第2章 (13)審判の夜

 赤黒く染まり、不気味な明るさが漂う、惑星アーロンの夜。

 人々の悲鳴は、もう響くこともなくなった。

 それは、避難が完了したからなのか。

 いや、そうではない。

 未曽有みぞうの天変地異によって、大勢の息が絶えたからだ。

 たとえ生き延びたとしても、人々は既に虫の息なのだ。



☆そのころ宮殿では――――――

(母なる大地、惑星アーロンよ。何処から来たかも知れぬ、見ず知らずのよそ者。不気味に輝く、あの悪魔に、聖なるこの大地を、奪われてたまるか……。)

 

 アーロンの最後の王は、悔しさを噛み締めていた。


(共和国の政治は、奈落ならくの底に落ちた。身勝手な、まさに独裁政治ではないか。自然を壊し、人間が我が物のように、自然を操る。挙句の果てに、アーロンの民までも管理し、偽りの安息を与えておる。おー、なんと罪深く、嘆かわしいことよ……。)


 アーロンの王は、共和国政府の悪政を嘆いて床にどっと崩れた。


(ノアーの予言通り、避けることのできぬ、同じ破滅の運命ならば……。

 余の手で、愛するこの大地を、ほうむってやろうぞ! )


 最後の王は、両拳りょうけんを突き上げ叫ぶと、惑星と運命を共にする覚悟を決した。



 ほのかな明かりがともり、他に誰もいない王の間は、静寂のとばりに覆われて、時の流れは麻痺まひしてしまった。


「父上……」


 フィロング王は、遠くから自分を呼ぶ幻影を見たような気がした。

 王は床に崩れた体を起こし、薄暗い廊下に目をやると、遠目に小さな人影が一つ。

 やがてそれは大きさを増してきた。


「父上! 父上! お父様……」

 フィロング王を呼ぶ声は徐々にはっきりしてきた。


「お父様、わたくしも、お供致します」

 そこに現れたのは……、愛娘まなむすめノベリーナであった。


 ノベリーナは、『いとしい人』と辛い別れをして、父フィロング王のもとへ帰って来た。

 愛しい人とは、密かに思いを寄せていたジーンだった。この妹にも姉ミカリーナと同じアーロン一族の運命の血が、熱くそして密やかに流れていた。


 ジーンとミカリーナが初めて出逢った晩餐会の夜、ノベリーナも同席していた。姉が運命の力に導かれジーンにかれていったとき、同時にこの妹にも熱い思いが芽生えていた。妹にとってもジーンは運命の人だった。

 だが、強い直感能力を持つノベリーナは、姉のジーンに対する思いの強さを感じ取り、自らの思いをほうむり去った。そして、その思いを告げることもなく身を引いた。


 この姉妹の運命を星にたとえるならば、ミカリーナは眩しく輝く白昼の太陽だ。するとノベリーナは、昼間はその眩しさで見ることが叶わない蒼天そうてんの月だった。


 ノベリーナは新型宇宙船に乗る姉の誘いをことわった。

 ジーンへの思いを封印していたはずの彼女だったが、思いを永久に葬ることなどできなかったのだろう。ジーンの宇宙船に姉と一緒に乗るということは、それはそれは辛い選択であったに違いない。


     * * *



☆悪魔の所業しょぎょうは益々ひどくなった――――――

 巨大彗星はとうとう周りの星々を飲み込んだ。夜空の半分を占め尽くす強烈なるその威圧感は、息をも詰まる。


 悪魔が吐く血の毒矢は、大気を貫き流星群となり

 千の槍の如く、震える大地に突き刺さる

 山々は悲鳴を上げ、真紅のほのおを噴き出し

 ひび割れた大地は、赤い川の流れに侵される


 暗雲垂れる天空は、絶え間のない轟音が鳴り響き

 稲妻の眩しさは、濃灰色の空をずたずたに切り裂く

 酸の海から襲う大津波は、地表の裂け目が飲み込む

 赤黒くただれた大地は、乳白色のあぶくを吐く


 大都市は壊滅し、そして逃げ惑う人々の姿を、最早見ることはない。

 まさに地獄絵図のような光景が、地平線の果ての果てまで広がっていた。



☆王宮は静寂の嵐に見舞われていた――――――

 その真っ只中に人影が二つ。アーロン王国最後の王は、愛娘と共に、静かに最期さいごの時を迎えようとしていた。


「ノベリーナよ。ここを去るのだ。そなたはまだ若い。我がアーロンの血を、継いでおくれ」

 父は、最後の願いを愛しい娘に伝えた。


「お父様、なっ、何を、おっしゃるのですか?」

「今ならまだ間に合う。飛べるシャトルが一機ある……。さあ! 行きなさい」


 ノベリーナは、声も詰まり言葉が出ない。愛する父の胸深く、れた頬をうずめるだけであった。


 やがてノベリーナは、震える細い声で答えた。

「わたくしは~、アーロン王国~、王女です。愛する母国と~、アーロンの人々と~、そして~、そして何よりも~、大切な父上と~~~」


 ノベリーナは、息も詰まるほどに、父の胸に深く深く身を委ね、言葉をつづけた。

「最期、だから、こそ! お父様の~、お~そ~ば~で~」


 このときフィロング・アーロンは、ただの一人の父親として、大粒の涙を止め処とめどなく溢れさせた。そして、震える愛娘の背中を、その両腕でしっかりと包んだ。


 アーロン王国最後の王は、天に最期の慈悲を懇願こんがんしながら、愛する娘と共に、その『赤いボタン・・・・・』に、ゆっくりと掌を掛けた。


「アーロンの魂に、永久とわの命を与え給え……」

 

 

 

 

☆そのときあの巨大彗星は――――――――――

 惑星アーロンをかすめた後、初めて真っ白な長い尾を伸ばして、太陽目がけて飛び去った。

 巨大な悪魔の尾の白さときたら、何事も無かったかのように、それはそれは涼しげな後ろ姿であった。







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