第3章 (2)脱 出 Part②

 自分のポジションにも慣れ、クルーたちにも余裕が見えてきた頃だった。鉄錆てつさび色をした不毛の大地が広がる『砂の星すなのほし』の軌道に達した時。ジーンは、サームの様子がやけに気になった。

 彼は、コックピットの隣に立って腕組みをしながら、何かを考え込んでいる様子なのだ。


 すると案の定あんのじょう、急に何かを思い出したように口を開いた。

「惑星連邦の宇宙飛行に関する古い規定では、砂の星より内側の内惑星宇宙域への飛行は禁止。『禁断きんだんの宇宙域』のはずだが? ジーニアウス、いいのかな?」


 リクライニングシートに身を任せていたジーンは、慌てて起き上がった。

「突然、何を言い出す? 惑星連邦なんてもう無いのに、規則もなんもないだろう?」

「うぅん、確かに、そんな規則は無効だが。……でも気になって」


「ところで、惑星連邦は、どうして、そんな規定を作ったんだい?」

「もう百年も前から決められていた事で、自分も確かな理由は知らないが。その時代に何度も起った、惑星探査機の事故が、発端のようだ……」


 博学のサームにしては意外にも、ややつたない説明が続いた。

「太陽に近づくと、その放射エネルギーは増大する。すると太陽風の直撃を受け危険なんだ。特に巨大な太陽嵐にでも遭遇すると脅威だ」


「それじゃー、探査機はどうなった?」

焔の星ほのおのほし水の星みずのほしの間で、行方不明に……。みな跡形あとかたもなく消えたという」


「消えたってぇ? そんなことあるのか?」


「当時の調査では、原因は解明できなかった。事故調査委員会の報告書では、『太陽活動極大期に当たり、太陽嵐の強力なプラズマ熱波で、機体が蒸発したようだ?』とのこと」

 博識者のサームでも、古い時代の規則についての知識は、ここで底をついたようだ。


「……ってことは、オイラたちが、初めて行く訳か?」

「もちろん、そうなるな!」


「ノアーの予言に出てくる惑星は、危険はないのかな? サーム」

「それは、分からないが。ノアーが『そこに逃れよ!』って、予言したんだろう? それに、『約束の星』と言われているなら、心配はないと思うが」


 ジーンは、予言者ノアーの名が出たところで、秘密のディスク『喋るリング』のことが頭に浮かんだ。今となっては秘密にする必要もない。それどころか皆に知らせる絶好の機会だと感じた。


「あのー、サーム。実は、秘密のディスクを、王様からあずかっているんだが」

「なんだってぇ? 秘密のディスクだぁ?」


「ノアーの肉声が録音されたディスクで、『困った時は、きっと役立つ』と言われたんだ」

「おーい! 天才遺伝子。それを早く言ってくれよ」

 サームは、声のトーンも上がり、切れ長の目を大きく見開いた。


「ごめん! 隠していたわけじゃないよ。ミーカにとって、大事な形見になっているから。公言しなかっただけさ」

「ええっ、王様の形見かたみ?」

 冷静なサームがより目を丸くした。


「ミーカ、すまないが、君のペンダントを貸してくれないか」

「はい! お父様の形見ですから、大切に扱ってね。ジーン」

「もちろんさ、ミーカ」


 ミカリーナは、片時かたとき肌身はだみ離さず首に架けているその宝物を外した。銀白色に輝く円盤状のペンダントには、アーロン王家の星型紋章が刻まれたプラチナ製のふたがある。蓋を開けると中から半透明で虹色に輝く天使の輪が現れた。


