーンは、サームの右手をそっと取りささやいた。


「まあ、自分の趣味だから」

 サームの応答は相変わらず無愛想だ。ありがとうの一言でも掛けてやってもいいのにと思うが、アーンの笑顔は満足そうだった。


「うん、うん、うーん。伝説は間違いない。『知恵ある若者』とは自分たちのことだ。予言を信じて、水の星を目指そう」

 ジーンは、何度も何度も頷きながら結論を出した。


「そんなー、いいんでんか? キャップ。音楽なんぞやで、決断して?」

 突然ローンが口を挿んだ。彼は不安そうに訴える。


「音楽なんぞや? ローン、お前、なんにも分かってないなぁ? サームとこの音楽との関係は、宇宙のどんな法則をも超える、真理が、あるのだよ!」

 ジーンの言葉はとどめの一言となった。


「えー、真理でっか?」

 熱くなると出る訛り口調を最後に、ローンは退散した。


 ローンの意見で少し張りつめた空気を和らげるように、ミカリーナの言葉が続いた。

「ローンの心配も当然よ。分かるわ。でもわたくしたちには、重要な任務が。予言を信じて進むしかないわ。お互いに信頼し助け合いましょ。……ローン、よろしくね!」


「そやな、ナビゲーターさんの言う通りや。了解でっせ!」

 後ろに下がっていたローンが、大きく頷きながら親指を立てた。


「ローンも分かってくれたところで、確認だが……」

「キャプテン、まだ、何か?」

 意外にもここまで無言だったビーオが口を挿んだ。


「重大な確認事項だ! 王様からさずかった勅命は『人類のしゅの保存』だ。絶対に、新天地を見つけなくては……。これは、史上最大のミッションだ」

「その通りだな! ジーニアウス」

 サームが素早く応答した。


 ジーンは、虹色に輝くディスクを、形見のペンダントに丁寧ていねいにしまうと、ミカリーナの首にそっと掛けてやった。

「ミーカ、ありがとう! この王様の形見、大切にな!」

「ハイ!」

 ミカリーナは、宝物をいとおしそうに両手で支えた。


 ペンダントを見つめる彼女の瞳は潤んでいた。頬には一筋の光るものが。ジーンは、父をしのぶ彼女の悲しみが痛いほど分かった。その悲しみにこれ以上触れないように口を閉ざした。


 ジーンは、この後直ぐにコックピットへ戻った。

 燻銀色いぶしぎんいろに光るキャプテンシートにドカンと腰を下ろすと、右手の拳を高く突き上げ、気合いを入れて再出発の号令を掛けた。


「さあー、目指すぞ! 約束の星」


     * * *

 

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