「これは凄い代物だな?」

 隣のサームが目をむき出し覗き込んだ。


 クルー全員をMEETルームに招集し、秘密のディスクの声を聴くことにした。

 秘密のディスクの存在に、最初は皆驚きの表情を見せていたが、早く聴きたいと興味津々しんしんの形相に変わっていた。


 秘密のディスク『喋るリング』は再生装置が不要、王宮で聴いた時と同様に、水平なテーブルの上で僅かに浮き上がり自動的に回転を始めた。心音のような不思議なサウンドが聴こえてくると、音声再生が始まった。クルー達は固唾かたずを呑んで『喋るリング』の声に聴き入った。


◆◇◆『喋るリング』の声 ◆◇◆ 【再掲】


 私はノアー。この氷の惑星の平和を願って、つぎの言葉を後世に伝えよう。それを必ず伝承し、子孫たちに残して欲しい。


それは――――

『生きとし生けるものすべてを尊び、人は人の命を決して奪ってはならぬ』


 私が生まれた星は、人間同士の殺戮さつりくの歴史であった。人の命と引き換えに土地を奪い合い、エネルギー資源をむさぼり合う、獣にも劣る生き物だった。

 私は、そんな星から逃れてこの惑星にやって来た。その星では身勝手な人間たちが自然を我が物のように改造していた。その結果、自然破壊が進み異常気象などを招き、多くの都市が壊滅した。とうとう自然が、人間たちに反撃のきばをむいたのだ。


『見えない敵ほど、怖いものはない』

 特に細菌やウイルス、電磁波や放射線は脅威だ。

 中でもひどいのは、放射線をき散らす核物質。その星の北半分は放射能に汚染され、生物のほとんどの種が滅びた。自業自得なのだろう。人間も南の小さな大陸に逃れやっと生き延びた。百億もの人口の繁栄は、あっという間に百分の一まで衰退した。

 だが、少ないはずの人口も、限られた生命圏ではかかえる余裕はなかった。仕方なく人間は、他の惑星へと移住する道を選んだ。私も家族と共に移民団に加わった。


 私たちは、人類史上最悪の殺戮の時代に生まれたあの悪魔を封印した。それは至上最強最悪の方程式【E=mcc】。

 この悪魔の方程式は、アダムの林檎の如く、悪魔が無知なる人間に授けた知恵。悪魔の火道具かどうぐみ出す悪の教典であった。


 昨年暮れの日記にも記録したことだが、幸運にも原子力に代わる新エネルギーを、この未知の星で発見することができた。それは私の生涯で、科学者として最高の誇りである。人類の永年のエネルギー問題に、終止符を打つことになるのだ。


 新エネルギーの概念を『宇宙エネルギー』とでも呼びたい。空間そのものがポテンシャルを持ち、物質が存在すること自体がエネルギーだったのだ。宇宙の大半を占めると言われるダークエネルギーの検証にも繋がると、期待できるものである。


もう一度言う――――

『人間は人間をあやめてはならぬ。自然をこわしてはならぬ』


 それから、つぎの予言は封印して欲しい。その時が来るまで、この事は決して人々に知られてはならない。アーロン一族で守るのだ。


それは――――

『この惑星はいつの日か必ず滅びる運命にある』


 辛く悲しいことだが、そう遠くはない将来、それは起こるだろう。原因は私にも分からないが、この太陽系から消滅することになる。

 その時が来る前に人類は英知を磨き、のがれる手立てを準備せよ。そして、その時が来てしまったら、知恵ある若者が勇気を振り絞り、伝説の惑星へ逃れよ。そのとき若者は人類の救世主となるだろう。


 四つの兄弟星の中でも奇蹟の惑星、それは青く輝く『水の星みずのほし』。きっと人類を温かく迎えてくれる楽園=約束の星となろう。

 ただし、すぐ隣で、誘惑の黄金色に輝く『焔の星ほのおのほし』には、決して近づくことなかれ。そこには生命の存在を許さぬ、灼熱しゃくねつ地獄が大口を開けている。


最後に――――

 この未開の惑星『氷の星こおりのほし』を命名しよう。

 その名は・・・・……『The Planet Aaronth』(惑星アーロン)


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


     * * *

 


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